第5話 月夜の魔法


 お嬢さんがいなくなった後も、皆はスケアクロウに話しかけてくれた。でもスケアクロウは半分しか幸せじゃなかった。だって、お嬢さんのあの可愛らしい声が聞こえない。


 スケアクロウは半分しか、幸せじゃなかった。お嬢さんが街を離れてからすごく長い時が経っても、スケアクロウの幸せは半分のままだった。


 空からスケアクロウを見下ろす月が、スケアクロウをかわいそうに思うくらいに。その痛ましい背中へ、声をかけてしまうくらいに。


「お嬢さんに、会いたいのかい?」


 月は高い高い空からスケアクロウにそっと話しかけた。すやすや眠る星たちを起こさないように、小さく潜めた声で聞いた。


(……ぼくは、ぼくもお嬢さんを好きだったんだと、ぼくの声で伝えたい)


 スケアクロウは高い高い空に向かってそっと答えた。静かに寝息をたてる草木を起こさないように、こっそりと返事をした。


 月はさらに声を落とした。


「じゃあね、スケアクロウ。お前に一度だけ、魔法をあげよう。いいかい? 一度だけだ。お前を人の姿にしてあげるよ。お嬢さんに会えるまでの魔法さ」


 スケアクロウは月を見上げた。動くようになった頭を持ち上げて、月を見上げた。藁みたいにごわごわとした髪の毛は、スケアクロウによく似合っていた。


 月は最後にもうひとつ言った。


「でもねスケアクロウ。お前はこの場所から動くことはできないよ。街を出て行くことはできない。お前の脚は歩くためのものではないのだから」


 スケアクロウはうなずいた。

 それでも構わないと、うなずいた。



 その夜から、人になったスケアクロウはずっと街の入り口で立ち続けた。

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