第3話 事実確認。




 部屋の中にあるモノはほぼ王子からのプレゼントだった。

 自分の荷物が運び込まれているのを一通り確認して、わたしはそのことに気付く。

 聖女だったら、王子と結婚する予定だったのだと王宮の侍女からこっそり教えられたことを思い出した。

 聖女の力を発現させるまで、そのことは秘密にする約束だったらしい。

 みんな知っていたが、誰も口にしなかった。

 だがわたしが聖女になることはなくなったので、侍女が内緒で教えてくれる。


 わたしと王子が仲良くしている姿はみんなが見ていた。

 連日顔を出してくれる王子は、唯一の話相手だ。

 確かアインスと同い年の19歳だったと思う。だがアインスより大人の雰囲気があった。落ち着いていて、しっかりしている。

 王子として帝王学を学んでいるせいか、王としての風格をすでに持っていた。

 ハニーブロンドの髪は華やかな雰囲気があるのに、深い碧の瞳がそれを穏やかな印象に変えている。

 意外と聞き上手で、わたしの話を何でも聞いてくれた。それは日常の細かなことから、異世界の思い出話まで。

 わたしが落ち込んでどうしようも無い時は、黙ってただ隣にいてくれた事もあった。


(あれ? わたし、王子と結婚したら幸せになれたんじゃない?)


 ふと、そう思う。

 もっとも、あれが本当に王子の素だったのかはわからない。聖女であるはずのわたしにいろいろと気を遣ってくれていたかもしれないことは否めなかった。

 だがそれでも、アインスよりは幸せになれただろう。

 誰にも言えない愚痴や文句を王子にだけはこぼすことが出来た。

 この半年、わたしの心の支えになってくれていたことは確かだ。


 ちなみに、この部屋にはアインスから貰ったものは何一つない。


(あっ、指輪があったか)


 そう思って、自分の薬指を見た。

 デザインは嫌いじゃ無いけど、つけていると自分がアインスに嫌われていることを思い出して気が重くなる。


(この指輪、つけていないと不味いかな?)


 いっそ、外したらすっきりすると思った。だが、対外的にそれが不味い行為であることはわたしにも理解できる。好き好んで喧嘩を売るつもりはなかった。

 指輪を嵌めたままくるくると指で回していると、視線を感じる。

 部屋に案内してくれたアンナがまだいたことを思い出した。

 下がっていいとわたしが言わない限り、用事が終わってもメイドは立ち去れない。王宮でもそうだったのに、すっかり忘れていた。


「案内してくれて、ありがとう。もう下がっていいわ」


 わたしはにこやかに告げる。存在を忘れていたので、ちょっと気まずい。


「奥様」


 アンナはとても言いにくそうに口を開いた。


「この後、お茶の時間になりますがどちらでお召し上がりになりますか?」


 問いかける。

 わたしは少し困った。アンナが聞きにくそうにしていた理由に思い当たる。


「普通はどうするものなのかしら?」


 アンナに尋ねた。その普通に合わせようと思う。


「普通は、ご夫婦は一緒にお茶にするものですが……」


 アンナは言葉を濁した。それがどういう意味なのかは問わなくてもわかる。


「わたしと一緒ではアインス様は嫌でしょうね。こちらで1人でお茶を飲むのは構わないのだけど、それではわたしが拗ねて部屋から出てこないと思われるかしら?」


 わたしはアンナに聞いた。気を遣ったのに、誤解されるのは割に合わない。アインスに何も期待していないが、積極的に嫌われたいわけでもなかった。例え短い期間でも、仲良くした方が過ごしやすいのは使用人達と同じだろう。


「そうかもしれません」


 アンナは頷いた。


「では、アインス様にお聞きしてください。どうすればいいのか。1人でお茶を飲めというのならこの部屋で頂きますし、形だけでも一緒の方が都合がいいというならそうします。養われている身ですから、文句は言いません」


 わたしの言葉に、アンナは哀しそうな顔をする。言葉の棘には当然、気付いていた。公爵家のメイド長なら、それくらいの機微は感じ取れなければ困るだろう。


「奥様……」


 アンナは何をどう言うべきなのか、迷う顔をした。主のフォローをするつもりなのかもしれない。


「ねぇ、アンナ。その奥様という呼び方は止めてもらえるかしら? わたしのことは出来るなら名前で呼んで欲しいの」


 わたしは頼んだ。

 奥様と呼ばれる度に、胸の奥がざわりとする。形だけの妻にその称号はきつい。


「かしこまりました。アヤ様」


 アンナは名前で呼んでくれた。


「他の人にもそう伝えてね」


 わたしは微笑む。


「はい」


 アンナは穏やかに頷いた。そして、思い切る。


「アヤ様。わたしがこのようなことを口にするのは大変烏滸がましいのですが、旦那様にいま少し、時間を差し上げてください」


 言おうとしていた言葉を口にした。


「それはどういう意味かしら?」


 わたしは尋ねる。嫌味では無く、本当にどういう意味なのかを知りたかった。


「旦那様はレティア様を亡くされて、まだ気持ちの整理がついていないのです。お二人はその……、小さい頃から兄妹のようにお育ちになりとても近しい存在でした。そのレティア様が難産の末に亡くなられて。その事実をまだ受け止められないのだと思います」


 わたしに気を遣って、アンナは言葉を選ぶ。


(兄妹なら、子供は産まれないよね?)


 そんな小さな突っ込みは、心の中にしまっておいた。さすがにそれを口にするのは、意地が悪すぎるだろう。


「レティア様がお亡くなりになったのって、出産のせいなの? 何か持病とかお持ちだったのかしら?」


 わたしは代わりに、そう質問する。それは優しさから出た言葉ではない。前妻の話は聞いておいた方がいいだろうと思った。不用意に地雷を踏まないために。


 わたしは決して聖人君子ではない。

 思ったことを全て口に出したりはしないが、性格はなかなか悪いと自負している。

 我が身が一番可愛いし、人のことは二の次だ。それは誰だって同じだろう。自分が一番大事なのは、生物としての当たり前の生存本能だ。

 誰かのために自分を犠牲にするような奉仕精神など、わたしは持ち合わせていない。


(だから聖女ではないのだろう)


 そう思った。

 だってわたしには、この国の民を救おうなんて気持ちはない。

 わたしは誘拐されてここにいる。召喚なんて言葉を使っても、それはただの誘拐だ。そして、誘拐犯に自分たちを助けて欲しいと懇願されている。


 『はい、喜んで』


 そんな居酒屋みたいな返事、出来る訳がない。

 自分を誘拐した相手を、喜んで助けるお人好しなんてこの世にいるのだろうか?

 いたとして、わたしは違う。

 この国を、民を、救いたいなんて思いは全く無い。救えば帰してくれるなら考えるが、帰れないことはわかっていた。


 若くして亡くなったレティアのことは気の毒に思う。だが、彼女はわたしにとって見知らぬ他人だ。正直、彼女の死を悼む気持ちはそこまでない。


「レティア様はそれほど丈夫な方ではありませんでしたが、決して、病弱でもありません。持病もなく、出産は問題ないと言われていたのです。でも、すごい難産でした。三日三晩、レティア様は苦しまれていました。側についているしかできなかったアインス様もレティア様のご家族も、見ているこちらが辛くなるほど憔悴しきっていました」


 その時の光景を思い出しているのか、アンナは辛そうに顔をしかめる。

 公爵家のメイドなんて、感情を押し殺すことを一番に求められそうだが、アンナはそういうタイプではないようだ。

 わたしから見ても頼れる姉御肌に見える。愛情深く、感情が豊かな人なのだろう。


「なんとか無事に坊ちゃんを出産なさったのですが、レティア様はそのまま……。治癒の魔法も効果がなくて……」


 言葉を詰まらせた。

 わたしはふと、一つの可能性に気付く。


「……それはもしかして、聖女なら救えたのかしら?」


 問いかけた。


「……」


 アンナは黙り込む。

 それは肯定より雄弁な返事だ。


「レティア様が亡くなったのは、わたしが召喚された後なのね?」


 わたしは確認する。

 アンナは黙って、小さく頷いた。


「そう。アインス様はわたしを恨んでいるのね」


 わたしはため息を吐く。

 わたしが聖女として力を発現していたら、レティアを救えたのだろう。だが、わたしは聖女の力を発現できなかった。

 そしてレティアは亡くなり、その後釜として聖女失格のわたしが妻の座に納まる。


(これは恨まれても仕方ないかも)


 言いがかりをつけられている気分ではあったが、恨みたくなる気持ちがわからないではなかった。


(むしろ、王子は何故そんなアインスをわたしに勧めたのだろう? もっと他にいい相手が居たのではないだろうか??)


 アインスとの結婚を取り纏めた王子に疑問を抱く。

 だが、聖女ではなくなったわたしに王子に質問するような機会はやってこない。 疑問は疑問のまま、胸の奥にしまいこんだ。



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