5. 律義な望月さん

「でも、ほら、見られたとしても問題ない姿だったでしょ」

「しゃべってたらアウトだから」


 三匹は淡淡した様子で、僕の足にからみついてくる。


「ちょっと、歩きにくいんですけど」

「ねぇ、本当は言わないですよね?」

「あっしら、坊ちゃんに迷惑かけてやせんから、言わなくても」


 無口な茶色は、残像が見えるほどの勢いでうなずいている。そんなにヤグルマは怖いんだろうか。


「そんなにまとわりつくと、蹴っ飛ばしちゃいそうで危ないよ」

「そんな、そんなこと言わずに、姐さんには内緒にしてくれやせんか」

「あんまりしつこいと、そんなに怖がってることもヤグルマに言っちゃおうかな」

「な、なんて殺生なぁっ」


 灰色が絶句して固まったのを良いことに、大股で猫たちをまたいで猫屋敷の門をくぐった。




「あれ、どうしたのかな」


 タンポポのような黄色くふわふわ毛並みの猫がお行儀よく座って、僕を出迎えてくれた。こう自然にない猫の色は気の毒に見えるからやめてと言っているのに、気に入っているからとやめてくれない。ほかにもピンクとか紫とかもいる。無理やりカラフルに染められた屋台のヒヨコのようで、見かけるたびになんとも言えない気持ちになる。ただ、居間屋根の上で日向ぼっこしている、七色のまだらな猫なんかは、もうコメントも浮かばない。

 こういう奇抜な猫は先日の常世行き前は見えなかった猫たちだ。一応こういう恰好では普通に姿を現してはいけないことは分かっているらしい。

 タンポポ猫は僕を手招きしながら縁側の方へ連れていく。

 すぐにその理由は分かった。



「望月さん、いらしてたんですね」


 昨日に引き続き、可愛らしい微笑を向けてくる叔父のそばに、人の良さそうなぽっちゃりした人が見えた。


「暸一君、入学おめでとうございます」

「あっ、ありがとうございます」


 わざわざお祝いに来てくれたんだろうか。こんなにかしこまっておめでとうと言われるのは初めてで、少し口ごもってしまった。

 律義な望月さんにどう返したらいいのか考えていると、叔父から話しかけられた。


「このあと、予定はありますか?」

「いえ、特にないです。明日もまだ授業はないし」

「それなら、これから望月さんが組織について教えてくれるそうですので、君もいっしょにどうですか」

「いいですけど、叔父さんもですか?」


 いつからかは知らないが、叔父はすでに組織で働いているはずだ。そんな叔父さんが今更何を学ぶのだろうか。


「そうですよ」

「でも、叔父さんの所属している会社みたいなものですよね」

「まぁ、そうなりますね」

「でも、教わるんですか」

「はい」


 叔父はどうやら、何もおかしいとは思っていないらしい。なるほど、叔父らしい。叔父らしいが、今までそれで大丈夫だったのだろうか。

 一旦その疑問は置いておき、もう一つの疑問を口にした。


「僕はまだその組織で働くとか考えてないんですけど」

「将来どうするかは、自分で考えて決めてください。ただ、君は力が強いし、色々な余波も大きいでしょうから、知っておいたほうがいいと思います」

「すぐに着替えてきますので、是非お願いします」


 叔父との間にあった壁がなくなろうと、叔父が綺麗好きなのは変わらない。外から帰ってきた格好のままうろつくのと良い顔をされない。特に靴下を履き替えないままスリッパもはかずに屋敷をうろつくのは駄目だ。別に足臭くないのに。

 望月さんなんかは、本当に大人で建物内に上がるときは靴下を履き替えてくれるような理解を示しているらしい。そこまでしてくれるから、気が向かない時も追い返せないんですよ、なんて叔父は言っていたが、そんな風に言うほど望月さんがくることを面倒に思っていないのは確かだろう。


 急いで玄関に向かうと、庭の低木に隠れるようにして先ほどの三匹がこちらに懇願するようなしぐさや表情をしている。

 猫にはありえない、二足で立ち上がり、前足を合わせて拝むようにして、ひょこひょこ頭を下げている。

 望月さんと叔父を待たせているので、今は猶予をあげよう。

 笑わないようにぐっと奥歯をかみしめながらあえて気づかなかったふりをして歩き出してから振り返ると、三匹は大層ショックを受けたように茫然としていた。



 身支度を整えて縁側の部屋に行くと、部屋になにやら不思議なモノが広がっていた。

 お札のような読めない文字の書かれた紙からは湯気のような何かが立ち昇っていたり、逆に吸い込んでいるのが見える。他にも手のひらより一回り小さい木彫りの猫の顔はよく見ると目が時折動いている。五センチぐらいの円錐は何かの機械なのはわかるが、用途不明だ。

 そのおかしな様子と持ってきたのが望月さん、というのを考えればイキモノ関連なのは間違いないだろう。


「瞭は何か飲みますか」

「叔父さんは何を飲んでるんですか」


 なんだか普段かぎなれない、爽やかな甘い匂いがする。


「私はウーロン茶です。ちょっといい茶葉をもらったので」


 多分くれたのは、叔父とあわよくば、と思っているに違いない近所のママさんだ。大体食べ物系を持ってきて、母一人子一人で余らせちゃうから、と渡しながら叔父の腕や肩をさりげなく数回触ったりして帰っていく。この十日ぐらいですでに三回来訪しているのだ。今日も来たのかもしれない。叔父は忙しいシングルマザーさんの心の癒しになっているようだ。


「この甘い匂いがそれですか?」

「あ、この匂いはこの粉ですね」


 テーブルの上に置かれた何の装飾もない銀色の丸いアルミケースを、望月さんが指さした。


「あとで説明しますけど、この匂い暸一君はお嫌ですか?」

「いえ、別に。甘い匂いだなって感じです」

「じゃあ使えそうですね」


 何の話か分からない。

 いい茶葉を使うのも、これ以上待たせるのも気が引けるのでとりあえず水を入れてきて、叔父さんの隣に座った。


「じゃあ、まず、組織の話からしましょうか?」


 僕としては目の前のこれらが大いに気になる。特に猫の木彫りがじっと見つめてくるので、めちゃくちゃ気になるのだが、黙ってうなずいた。


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