第117話 創部初めて
打った瞬間、打席の俊哉が右腕を高々と掲げていた。
弾き返された打球は真っ直ぐレフトスタンド中段へと飛び込んでいき、芝生で白球が弾むとスタンドからは大歓声が鳴り響いた。
「凄い……凄い凄い!!」
大興奮気味に話すマキに対して、明日香は呆気にとられたようにスタンドで弾む白球を見ている。
チアをしていた美咲らはピョンピョンと飛び跳ねながら喜びを爆発させる。
「俊哉先輩……。しゅごい……。」
目を輝かせ、また俊哉の姿に頬を少し赤くし惚けながら言葉を発する心優。
また同じように柚子も頬を赤くしながら惚けており、椛愛が苦笑いを見せながらツンツンと柚子の頬を突っついている。
「柚子ちゃーん?」
「カッコよすぎ……。」
「ダメだぁこれはぁ。」
クスクスと笑いながら柚子を見る椛愛。
「ほら心優ちゃんも、しっかりー。」
「はっ……!(凄い見とれちゃってた?!)」
「恋する乙女って感じかなぁ?」
「ち、違うよ!?私はそんなんじゃないよ!?」
「あはは。まぁまぁー。」
「か、椛愛ちゃんー。」
椛愛に言われて慌てながら言い訳をする心優。
だがそれほど俊哉の放った一撃は心に響いたのだろう。
そして、司はというとただ呆然としながらも由美と互いに手を握り合っていた。
「由美。」
「えぇ。」
「凄いね。俊哉さん凄いね。」
「えぇ。凄いのです。これが、俊哉さんなのです。」
「うん。」
「司、終わったら会いに行くのですよ?」
「え?」
「絶対に。」
「うん。わかった。」
互いに笑顔を見せ合う司と由美。
司の心に俊哉の一撃はちゃんと届いていた。
グラウンドではダイヤモンドを一周した俊哉がベンチへと戻っていた。
ベンチで待っていた秀樹らの顔を見ると、俊哉はニコッと笑顔を見せると手を挙げながら話す。
「ヒデ。勝ち越したよ。」
「ばっかお前……最高すぎんだろ!!」
パチンとハイタッチを交わす俊哉と秀樹を皮切りに他の選手らともハイタッチを交わして行く。
「トシ。」
「明輝弘。」
「なんだよお前。いっちょ前にスラッガーかよ。」
「あはは。思いっきり振り切ったよ。」
「まぁいいんじゃね?ナイバッチ。」
「ありがと。」
明輝弘ともハイタッチを交わした俊哉。
そして、最後に俊哉は菫と目が合うと笑顔を見せながらピースサインをして見せる。
そんな彼の姿に、菫はいっぱいの笑顔を見せるのであった。
「さぁ!!勝ち越したぞ!!」
9回表に俊哉の勝ち越し弾が飛び出た聖陵学院。
だが物事は上手くいかないという事なのだろうか、後続が続かずチェンジとなってしまった。
「クソガァ!!俺は認めねぇぞ!!」
ベンチに帰りながら叫ぶのは佐藤。
下に見下していたチームに勝ち越しを許す。
そしてその勝ち越しは完全に見下していた俊哉からのホームランだ。
「おいお前ら!わかってんだろうな!望月から5点は取れ!!」
「佐藤。うるさいぞ。」
「んだと!?そういう瀧澤こそ情けねぇ打撃見せやがって。あんな雑魚供によ!ったくテメェらが凡退の山を築いたおかげでこっちは点が入らねぇんだよ!あんな雑魚ピーによくもまぁ。」
怒り心頭なのが文句が次々と出てくる佐藤。
その様子を見ていた他の選手はこの最悪な雰囲気を感じながらも、何も言い返せないでいる。
「くそっ。なんでこんな事になってやがんだ。俺は認めねぇ……彼奴らきっとズルしてるに決まっている。それでなきゃこの俺が打たれる訳がねぇ……。」
「佐藤。」
「んだよ!!ウルセェな!」
「うるさいのはお前だ。お前は実力で負けたんだ!」
「な……。」
「お前が認めなくても結果として出たのがコレだ。散々下に見ていた俊哉には全ての打席でヒットを浴びて二本のホームランも打たれた。これが、実力差以外に何がある!?」
「う……。」
瀧澤の言葉に言い返せなくなる佐藤。
そんな2人を見ていたキャッチャーの法月は佐藤に言葉をかける。
「瀧澤先輩の言う通りですよ。初回の4失点も9回の勝ち越し弾も、向こうの方が上だった。それだけです。」
「……くそ!!」
ベンチに座りながら頭を抱える佐藤。
口では認めないと騒いでいたが、ここまでの結果を見せられては佐藤もまた認めざるを得なかったのだろう。
「だが……桐旺はまだ負けん。」
まだ9回裏の攻撃がある桐旺。
強力打線を誇る桐旺なら1点差は無いに等しい位だろう。
並みの投手ならあっという間に逆転が出来る力は持っている打撃陣。
しかし、マウンドに上がるのは体力バリバリに残った状態の秀樹。
加えて俊哉からの勝ち越し弾と言う大きな援護をもらった秀樹のマウンドは凄まじい気迫に満ちていた。
「さぁ9回!!しまっていこう!!」
『おぉ!!』
キャッチャーである竹下から声が飛ぶと野手全員がそれに応えるように声を張り上げる。
打席には先頭に帰り一番打者が入る。
桐旺の上位打線は特に破壊力が抜群だが、マウンドに上がっている秀樹の方がその打線を上回った。
「ストライク!バッターアウト!!」
「よっしゃ!!」
追い込むと最後はカーブボールを投じ空振り三振を奪う秀樹。
先頭打者を三振に打ち取るとスタンドからは歓声が上がる。
だが負けじと桐旺スタンドは選手らの背中を押すようにブラスバンドや大歓声が響き渡る。
「いけるぞ!」
「一本ヒット出れば瀧澤に回る!!」
一死となった桐旺だが。
二番打者か三番打者が出れば四番の瀧澤へと打席が回る。
(塁には出さねぇぞ竹下。)
(もちろんだヒデ。)
秀樹と竹下の意思疎通が出来たのか、続く二番打者に対しても有利に進めていく。
4球で追い込むと秀樹の右腕から投じられた5球目。
「ストライク!バッターアウト!!」
秀樹の投じられたボールは高めに投げ込まれたストレート。
打者は秀樹の投じた威力のあるストレートに振ってしまったのだ。
「よっしゃあ!!」
「よしツーアウト!!」
聖陵学院の選手たちから声が飛び交う。
球場のボルテージも最高潮に上がっており応援団も息を飲むようにグラウンドを見つめる。
「秀樹先輩……。」
「望月先輩。」
ギュッと両手を握り合わせながら戦況を見つめる心優。
また心優だけでなく椛愛や柚子もジッと戦況を見つめている。
そんな中でも一番戦況を見つめているのは瑠奈、そして司だろう。
「あと1つですわ?」
「あと1つです。」
ゴクリと生唾を吞み込む2人。
そんな2人の目の前で秀樹が三番打者に対して1球目を投じた。
「ストライク!!」
初球はインコースに決まりストライク。
これで流れに乗ったのか秀樹は続く二球目もストライクを取り二球でツーストライクと追い込んだ。
「あと1球!ヒデ落ち着いて!」
「ヒデくん!丁寧に!でも強気だよ!!」
山本と内田から檄にも似た言葉を投げかける。
そんな彼らの言葉に秀樹は届いていたのかは分からなかったが、大きく一呼吸置いたようにも見える。
だが続く3球目のに対し桐旺打者はファールにして見せた。
「終われるかよ!俺が出れば次は瀧澤だ!」
桐旺も負けてはいられない。
次の打者は四番の瀧澤。
そして何より、格下と見ていた聖陵に負けられるなどあってはならない事だという思いがある。
「出ろよ!!桐旺が……この俺が負けるなんて事はあってはならねぇんだよ!!」
ベンチから叫ぶ佐藤。
彼の目には涙が浮かんでいた。
「クソが……!なんで!あんな格下チームに、しかも!雑魚の横山なんかに打たれるんだ!!」
ドンドンとベンチを叩きながら悔しがる佐藤に他の選手らは何も言わない。
というより何も言えないと言った方が正しいだろう。
佐藤のみならず、桐旺の選手のほとんどがこの決勝戦自体を楽勝と考えていた。
だが蓋を開けてみれば接戦どころか、序盤に大量得点を許すなど聖陵が優位に試合を進められたのだ。
だが桐旺の選手の中でただ1人、決して侮ってはいない選手がいた。
「やはり聖陵は強くなってる。俺らの予想よりはるかに。」
そう呟くのはネクストバッターサークルに座っている瀧澤。
彼だけは、聖陵学院を決して下には見ていなかった。
ここまでの試合の内容をよく見た上での彼の評価は間違っていなかった。
(だが残念なのは、俺以外の誰1人として……いや法月以外の奴らは最後まで下に見ていたな。これが俺ら桐旺の敗因だ。)
そう最後に悟った瀧澤。
そんな彼の目の前では秀樹の投じたボールを空振りをする打者がいた。
「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!!」
主審のコールが響いた瞬間、マウンド上の秀樹は両腕を大きく掲げガッツポーズを取る。
そしてキャッチャーの竹下を始め選手らが秀樹の立つマウンドへと駆け寄っていく。
「よっしゃあ!!勝ったぞ!!」
「県大会優勝だぁ!!」
喜びを爆発させながら秀樹の元へと駆け寄る選手たち。
聖陵学院は創部初めてとなる県大会優勝を収める事になった。
そして、静岡県1位として東海大会へ駒を進めることとなったのであった。
次回、最終話。
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