第13話 それぞれの事情<サイモン&アインスside> 2




 アインスはキルヒアイズがアヤをかなり気に入っているのは知っていた。だがそれはあくまでアヤのことを聖女だと思っているからだと思っていた。

 キルヒアイズは昔からどこか飄々としていてつかみ所がない。だが王子としての自覚は持っていた。王子として、聖女を妻にすることは重要な役目だ。その役目を果たすことを優先していると思う。

 でもそれは誤解だったのかもしれない。

 王宮の中とはいえ、王子が1人で行動するのはかなり不味い。王宮の中が絶対に安全だとは言えなかった。建物が大きい分、人の出入りも多い。

 そんなことは小さい頃から王宮で暮らしているキルヒアイズが誰よりわかっていることだ。

 それでもあえて1人で行動する理由なんて、数えるほどしかない。


「自分以外の男性をアヤ様に近づけたくなかったようだ。実際、聖女の離宮では使用人も全て女性に変更された。完全な男子禁制になっていたよ」


 サイモンは苦笑する。それは普通のことではなかった。本来なら、そんな強引な変更はまかり通らない。だが、相手は聖女だ。万が一のことでもあったら大問題になる。男性を寄せ付けないというのは意外とすんなり採決された。別に聖女に処女性は求められていないが、離宮は女性が安心して暮らせる場ではあるべきだというキルヒアイズの持論は通る。


「そこまでして守ってきた女性を、他に選択肢がなかったとはいえ、よく手放したな」


 アインスはある意味、感心してしまった。キルヒアイズならなんとしても側に置く方法を考えそうなものだ。無理を通さなかった分だけ、大人になったなと思う。


「アインスなら大丈夫だと思ったんじゃないのか? 手を出さないと、信用されているんだよ」


 サイモンは微笑んだ。


「それは喜んでいいのか?」


 アインスは微妙な顔をする。


「誉めたんだ。喜んでおけ」


 サイモンは笑った。

 アインスは肩を竦める。ふっと息を吐いて、小さく笑った。

 久しぶりに見たアインスの笑顔に、サイモンはほっとする。弟にように思っている友人のことをサイモンは心配していた。再婚のことも不安に思う。

 王命が出る前、キルヒアイズはアインスを呼び出していた。だが、その場からサイモンは締め出される。2人が何をを話したのかは知らない。閉め出されたのに、内容を聞ける訳がなかった。

 結婚で人知れぬ苦労を背負い込んだアインスが、再婚でさらなる苦労を抱え込まないことをサイモンはただ願っている。

 だから今日のアヤを見て、安心した。さばさばしていて、色気はない。その分、嫌な感じはしなかった。女性のいやらしいところが不思議なくらい抜け落ちているように見える。もしかしたら、キルヒアイズもそういうところを気に入っているのかもしれない。


「それにしても、変わっているな」


 サイモンは独り言のように呟いた。


「異世界から来たからなのか?」


 アインスに尋ねる。その答えをアインスが持っていないことを知りながら、問うた。


「どうだろうな。とりあえず、頭の回転は良さそうだ。こちらの意図はちゃんと理解している。それに、意外と気が廻る」


 アインスは行き場がない女性を保護したつもりでいた。一方的に自分が面倒を見るのだと思う。相手に気遣われるなんて考えてもいなかった。だから、アヤが自分やカッシーニ家の体面を気にしていて驚いた。


「それに優しいようだ。……だから聖女なのかもしれないが」


 アインスが心の中で考えていたことを、サイモンが口にする。

 結婚式の前、アインスはわざと冷たい言い方で用件を伝えた。他に言い方はあったが、厳しい言い方をあえて選ぶ。万が一にも、自分に好意を持たれたら困ると思った。積極的に嫌われようとする。

 実際、それは成功したように見えた。しかし、返ってきた反応は予想とはちょっと違う。泣かれるとは思ったが、謝罪されるとは思わなかった。

 罪悪感に胸がちくりと痛む。

 その時のことをアインスは思い出した。


「仲良くやれそうで、良かったな」


 サイモンは微笑む。


「ああ」


 アインスは素直に頷いた。アヤとなら、穏やかに暮らせるかもしれない。そう感じていた。だが、問題がないわけではない。


「ところで、そろそろ屋敷に来るのか?」


 サイモンは問うた。少しばかり渋い顔をする。


「ああ。来週には乳母や使用人と共に来るそうだ」


 アインスは頷いた。

 半年前に生まれたレティアの子は今、この屋敷にはいない。

 実家に里帰りして、レティアは出産した。里帰りといってもキャピタル家はカッシーニ家の隣だ。敷地が広いので隣と表現してもかなり離れているが、隣であることは間違いない。

 子供を生んですぐ、レティアは亡くなった。すでに乳母は呼ばれて待機していたので、直ぐに乳母の手に子供は渡された。貴族の子供は乳母に育てられるのが普通だ。妊娠がわかった時点で乳母の手配をする。

 だが、育てられるのはカッシーニ家でのはずだった。しかし、娘を亡くしたキャピタル家の両親は孫を手放すのが惜しくなる。女主人がいない屋敷に、大事な孫は置いておけないと難癖をつけた。自分達の屋敷で育てると言い出す。

 正直、それはアインス個人にとってはありがたい申し出だった。我が子ではないとわかっている子供を我が子として育てるのはとても気が重い。その上、生まれてきた男の子はレティアにそっくりだった。顔を見れば、嫌でもレティアを思い出す。

 結婚生活で、アインスは疲弊していた。妹のように可愛く思っていたレティアの重い愛に閉口し、家族としてさえ愛情を持つのが難しくなる。そんなレティアにそっくりな男の子を愛する自信がアインスにはなかった。自分の元で育つより、祖父母に溺愛されて育つ方がいいのではないかと思う。

 だが、一族がそれを許さなかった。カッシーニ家の跡取りとして、引き渡すように求める。両家で話し合いが何度も重ねられ、結局、アインスが再婚するまで子供はキャピタル家で育つことになった。アインスが再婚し、新しい母親が出来たら引き渡すということになる。アインスの再婚を一族が急かしていたのにはそんな理由もあった。

 アインスが再婚したので、約束通りに子供は乳母ともども屋敷に戻ってくることになる。その際、今まで赤ん坊の面倒見てきた使用人も何人か付けて寄こすと言われた。アインスは断ったが、向こうは引かない。継母に害されないか、様子を見てからしか引けないと言われた。

 それを聞いて、サイモンは気の毒な顔をする。ややこしいことになっていると思った。


「彼女が赤ん坊を苛めるようには見えないが、何もないといいな」


 願いを口にする。


「いっそ、彼女が赤ん坊に一切興味がない人だといいのにと思うよ」


 何もせず、放っておいてくれるが一番いい。乳母も使用人もいるので、子供は継母が何もしなくても困らない。

 貴族の場合は、実母だって子供の面倒は見ないのが普通だ。アインスはわりと本気でそう願っている。


「慈悲深い聖女にそれは無理だろう」


 サイモンは苦笑した。

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