第14話 はじまりの朝




 お高そうなベッドは寝心地が抜群で、朝までぐっすり眠ってしまった。メイドに起こされるまで、目が覚めない。

 それが誤解をさせてしまったようだ。

 朝、起こしにきたメイドはにやにやしている。


(何を誤解されているのか、だいだいわかるから気まずい)


 わたしは居たたまれない気持ちになった。


(初夜で疲れているわけではありませんから)


 否定したいが、それが出来ない。説明できないことにもやもやした。

 無駄に長く生きているわたしだって、結婚式や新しい家に引っ越したりすることには緊張するし、疲れる。ぐっすり寝ておいてなんだが、無意識に気は張っていたようだ。起きられないのも無理はないだろうと声高に叫びたいところだが、それが余計な暴露であることは自覚している。

 アインスやカッシーニ家の体面を傷つける訳にはいかないので自重する。だだでさえ迷惑を掛けているのに、これ以上の迷惑はかけられなかった。


(枕が変わったら眠れないなんていう繊細さを持ち合わせていない自分が恨めしい。寝るの大好きだから、どこでもどんなベッドでも寝られるんだよね)


 図太い自分に苦笑いしか出なかった。

 余計な事は言わず、メイドに着替えを手伝って貰う。コルセットをしなくていいだけマシだが、もっと動きやすい格好がいいなとドレスを着ながら思った。


(こういうのって、たまに着るから楽しいんだよね)


 召喚された当時は、ドレスを着る生活が新鮮だった。コスプレ気分で、非日常感がある。だが、そんなのは最初だけだ。哀しいかな、人間という生き物には慣れがある。毎日がドレスだと、ドレスを着る生活が普通になってしまう。

 スウェットが恋しかった。


(楽な格好、したい)


 しみじみ思う。だがそれが無理なのは知っていた。とっくの昔にキルヒアイズに交渉して、ダメだと却下されている。ドレスの簡易化は認めてもらえなかった。







 食堂に行くと、席が変わっていた。アインスの斜め横に用意してある。


(本気だったのか)


 心の中で呟いた。昨日の会話を冗談だと思っていたわけではない。だが、こんなに対応が早いとも思わなかった。少し動揺したことは顔に出さずに隠す。


「おはようございます」


 アインスに挨拶した。


「おはよう」


 挨拶が返ってくる。

 それだけのことが妙に嬉しかった。昨日より、態度が柔らかい気がする。

 結婚式の前後は、話し掛けたら殺されるくらいのとげとげしい雰囲気があった。


「……何か、不自由はないか?」


 少しの沈黙の後、そう問われる。

 不自然に空いた間に、何を問いかけて止めたのかはなんとなくわかった。良く眠れたかと聞くつもりで、意味深になることに気付いたのだろう。止めたようだ。

 疾しいことなど何もないが、答えにくいので聞かれなくて助かったとわたしは思う。

 特に会話があるわけではないが、今日は気まずい空気は感じなかった。

 朝食の時間は穏やかに過ぎる。

 そのことにほっとした。毎日顔を合わせるのに、気まずいのはわたしが耐えられない。昨日、話が出来て良かったと思った。

 考えてみれば、結婚式で初めて顔を合わせるというのもあんまりな話だ。


(会話って大事よね)


 互いを理解するには話し合うことはとても重要だ。言わなくてもわかるなんてこと、人と人との間にはない。言葉にしなければ、何も伝わらないのは事実だ。

 必要なことを話し合って、わたしはスッキリしている。今後の基本方針がわかっているのでやりやすくなった。


「今日の予定は?」


 不意に、アインスに問われた。必要以上に話し掛けられるとは思わなかったので、驚く。


「昨日、言われた通りに勉強します」


 わたしは答えた。

 公爵夫人教育は今日から始まる。聖女教育といい、この国の貴族はわりとせっかちだ。

 貴族なんて、のんびりと暮らしているイメージがあったので戸惑う。

 離婚する気なのに、公爵夫人教育なんて必要無いんじゃない?--と思わないでもない。だが知識は力だ。知っていた方が、後々、役に立つ事もあるかもしれない。1人で生きていくことを考えたら、いろいろ知っている方が有利だろう。

 タダで職業訓練をさせてもらえると、考えることにした。だが、詰め込み教育はご免だ。家庭教師とはそのあたり、話し合おうと思っている。


「そうか。何かあったら言ってくれ」


 アインスは気遣ってくれた。優しい人なのだろう。


「ありがとうございます」


 わたしは素直に礼を言った。






 家庭教師の先生はわりと融通が利く人だった。

 まだ若く、30代になるかならないかくらいだろう。

 赤茶色の髪と同じ色の瞳をしていて、すっきりとした顔立ちをしている。いわゆるしょうゆ顔とかいうやつだ。めがねがよく似合っていて、いかにも学者っぽい。

 わたしは現在の学習状況を話した。聖女教育で、ある程度の勉強はさせられている。それを加味して、カリキュラムを作ってくれることになった。

 有能な人は話が早くて助かる。

 ついでに一つ、お願いしてみた。


「街に行ってみたいのです。実際に自分の目で見た方が、わかる事も多いと思います。市井の人たちがどのような仕事をして、どのように暮らしているのか、知りたいのです」


 切実な願いを口にする。

 街の様子を知らなければ、今後の生活設計が立てられない。

 わたしの真摯な様子に、先生は戸惑った。

 だが、わたしも引けない。離婚した後の生活がかかっているので、真剣だ。街を歩いたら、自分に出来そうな仕事が見つかるかもしれないと期待している。

 アインスにあまり迷惑をかけないうちに離婚しようと、その時は考えていた。

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