求めていたもの

「先程も言った通り、酷だけど…エラくんに宝石を食べさせたのは国の命とも言える宝石を守るため。…それ以上の理由はないわ…。」

イバラはそう言うと、何かを堪えるように唇を強く噛んだ。

ツキエは黙ってエラの前にティーカップを置く。

今度は白湯だった。

「…これなら飲めると思います。どうぞ」

ツキエは白湯を勧めると、定位置に戻って行った。

エラはショックのあまり、白湯に一切触れることなく俯いてしまった。

イバラは唇を噛むのを止めると、「でもね」と話し出した。

「でもね、エラくん。君は決して一人じゃないの。だから私はエラくんを助けたの。」

エラは黙っている。それでもイバラは話を続ける。

「私ね、最初エラくんに名前を聞いたけど、その…。知ってたの、君の名前」

俯いているエラは、イバラの言葉に一瞬だけ反応を示した。しかし、また先程同様に俯いている。

「ずっと君を探していたの。あんな人たちにエラくんを絶対に渡さないわ」

イバラの言葉にエラは少しだけ顔を上げる。微かに見えたエラの顔色は見るからに悪く、目には涙が溜まっている。

「ここにはエラくんと同じ境遇の子たちが沢山いるわ。決して君は一人じゃないの。」

「…。」

「だからそんな顔をしないで…。今日から私たちは同じ境遇の仲間よ…」

「…。」

仲間という言葉をよく知らないが、自分が求めているのはそれではないと直感で思った。

同じ境遇だろうがなんだろうが、今までのこの苦しみを、今日あったばかりの人なんかに分かるはずがない。この苦しみを理解出来るわけが無いと。

「違いますイバラ様…。仲間ではありません」

先程まで黙ってイバラの隣にいたツキエが、イバラを前に、彼女の言葉を否定した。

イバラは反論されるとは思わず、目を見開く。

今日会ったばかりのエラでさえ、戸惑いを隠せずにいた。

しかしそんな二人を横目にツキエは言うと、イバラから離れ、エラの前に立つ。

「今エラ様に必要なのは、共に進んでくれる存在などではなく、止めてくれる存在だと思います。」

「止める?」

「はい。引き止め、受け止める。そんな存在です。…私はそう思いました。」

「受け止める…。」

「共感でも理解でもございません。否定と肯定です。」

「…矛盾してないかしら?」

イバラは怪訝な顔でツキエを見る。当のツキエは、イバラの視線にきにすることなく言う。

「そうですね。この場合、否定とは未来対する否定で、肯定とは過去に対する肯定です。」

イバラの頭の上にはハテナが浮かぶ。ツキエはエラの前に屈むと彼の手にそっと触れる。

「貴方の未来は、決してご自身が思っているような不幸な結末にはなりません。そして、貴方の過去は生きるための立派な手段であり、恥ずべきのもではありません。」

エラはツキエの顔を見る。

エラは彼女の顔はとても穏やかで、まるで聖母のような暖かさをツキエから感じた。

エラの頬に、涙が伝う。一度こぼれた涙は、それ以降はダムのように溢れ出す。エラは止めようと思い涙を拭うが止まらない。一度出た涙はもう止めることはできないのだ。

ツキエはエラの背中をさすり、花柄のハンカチを渡した。

イバラはツキエに言う。

「ではツキエ。貴方はその存在を仲間と呼ばずに何と呼ぶのかしら」

「…それは」

ツキエは少しだけ考える素振りを見せると、こう答えた。

「友達、でしょうか」

エラは自分が求めていた存在の名前を知り、流れる涙を止めることを諦め、大きな声で叫ぶように泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る