第12話 それぞれの事情<サイモン&アインスside> 1
アヤが逃げるように立ち去った方向を、しばらくアインスは眺めていた。
なんとも変わった令嬢だと思う。何もかもがアインスの予想の斜め上をいっていた。
くっくっくっ。
堪えきれないという感じの笑い声が部屋の中に響く。
「サイモン」
アインスが眉をしかめて、友を呼んだ。
誰もいなかったはずのデスクの椅子に人が現れる。彼は座って、水割りを飲んでいた。片手にグラスを握っている。
キルヒアイズの側近であるサイモンは隠密の魔法が使えた。姿を消すことが出来る。この力は王子の側近にはとても向いていた。
サイモンはアインスに招かれ、屋敷を訪れた。
少し話がしたいと言われて、初夜だとわかっていて誘いに乗る。
数時間前に結婚したばかりの彼らに初夜が関係ないのはわかっていた。焼きもしている主に事実を報告して安心させてあげようという狙いもある。
そして予想以上の成果を得た。
まさかアヤ本人の口から、この結婚をどう思っているのか聞けるとは思わなかった。
姿を隠しておいて正解だったと思う。
不審者の気配に様子を見に行ったアインスはすぐに戻ってきた。一人でないことは気配で感じる。咄嗟に姿を消して様子を見ることにした。
戻ったアインスはサイモンがいないことに驚いたが、様子を見ているのであろうことはすぐに察する。気にせず、アヤと話した。
おかげで、サイモンは大変面白いものが見ることが出来た。
「お前のことを好きにならない女性がいるなんて、思わなかったよ」
そんなことを言いながら、自分のグラスを持って、ソファに戻る。先ほどまでアヤが座っていた場所に腰を下ろした。
ちなみにサイモンの姿隠しの術は、手に触れたものや身につけたものにも効果を発揮する。だから手に持ったグラスも消えて、アヤには見えなかった。
サイモンは水割りを飲みつつ、2人のやり取りをずっと見ていた。大変興味深く、面白い寸劇だと思う。
ちょっと酔っていることもあり、サイモンのテンションはいつもより高い。少し気が昂ぶっていた。
そんなサイモンをアインスはじろりと睨む。
「好きになられても困るから、これでいいんだよ」
言い返すが、それは負け惜しみのようにしか聞こえなかった。自分でもそれは自覚している。
サイモンが言うように、アインスはとてもモテた。キルヒアイズとサイモンとアインスの3人は昔から一緒にいることが多い。この3人でいると、王子であるキルヒアイズを差し置いて、何故かアインスが一番モテた。そこは王子の自分が一番ではないと可笑しくないか?とキルヒアイズはよく笑いながら拗ねていた。
3人とも美形だが、顔立ちの綺麗さはアインスがちょっと群を抜いている。もともと、カッシーニ家は美貌で有名な一族だ。その中でもアインスは一族の血が色濃く出ているといわれている。プラチナブロンドの髪もその瞳の色もカッシーニ家の特徴だ。美しさにおいても歴代の当主の中で引けをとらないと言われている。
そんな男がモテないわけがない。
小さな頃から婚約者は決まっているのに、それでも構わないといい寄ってくる女は数知れなかった。それらをアインスは冷たく振り払う。
それがまた、婚約者に一途だといい方に解釈されて、女性の人気は高まる。
女性という生き物はいい男にはとことん甘かった。
だがサイモンは、アインスが本当に面倒だと思っているだけであることを知っている。別に婚約者に義理立てしていたわけではなかった。
それどころか、婚約者であったレティアのことも厳密には愛してはいない。
アインスはレティアのことをとても可愛がっていた。それは事実だ。しかしそれは家族の情であった。幼馴染で年下のレティアをアインスは生まれた時から知っている。レティアには実は兄がいた。その兄とアインスは親友だった。だが、レティアの兄は10歳になる前に亡くなってしまう。長く病の床にいた親友に代わって、アインスはその妹を可愛がった。そんなアインスをレティアも慕う。2人は家族のように仲良くなった。それがいけなかったらしい。
アインスはレティアを妻として見られなかった。レティアは妹でしかない。愛しているが、それは夫婦の情ではなかった。家族として、慈しんでいる。
だがレティアの方は違った。最初から兄としてではなく、婚約者である異性としてアインスを愛していた。
兄が亡くなると、レティアはキャピタル家の跡継ぎになる。アインスとの婚約は解消し、婿を貰うことに決まった。アインスはカッシーニ家の一人息子で跡継ぎだ。婿にはいけない。
しかし、婚約解消をレティアが嫌がった。散々、駄々を捏ねる。そして娘に甘いキャピタル夫妻は折れた。長男はカッシーニ家に、その次に生まれる子はキャピタル家の跡継ぎにすることで両家は納得する。
その時点で、アインスは何度も自分が婚約解消を望んでいることをキャピタル家に伝えていた。妹のように思っているので、妻には出来ないと訴える。だがそんな気持ちは夫婦になればいずれ変わると、キャピタル家は取り合わなかった。
アインスもそれ以上は強く言えない。
結局、アインスが16歳の時に早々に結婚式はとり行われた。レティアは14歳で嫁にいく。
妻としては見られなくても、アインスはレティアを可愛く思ってはいた。優しくするし、労わる。
傍から見れば、夫婦は仲良く見えた。実際、仲が悪かったわけではない。だが、夫婦ではなかった。
しかしそのことはサイモンくらいしか知らない。
アインスには相談できる相手が、幼馴染で兄のように思っているサイモンくらいしかいなかった。
レティアの兄が5歳の時に病に臥してから、アインスにとって親しい友人はサイモンやキルヒアイズになった。3人で過ごすことが増える。キルヒアイズはアインスにとっては従兄弟だ。しかし王子なので、気軽な相手ではない。何でも話せるのは、サイモンだけだ。そんなアインスをサイモンは何かと心配する。
レティアが妊娠し、それが自分の子ではないとアインスに打ち明けられた時にはサイモンはどうするべきかと途方にくれた。
アインスとレティアはそれこそ白い結婚であった。結婚当時、レティアがまだ14歳なのを理由にアインスはレティアの寝室を訪ねなかった。
そのまま一度も、アインスはレティアと褥を共にしていない。それは彼女が16歳になり成人を迎えても変わらなかった。
抱いてくれない夫の変わりに、レティアはどこかで子種を仕込んだらしい。
その相手が誰なのは最後までわからなかった。
夫に隠れて愛人を作るなんて、貴族の夫人には珍しくない。黙認されている行為だ。だから恋人を作ったのならまだ良かった。レティアが自分以外の誰かを愛したというなら、アインスはむしろ喜んだだろう。
レティアの愛は重く、アインスは窒息寸前に追い詰められていた。
だが、レティアは子供が欲しくて種だけ貰ったらしい。愛人がいたわけではなかった。
そしてお腹の子はアインスの子だと言い張る。もしかしたら、本人はそう信じていたのかもしれない。その頃にはもう、レティアはどこか壊れていた。
アインスにはそれを違うと証明出来ない。例え証明できたとしても、アインスはそうしなかっただろう。レティアを歪ませた罪として、全てを受け入れる覚悟でいた。
そして子供が生まれ、その引き換えのようにレティアが亡くなる。
何とも皮肉な結果だ。
そしてそれはアインスに大きな罪悪感を与える。
誰もが、愛する妻を亡くしてアインスは落ち込んでいると思っていた。
だが、本当は違う。
アインスは罪悪感に苦しんでいた。
レティアを不幸にしたことに。
そして、レティアが死んだことにほっと安堵してしまった自分に。
レティアの愛はそれほど重荷だった。
だから、自分に興味を示さないアヤにアインスはほっとしている。もう愛されるのはこりごりだ。
「あんな事務的にお前と話す女性は初めて見たよ。紙とペンを用意させ、書き留めようという体勢でお前の話を聞いている姿は、仕事をしている文官のようだ。とても夫と話し合いをしている妻の姿とは思えなかった」
サイモンは思い出して、また笑う。
「あんな人だとは知らなかった」
そう続けた。
その言葉に、アインスは違和感を覚える。
「王子は連日、聖女の離宮に足を運んでいたと聞いた。彼女とは親しいのではないのか?」
サイモンに聞く。
サイモンはキルヒアイズの側近だ。基本的に、いつも行動を共にしている。それは離宮などに足を運ぶときも同様だ。当然、同行する。キルヒアイズがアヤと会っている時間分、サイモンもアヤと接していたはずだ。
「王子は一人で離宮を訪れていた。最初の何回か以外は同行を許されなかったんだよ」
サイモンは首を横に振る。
「それは……」
アインスは眉をしかめた。
キルヒアイズの本気が感じ取れた。
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