第3話 恋人

「彼氏が欲しい!」

 ばんっと唐突に開かれた自室の扉の音に、私は思わず肩を震わせた。

 行動と声で誰が犯人かは分かるが、念のためネームを書く手を止めて、視線をパソコンから扉の方に向ける。そこにはやはり、仁王立ちした同じシェアハウスの住人で高校時代からの友人、藤原ひばりがいた。

「いきなり何なのよ。あと、ノックをしなさい」

「うむ、以後気を付ける」

 ……絶対に気を付けないな。明らかにどうでもよさそうな反応だ。さっさと本題に入りたいのだろう。私としても、めんどくさそうな話であるのを感じているので、さくっと本題に入るのは賛成だ。

「で? 彼氏が欲しいとか言ってたけど、貴女がそんな素振り見せたことなかったじゃない。何の影響よ?」

「いやな? 大学の構内で楽しそうにいちゃついてるカップルがいたわけだ」

「うん」

「で、あたしは思ったんだ。あまりにも我々の生活は、ラブコメの波動を感じなさすぎるのではないかと!」

 言われて、考えてみる。

 私、芥川愛花あくたがわいとはな。いとはなって名前、珍しいねーというのを皮切りに、明らかに下心しかなさそうな大学入学時にチャラそうな男に声を掛けられるが、うざいと一蹴すること数回。何時しかそういうこともなくなり、女の子の同級生と話すのみになる。

 続いて、何時の間にか勝手に人のベットに座っている藤原ひばり。彼女も世間一般で言えば可愛い部類に入るので、大学入学時には声を掛けられることもあった。が、こちらは高校時代からのバント活動が命。男のことなど、どこ吹く風だった。

 私達以外のシェアハウスの住人についても考えてみるが、見事に恋愛はどうでもいいと考えている人物しかいなかった。

「確かに、恋愛とかは縁遠いけど、別にいいんじゃないかしら。別に、結婚に急ぐ年齢じゃないんだし」

 そう、私達はまだまだ二十代前半。まだ、結婚適齢期でもないし、恋人欲しさにかっかする必要はないだろう。

 でも、ひばりは納得していないようだ。

「だが、二度とは訪れない女としての食べごろの時期! このまま終わっていいのか、あたしは自問しているのさ」

 女として食べごろの時期って……。確かに、一番ピチピチしている時かもしれないが。大学に恋愛や女遊びしにきている浅い男やみたいなことを言うな、この女。

「で? 結局のところ、どんな人でもいいから恋人が欲しいの?」

「いや、やっぱりきちんと将来性を感じられる奴がいいな。チャラいのは嫌だ。なぁ、愛花って付き合ったことあるか? ……いや、ないか。ごめん」

「確かにないけど、そっちで勝手に判断するしないで。はっ倒すわよ」

 ひばりは、ヒューと全く音の出ていない口笛を吹きながら、目をそらす。自分も付き合ったことなどないだろうに、まったく。

「ひばりは、付き合うならどんな人がいいのよ? 恋人作るにしても、そこははっきりしてないと、適当な恋愛になるわよ」

「やっぱり、一緒にいて楽しい奴だけど……」

「けど?」

「いや、やっぱり恋人とかになると、自分の全部を見せなきゃ対等じゃないのかなって気がしてな。どうなのかなって」

 ひばりは、恋人に対等な関係を求めているようだ。まぁ、恋人なのだから、どちらかが上司でどちらかが部下というわけではない。それこそ、ひばりが求める将来性を感じられる人となれば、もしかしたら結婚まで考える相手ということになるだろう。そうなれば、秘密を隠しているということは、引き目を感じることなのかもしれない。

「全部見せる必要はないでしょ」

「そうか?」

「ひばりだって、家族にも秘密にしてることだってあるでしょう? さらに言えば、家族に嘘つくことだってあるでしょう? そういうことよ」

「……流石、漫画家志望。いいセリフだ」

 少し茶化しながら、ひばりはうんうんと何度か頷いた。

 家族や恋人に隠し事が少ない方がいいのは、事実だろう。でも、家族なるから、恋人になるからと言って、全てを見せる必要はないと思う。むしろ、その人のために、隠し事をしたり、噓を吐く、そういった優しさだってあるはずだ。その優しさを理解して、受け止めてくれる人。そんな人が、ひばりにとっての理想の恋人なのではないのだろうか。

「で? 結局、彼氏さがしはどうするの?」

「んーまぁ、ぼちぼちやってみてもいいかもしれないと思ったな。ただ……」

「ただ?」

「やっぱり、今はバンドだわ! 恋人はそのうちってことで」

 いかにも彼女らしい答えに、思わず笑ってしまう。

 願わくば、こんな彼女を受け止めてくれる素敵な男性が現れますように。

 ……そして、あわよくば私にも春が来ますように。

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