第115話 最大限のプレー

 7回の終盤に同点に追いつかれた聖陵学院はバッテリー丸ごと交代という采配を振るった。

 マウンドには秀樹が上がりキャッチャーは竹下がマスクを被る。

 秀樹と竹下が打ち合わせをする。


「さて、震える展開で登場したな。」


「確かに。」


「んでもちゃんとした投げ込みをしないでマウンドはやり過ぎだぜ?」


「でも、俺が投げるしか無いんだ。」


「エースだから、か?」


「そうだ。」


 秀樹の言葉と表情に竹下は決心した。


「よし。とことん付き合うわ。だけど無理はするな。お前がまだまだ必要だからな。」


「その為に竹下がマスク被るんだからな。信頼してるよ。」


 笑顔を見せながら話す秀樹に竹下は苦笑いを見せながらも、ポンと秀樹の胸をミットを軽く叩き守備位置へと戻る。

 マウンドに1人残った秀樹はロージンパックを手に持ちながら深く深呼吸をする。

 正直不安や緊張が無いわけでは無い。

 不十分な状態で自分が投げてチームに敗北を喫するかもしれないという恐怖が頭をよぎる。


(大丈夫だ……大丈夫。)


 自分に言い聞かせるように頭の中で何度も話しかける。

 そんな時にふとスタンドへと目をやると、すぐに彼女を見つけつ事ができた。


(瀬里。)


 見えたのは瑠奈。

 心配そうに秀樹を見つめている彼女の顔を見た秀樹はクスッと笑う。


「そんな顔すんなよ。大丈夫だから。」


 瑠奈の顔を見ながら笑みを浮かべる秀樹から不思議と不安が消えていた。

 これなら投げられると感じた秀樹が前を向くと、打者が打席に立っており試合の空気へとすぐに変わった。


「さぁやるか。」


 主審から試合再開の声がかかり試合が再開される。

 打者が打席へと立つのを見ながら竹下がサインを出す。


(最初は肘の負担がかからないストレート系。しばらくはストレート中心で行く。全力はダメだ。)


 サインを出す竹下の意志に秀樹は強く頷く。

 投じられたストレートがアウトコースに決まるが、投球練習が十分では無いのかいつも以上のスピードが出ない。


(やっぱストレートに力がない。)


 受けた竹下もそれはわかっており配球の組み立ても厳しくなってくる。

 強打の桐旺相手に通用するのかも分からない状況。


「望月の球威はねぇ……余裕で打ち崩せる!!」


 その様子を見ていた桐旺ベンチの佐藤は嬉しそうに叫ぶ。

 追加点のチャンスとあって桐旺ベンチは大いに湧き上がる。


「イケイケ!!」


「打ち込めー!!」


「ピッチャービビってるよー!!」


 桐旺ベンチから声が飛び交っており、スタンドにいた瑠奈はその言葉遣いに憤慨していた。


「なんなんですの!?あの言葉は!高校球児たるもの汚い言葉はいけません!」


「ま、まぁまぁお姉ちゃん。」


憤慨する瑠奈に心優が宥めに入る。

 そんな彼女を見ていた柚子がニヤニヤと笑みを浮かべながら話す。


「瑠奈先輩。望月先輩のことになると一生懸命ですよねー?」


「へ?!」


「そりゃそうだよ柚子ちゃん。だってぇ、愛しの望月先輩ですものねぇー。」


 柚子の言葉に両手を合わせながら嬉しそうに話す椛愛。

 彼女らの言葉に瑠奈の顔は一気に真っ赤になる。


「ああああ貴女たちー!」


「わー怒ったー。」


 キャッキャと笑いが溢れるスタンドの一部分。

 そんな事があったとはいざ知らずグラウンドでは緊迫の状況が続いていた。


 カキィィン……


 二球目のストレートを引っ張る打者。

 打球は強い打球を放つも三塁側へもファール。


(クソ。あまり使いたくなかったが……)


 サインを出す竹下に秀樹は頷く。

 その3球目に投じられたのはカーブボール。

 ググッと大きく弧を描くように曲がってきたボールに打者は反応できず見送ってしまう。


「ストライク!バッターアウト!」


「う……(なんだこの変化量は!?)」


 糸で引いたようなカーブにど肝を抜かれる打者。

 また打者だけではなく受けた竹下も驚いていた。


(力を抜いたぶん遅くなって変化量が増えたのか。これは使える。)


 続く打者には初球を同じ遅いカーブでストライクを取ると二球目はハーフスピードのストレート。

 そして最後は力を入れたカーブボールを投じた。


(曲がりが速い!?)


 スピードの速いカーブに反応できずに見逃し。

 コースもストライクが入り見逃し三振を奪って見せたのだ。


「ストライク!バッターアウト!」


「っし!!」


 二者連続での三振に秀樹は小さくガッツポーズを取る。

 だが打順は一番へと帰り上位打線へと戻る。


(上位打線か。下位からガラッと打力が変わるな。)


 上位に回る事で打力が一気に上がる打順。

 秀樹は桐旺打線に挑む。


「さぁまだツーアウトだ打ち込んだれ!!」


 佐藤の言葉が飛ぶ。

 サインに頷いた秀樹が振りかぶり初球を投じるとバッターはそれを見逃さず振り切る。


カキィィン……


「しまった!」


 高めに浮いたボール。

 その秀樹の失投にバッターは見逃さずに打ち返すと右中間へと飛んで行った。


「ダメ!!」


 思わず立ち上がり叫ぶ瑠奈。

 彼女の目線の先には勢いが弱らずに上がって行く。


「お願い……お願い!!」


 その瑠奈の叫びに、たった1人の選手が応えた。

 打球に全速力で走っている俊哉の姿。

 彼の思いっきり腕を伸ばしながら飛び込む。


「トシ……。」


 グラウンドへとそのまま倒れこむ俊哉に、グラウンドはシンとなる。

 ユックリと起き上がる俊哉のグラブには、弾き返されたボールがしっかりと収まっていた。


「アウト!!チェンジ!」


「よっしゃあ!!」


「ナイストシ!」


 アウトの判定にマウンド上の秀樹は両腕を大きく上げながら喜ぶ。

 竹下や他の選手も叫び声をあげて喜びを爆発させる。


「俊哉さん……。」


 涙目になりながらストンとベンチへと腰を下ろす瑠奈。

 放心状態のまま座り込む瑠奈に心優が手を握りながら嬉しそうに話しかける。


「よかったねお姉ちゃん。」


「えぇ。えぇ……。」


 安堵している瑠奈同様、ベンチの選手らも安堵をしていた。

 ベンチへと戻ってきた俊哉に選手らがハイタッチを交わしていき、最後に秀樹と目があう。


「トシ。ありがとな。」


「届いて良かった。」


感謝の気持ちを表しながら言葉を発する秀樹に対し俊哉は満遍の笑みを浮かべながら手を挙げるとパチンと大きな音を響かせながらハイタッチを交わすのであった。


「ヒデ、投げ込みだ。」


「あぁ。」


 竹下に言われてブルペンへと向かう秀樹。

 一方桐旺ベンチでは佐藤がガン!とベンチを蹴りながら怒りをあらわにする。


「クソが!また横山の野郎だ!なんなんだアイツは!今回といい前回といい!なんで俺らの邪魔をする!」


「チームの勝利のために最大限のプレーをする。そしてそのプレーを全面に出し尽くすのが、横山俊哉だ。」


 瀧澤の言葉に“チッ”と舌打ちをしながらグラブを手にベンチを出て行く佐藤。

 彼自身、聖陵学院は格下でしかなかった。

 この決勝戦も桐旺打線が爆発し二桁得点を叩き出して圧倒的勝利を収めるつもりでいたのだが、蓋を開けてみれば初回に4失点し6回まで1点のみ。

 7回にようやく同点に追いついたのだが勝ち越しのチャンスを逃してしまった。


「これも何もかも横山のせいだ……!ふざけやがって!」


 怒り心頭の様子を見せる佐藤がマウンドに上がる。

 だがその怒りがパワーになったのか、7番から始まる8回表の聖陵打線を抑えて行く。


「ストライク!バッターアウト!!」


 7番竹下が空振り三振に打ち取られる。

 なんとか秀樹が投げ込みをする時間を増やすべく粘って行きたかったのだが佐藤の投じられた力のこもったストレートに当てる事すら出来ない。

 同じように8番青木も空振り三振を喫してしまうと、9番打者の山本も空振りの三振に打ち取られてしまった。


「ストライク!バッターアウト!チェンジ!!」


「おっしゃああ!!」


 マウンド上で大きくガッツポーズを取る佐藤。

 8回表の聖陵打線は勝ち越すどころかチャンスすら作れないまま終わってしまった。

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