第4話 罰ゲーム

「だー! あかん、負けてもうたー!」

 土曜日の昼下がり、このシェアハウスに住む双子姉妹の片割れ――花咲幸音はなさきゆきねの絶叫が響き渡った。

 相変わらずリアクションが良い子だなと私、芥川愛花あくたがわいとはなは電気ケトルでお湯が沸くのを待ちながら観察する。

「お姉ちゃん、やたらとこのゲームに情熱を注いでるけど、何かあるの?」

 そう尋ねるのは、幸音ちゃんの妹である花咲福乃はなさきさちのである。

 彼女たちは双子であり、顔こそ似ているが、性格も見た目もあまり似ていない。

 いつでも元気な大阪弁の姉、幸音ちゃん。おっとりして真面目な性格で標準語を話す妹、福乃ちゃん。

 さっぱりしたショートヘアの幸音ちゃんに、セミロングの髪を後ろにまとめた福乃ちゃん。

 なんでも幼い頃は、服装から髪型まで全て同じだったそうだが、今は区別がつきやすいように色々と違いを持たせてるらしい。

 今、ニ人は某対戦型ゲームをプレイしている。コーヒーを飲みに来た私もなんとなく観戦していた。

「いやな、このゲームでひーちゃんと対戦してるねん」

「負けたら何かあるの?」

「いや、なんもないけど、たぶん煽られる。それが単純にムカつくんや」

「あら、意外ね。二人なら罰ゲームでも設定しているものだと思ったのに」

 ひーちゃんとは、このシェアハウスに住む私の友人、藤原ひばりのことだ。

 ひばりと幸音ちゃんは馬が合うのか、よく一緒に遊んでいる。両人とも楽しむことには全力なので、罰ゲームか何かはやるものだと思った。

 私の声に振り返った幸音ちゃんは、少し渋い顔しながら答えてくれた。

「いや、うち罰ゲームって嫌いやねん。どうにも気にいらん」

「ああ、そう言えば昔から言ってたね。負けた時点で悔しい思いをしているのに、更に罰を与えられるのは嫌だって」

 なるほど、と私は頷いた。

 確かに、大概負けた側は悔しい思いをしているものだ。なんだかんだで人の嫌がることは避ける幸音ちゃんには、何か引っかかるものがあるのだろう。

「でも、本当に罰を与えてるわけじゃないし、あくまでも盛り上げるためでしょう? そこまで気にするものでもない気がするけど」

「しかしな、いーちゃん。スポーツなんかを思い出してみ? 罰ゲームなしでも十分に盛り上がるやろ。罰ゲームを設定しないと盛り上がらないなんて、もともとそのゲームがつまらないだけやと思うねん」

 なんでもスポーツと比べるのは極端かもしれないが、幸音ちゃんの意見も一理ある。

 無理にでも盛り上げたいなら、勝った人にプレゼントなどを用意すればいいだけ。何も罰ゲームにする必要はない。

「それにな、ムカつくことに罰ゲームを設定している場合、その罰ゲームを断ろうとするやろ? その時に場がしらけるのも嫌やねん。ほんとに嫌なんやから、断っていいやろ」

「それは、そうかもしれないけどさ。軽い奴ならいいんじゃない? 変顔とかさ」

「嫌がるラインなんて、人それぞれやろ。こっちの大したことないは、向こうの大したことかもしれないやん」

 その言葉に福乃ちゃんは、うっと言葉を詰まらせる。これは、幸音ちゃんの言うとおりだった。

 嫌なことや辛いことなんて、他人と比べるものではない。

 でも、それを分からない人間は多いと思う。だからこそ、大したことじゃないから、と罰ゲームを設定する人が多数いるわけだし。

 では何とかして、空気を悪くせず断ることはできないものか? 身内のノリならいいが、例えば会社の懇親会など断れないような雰囲気である場合も多い。まぁ、会社で働いたことないので、どんな雰囲気かはわからないのだが。

 私が首をひねっていると、福乃ちゃんが幸音ちゃんに声をかける。

「お姉ちゃんさ、そういうのやっぱり断っていいと思うよ」

「お、解決策を思いついたんか?」

福乃ちゃんは、少し慌てたようすで手をパタパタと振りながら、

「いや、そういう訳じゃないけど。ただ、ね?」

「ただ?」

「その人とお姉ちゃんが、うまく合わないんじゃないかなって。そういう人のことなら、気にすることないんじゃないかなって思った」

 今度は、福乃ちゃんの言うとおりだった。

 人が嫌がることは嫌いで、みんなの楽しさを重んじる幸音ちゃん。

 対して、盛り上げるために人が嫌がることを強要する人。

 人を楽しませたいと思う気持ちは同じだが、確かに違いがある関係は、仮に初対面の時はうまくいっても、いずれは立ちいかなくなるだろう。

 それなら、同じ嫌なことを強要しない間柄のほうを大切にした方が、よっぽどましだ。

 その方が、ずっと楽しい。

 福乃ちゃんの言葉に、満面の笑みになった幸音ちゃんは、

「なら、うちと馬が合うひーちゃんとの決戦に備えるか! ふーちゃんにいーちゃん、手伝っとくれ!」

「仕方ないなぁ、お姉ちゃんは」

 そう言う福乃ちゃんは、とても楽しそうだった。

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