第6話 最後の晩餐

「ふぅ、ご馳走さまでした」

「お粗末さまでしたっと」

 ある昼間、私芥川愛花あくたがわいとはなは同じシェアハウスの住人である藤原ひばりの手料理を食べ終えた。

 ひばりは部屋は汚く、洗濯物も雑に扱うが、料理はこのシェアハウスの中で二番目に上手い。ちなみに一番は、幸音ゆきねちゃんだ。この二人は、何かイベントがあると、料理を振る舞ってくれる。なので、料理が人並みな私にすれば、二人の料理はごちそうの一つだった。

「ねぇひばり。お金出すから、毎食作ってくれない? これを知ってしまうと、最後の晩餐ばんさんも任せたくなるわ」

「いや、バンドで夜遅くなると作る気なくなるからパス」

 確かにひばりは、バンド活動で夜遅くなることもしばしばある。そうなると、ご飯の用意も面倒めんどうだろう。あと、私がそこまで待てない。

 ……食い意地はりすぎか?

「というか、さっき最後の晩餐があたしの手料理でもいいって……。もっとなんかあるだろ」

「うーん、あと他に好きな物かぁ……」

 私は、頭の中でさまざまな料理を思い浮かべる。最後の時、私は何腹なにばらになるんだ?

「なぁ愛花いとはな。あたしは、その話題についてある説を唱えたいんだ」

「何よ?」

「最後の晩餐ばんさんは、必ずしも好物を選ぶとは限らないと!」

「う、うん?」

 私は首をかしげる。

 普通に考えたら、人生最後の食事だ。なによりも好きなものを選ぶものではないだろうか?

 そんな私を置いて、ひばりは饒舌に語りだす。

「いいか、愛花。最後だぞ? もう食事をすることはないんだ。ならば、今まで食べたくても食べれないかったものを選ぶ選択肢だってあるはずだ! 愛花にだってはあるだろ? 食べたくてもたべらなかったものが!」

 今まで食べたくてもたべらなかったもの、ねぇ……。

「うーん、パッと思いつくのは桃かしら。アレルギーで食べたことないし」

「はぁ、愛花。お前はほんとにはぁだよ」

 ……意味は分からないが、なんだかムカつく。どうやら求められている答えではなかったらしい。

 とっとと話を進めるようにジト目でひばりを見てみると、私が若干イラッときたのを察したのか、目をそらして続きを話し始めた。

「ま、まぁ、愛花の答えはそれとして、だ。他にもあるだろ? 例えば、数年間予約が取れないレストランのコースとか。数万円はくだらない回らない寿司屋とか」

「あー、なるほどね。高級魚のクエとかふぐとか?」

 そうそう、とひばりは満足げに頷く。

 そういった高級料理に憧れがないわけではない。

 いつか漫画家として十分にお金を稼ぐことができた暁には、回らないお寿司を両親を連れていく。それは、密かな私の夢だったりする。

 だが、私には引っかかるものがあった。

「ねぇ、ひばり」

「どうした愛花?」

「確かに高級料理を最期の晩餐ばんさんに食べたくなる心理は分かるけどさ。そういう高級料理って、上品すぎて舌に合わない時もない? それだと、悔いが残ることになる気がするけど……」

「む、確かに」

 これもよくあることだが、庶民的な味に慣れていると高級料理が舌に合わないことがある。

 先ほど私が例に出したふぐなどは、食べたことがないのでどうなのかは分からないが、味が淡白たんぱくだという話も聞く。そうなると、味が濃くて、旨味調味料がたっぷりの味が好きな人にとっては満足いく食事にはならないだろう。

「いや、待て愛花。確かに、高級料理は舌に合わないこともある。だが、私は最適解を見出したぞ」

「どんな?」

「ズバリ、食べてことのある食べ物の最高級品! ステーキ好きなら、A5ランクの和牛とかだ!」

 なるほど。それなら間違いないかもしれない。私も魚より肉派なので、最高級品の和牛ステーキなどは非常に興味があるし、最後の晩餐にはいいかもしれない。

 ……って、ん?

「ねぇ、ひばり」

「どうした?」

「それだと好きなものの範疇はんちゅうに入るから、あなたが言う、最後の晩餐は好物とは限らないって説と矛盾すんじゃいないの?」

 あ、と分かりやすくハッとするひばり。そして、少し考えた後、

「ダメだ、反論ができん……」

そう結論付けた。

「うーん、なかなかいい線をいく説だと思ったんだがなぁ」

「でも、ひばりが言うように、舌に合わないかもしれないけど高級料理を食べたいと思う人は、ある程度いるんじゃない?」

「だよな。でも、結局は食べなれたものが一番ってことかもな」

「かもね」

 そう言いながら、私は考える。最後の晩餐。それには、私はやはり大好物が食べたい。

 でも、

「ねぇ、ひばり」

「なんだ?」

「私は最後の晩餐、やっぱりひばりの手料理でもいいかもって思ったわ。もしよかったら、これからも料理、作ってね」

「……本当にそれでいいのかよ?」

 ひばりは、そう言いながらも、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 できることならいつまでも、この見慣れた笑顔を見ていたいものだ。

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