第7話 転生

「うーむ、ネタが出ない……」

 私、芥川愛花あくたがわいとはなは住んでいるシェアハウスの自分の部屋で悩んでいた。

 私は大学に通いながら、漫画家見習いとしてネームを書いては出版社に持っていっていた。アドバイスをもらっては、手直しをしたり、新たに作り直したりして、連載を目指していた。

 だが、何個もネームを作っていると、流石にネタが無くなってくる。

 そのことを、バイトのアシスタントとして働かせてもらっている漫画家の先生、いわゆる私の師匠に相談したところ、

『じゃあ、転生ものとかどうかな? 愛花ちゃん、あんまり書いたことないよね?』

 と言われて、必死に考えてみているが、なかなかテンプレートのような設定しか思いつかない。

『全く考えたことない設定考えるのも、勉強になると思うよ?』

 その師匠の言葉を信じて、いろいろと考えるがうなるばかりだ。

 ……ダメだ、いいアイデアが出ない。

 時計を見ると、時間は二十三時を回っていた。

 リフレッシュもかねて、コーヒーでも飲もう。そう思い立ち、シェアハウスの共有スペースに向かう。

 そこには、

「あら、愛花いとはなちゃん。飲んでく?」

「あー、いーちゃんやー。お疲れー」

 同じシェアハウスに住む、酎ハイ片手に上機嫌な十六夜撫子いざよいなでことなんかぐったりしている花咲幸音はなさきゆきねがいた。

 幸音ちゃんがぐったりしているのは、ダイニングテーブルの上のちゅうハイの缶の山でなんとなく分かる。酔っている撫子に絡まれていたのだろう。

「せっかくの誘いだけど、お断りさせてもらうわ。ごめんね、撫子」

「えー」

 口をとがらせて、不満そうにする撫子。

 ……ただでさえ疲れているのに撫子の相手はきつい。コーヒーだけもって逃げよう。

 私はそう策略し、逃げようとすると幸音ちゃんと目が合う。

 助けてくれ。明らかに目で幸音ちゃんが訴えていた。

 に、逃げにくい……。

「や、やっぱり、少しだけ付き合おうかしら」

「それでこそ、愛花ちゃんよ」

 今度は、先ほどまでの上機嫌が戻る撫子と目がキラキラする幸音ちゃん。

 これで、良かったのよね……?

 私は、幸音ちゃんの隣りに座りながら、ネームは明日の自分にまかせることにした。

 ……いや、待てよ?

「ねぇ、二人は生まれ変わったら何になりたい?」

「なんや、唐突とうとつに。漫画のネタにするんか?」

 相変わらず、キャラに似合わず鋭い幸音ちゃんの疑問に、そうよと答える。

 一人で考えていても浮かばないなら、人に聞いてみるのもありだろう。

 さて、どんな答えが返ってくるかな?

「うちは、異世界で王女様になりたいわ。どうせ生まれ変わるなら、全然違うもんがいいし」

「なんか、意外と乙女チックね」

「む。そう言うなーちゃんは何になりたいんや?」

「私は、猫がいいわ。自由で気ままな感じがするし」

 なるほど、二人とも今の自分と全く違うものになりたいのか。

「というか、撫子なでこ。あなたは今でも十分に自由よ」

「そうかしら? 言いだしっぺの愛花いとはなちゃんは何になりたいの?」

 私か。私は……。

「私は、同じ日本でスポーツ選手になりたいわね」

「それは、なんかもったいなくないか?せっかくやし、今とかけ離れた方が得やろ」

 そもそも生まれ変わりを損得勘定そんとくかんじょうで考えるものなのか疑問だが、ちゃんと理由もある。

「私、日本での生活が嫌いじゃないからさ。生まれ変わっても同じ日本がいいなって思っただけよ」

 二人のように、全く違う環境に憧れるのは分かるが、気にいっている今の環境をもう一度、というのもありだと思う。実際にそう考える人も多いのではないだろうか?

「同じ日本でか~。そうなると、刑事さんとかあこがれるな。拳銃けんじゅう触ってみたいわ」

 妄想を膨らませる幸音ゆきねちゃんを見ながら思う。

 なんだかんだで私も舞台が同じだけで、漫画家志望からスポーツ選手というまったく違う存在になろうとしている。撫子や幸音ちゃんもスケールが違えど、どちらも今の違う存在になってみたいという願望がある。やっぱり、人は自分にないものに惹かれていくものなのかもしれない。

 そして、幸音ちゃんのように、今の世界ではなく、異世界で全く違う常識の中で生きてみたいという人も多いだろうし、撫子のように人間ではなく動物になって自由を満喫してみたいという人も多いだろう。人は、なりたいものをいくつも持っていて、心のどこかでその思いを持ち続けているのだろう。例え、今に満足していても。

 うん、いろいろと参考になった。異世界に生まれ変わって、猫としてスローライフを満喫するとかいいかもしれない。

「なるほどねぇ。動物もいいけど、人間で全く違う生き方もいいわね」

「例えばなんや?」

「男に生まれ変わって、ホストとか?」

「……それ、お酒切り離せてないわよ」

「あら?」

可愛らしく首をかしげる撫子だった。

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