第8話 優しい手紙


 スケアクロウは暖かな陽射しにうとうとしていた。お嬢さんの綺麗な蜂蜜色の髪を見送った、いつかの日曜日と似た穏やかな陽射しだった。

 だから、懐かしい声が聞こえた時も夢だと思った。


「こんにちは、スケアクロウ」


 顔を上げたスケアクロウの前には、海のように碧い瞳を輝かせたおばあさんが立っていた。


 スケアクロウはわかった。

 この人はあのお嬢さんなんだと。


 スケアクロウはわかった。

 お嬢さんがおばあさんになるほど時間は過ぎていたのだと。


 それでも、もう一度お嬢さんに会えたことが嬉しくて、スケアクロウは幸せに満たされながら微笑んだ。


 昔失くしたもう半分の幸せに向けて、微笑んだ。



 スケアクロウはお嬢さんと、たくさんたくさん話をした。会えなかった時間を、お嬢さんが知らないスケアクロウの時間を、お嬢さんに全部伝えた。


 ただ、スケアクロウは一つだけ言えないことがあった。自分の新しい家族のことを幸せそうに話すお嬢さんには言えないことがあった。


 本当は一番伝えたかったこと。

 お嬢さんが好きだということ。


 でも、スケアクロウにとっての幸せであるお嬢さんがこんなにも幸せそうだから。スケアクロウはその笑顔を見れただけで十分だと思った。お嬢さんが幸せであることが、スケアクロウの幸せだと思えた。


 スケアクロウは思った。長い長い命の中で、ただの一度でもお嬢さんが自分を好きだと言ってくれた。それが嬉しかったことだけは、ちゃんと伝えたいと思った。


 なのに、言葉にするのはとても難しかった。それがどうしてなのか、スケアクロウにはわからなかった。輝きながら街の彼方に溶けていく夕焼けが、眩しかったからかもしれなかった。



 すっかりお日様は沈み、辺りが暗くなってきた。お嬢さんはもう帰らなくてはいけなかった。

 

 最後にスケアクロウはお嬢さんに聞いてみた。

 どうしてここに来てくれたのか、と。


 お嬢さんは微笑んだ。蜂蜜色の髪が揺れた。


「私の住む街の新聞屋さんにお手紙が来たの。いつかこの街に居た蜂蜜色のお嬢さんへ、スケアクロウが待っていると伝えてほしいって。幼くて、可愛らしいお手紙よ。私はその記事を読んだの」


 スケアクロウは驚いた。スケアクロウが焦がれたお嬢さんの髪の色を知っているのは、ただ一人だった。



 遠ざかっていく小さな後姿に手を振りながら、スケアクロウは幼いお嬢さんのことを思い出した。それから、心の中いっぱいにありがとうと言った。本当は、あの大きな瞳を見ながら言いたかったと思った。


 お嬢さんに会えたスケアクロウの魔法はとけた。

 その夜、スケアクロウはまた人ではなくなった。

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