第112話 落ち着いた?
桐旺のキャッチャーである法月とマウンド上の佐藤が会話をしているのをベンチから見ていたのは琢磨だ。
「アイツ法月か。」
「あ、本当だ。」
琢磨の言葉に反応を見せるのは亮斗。
実はこの法月はシニア時代琢磨らとはチームメイトである。
当然ながら俊哉とも面識があり知らない間側ではない。
「何話してんだろ?」
「多分……。バレたかな?」
「え?」
琢磨の言葉に亮斗が首を傾げながら見る。
長めに話をしていた桐旺バッテリーだったが法月は最後に何か言いマウンドから離れていく。
守備位置へと戻ると法月はマスクを被り座る。
(やれやれ。やっとマトモなリードが出来る。ってかよく今まで通用してたな。あの人のバカリード。)
心の中で佐藤をディスりながら深くため息を吐く法月。
打席へと入る堀を見ながら法月はこの日、というより今大会初めて自分からサインを出す。
(さて恐らく向こうさんは佐藤先輩はリードしてると読んでくるはず。そしたら簡単‥‥。逆を行けばいいのよ。)
サインを出す法月に対して佐藤は不服そうにしながらも頷く。
そして大きく振りかぶり1球目を投じた。
(ストレー……トぉ?!)
初球はストレートと読んだ堀。
だが投じられたボールは予想とは全く違うスライダーだった。
ギィィン……
「ライト!!」
アウトコースへと投じられたスライダーに当てるだけのバッティングをしてしまった堀。
打ち返された打球は勢いが無くライト前方へと上がってしまいアウトになってしまう。
「はいワンアウトー。」
簡単にアウトを取る。
法月は守備の選手たちに聞こえるように声をかけると他の選手らも声が出始める。
そんな中、バツの悪そうにする佐藤だ。
「くそ‥‥!」
法月にリードを任せたらアウトに出来た事に不服なのか、悔しそうにする佐藤。
だが法月は御構い無しにサインを出していく。
「ストライク!バッターアウト!!」
六番の三平に対してはカーブボールを中心に投じさせて最後はアウトコースへズドンと決まるストレートで見逃し三振を奪って見せる。
ツーアウトとなり打席にはこの決勝戦の舞台で先発を任された橘に対しては初球ストレートを投じて見せる。
「うぉ!?ストレート!?」
(ここまで初球変化球を見せたからな。ストレートが来るとは思うめぇよ。)
淡々としながらもサインを出していく法月。
そして最後はスライダーを空振らせて三振を奪って見せたのだ。
「ストライク!バッターアウト!チェンジ!!」
(はい。一丁あがり。)
ベンチへと戻っていく法月に他の選手からハイタッチを求められ、それに応えるようにハイタッチを交わしていく。
そして最後に佐藤と顔をあわせると法月はジト目のまま話しかける。
「いやぁ良かったっすね。俺がリードして。大火傷する前にチェンジになりましたよ。」
「こいつ‥‥。」
カチンと来るが言い返せない。
実際に法月のリードのお陰でこれ以上の失点をせずに済んだのだ。
「4点差なら。ウチらの範囲内ですよね?」
「あったりめぇだろ!!俺らの打線なら余裕だよ!!」
そうイキる佐藤。
桐旺打線は今大会遺憾無く発揮しており、恐らく静岡県では一番だろう。
そしてその打線が先発のマウンドに上がる廉に襲いかかる。
「さぁ廉君!落ち着いてね!」
「お、おう。」
「……本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ!ほれ守備位置戻れ!」
若干の不安を覚える三平に廉は“シッシッ”と右手を振りながら守備位置へと戻す。
強がってはいるものの、廉は緊張していた。
県大会とはいえ決勝戦の先発を任された廉の背中には大きなプレッシャーが伸し掛かっている。
(大丈夫だ‥‥大丈夫!!)
自分にそう言い聞かせながら気合をいれる廉。
だが彼に桐旺打線が襲いかかって来る。
キィィン‥‥
「うわ……。」
先頭打者に初球を打たれてしまいヒットを許してしまう。
続く二番打者にも強振され打球は一二塁間へと飛ばされてしまう。
だが深めに守備をしていた山本が打球に追いつき一塁はアウトにするも、ランナーは二塁へと進めてしまう。
一死二塁のピンチを作り打席には三番の法月。
(やっぱ橘は浮わついてんな。)
その法月はバントの構えを取る。
桐旺は基本ノーサイン。
特にバントはほぼせず今大会でも犠打は無いのだが、法月はバントの構えを取ってきた。
(廉君を惑わすのかな?)
打席に立つ法月を見ながら警戒心を見せる三平。
だがマウンドの廉はそれ以上に動揺していた。
「ボール!!」
「ボール!!」
「ボール!!」
3球連続でボールとなってしまう。
三平が落ち着くように体全体でジェスチャーをして見せるも廉の表情は固いままだ。
その様子はスタンドの応援団にも感じ取れていた。
「もう!何やってるのよ!」
そう言葉を荒げるのは柚子。
「これじゃあ廉……打たれちゃうじゃ無い!俊哉さん達の得点無駄にする気!?」
「まぁまぁ柚子ちゃん。落ち着いて。」
落ち着かせる椛愛。
だが柚子の不安は的中してしまう。
入れに来たボールをコツンと法月はバントを決める。
転がる打球はピッチャー正面から右側へと転がり、廉は打球処理をしにいく。
普段なら何の変哲も無い打球だっただろう。
だがこの時ばかりは、廉の指からボールが逃げて行ってしまった。
「あ‥‥!?」
ポロッとボールがこぼれてしまう。
廉は慌てて再度拾い上げるも、今度は指に上手くかからず再びこぼしてしまった。
「セーフ!!」
結局どこにも投げれずオールセーフ。
この展開に桐旺スタンドからは大歓声が響く。
「廉君!落ち着いて!!」
三平の言葉が飛ぶが、廉の耳には何も入っていなかった。
打席へと立つのは四番の瀧澤。
その瀧澤に対してボール先行となってしまう廉の投球。
そして甘く入ったボールを綺麗に弾き返されると打球はピッチャー廉の頭を越えていくセンター前ヒットとなってしまい三塁ランナーがホームを踏んでしまった。
「廉君……。」
「もう!バカ廉!何やってるのよ!」
心配そうに見つめる心優に対し怒り心頭の柚子。
グラウンドでは五番の佐藤が打席へと入りニヤニヤと笑みを浮かべながらバットを構えている。
「ボール!!」
「入んねぇじゃん。クソピー。」
やはりボールが先行してしまう廉に打席の佐藤はニヤケながらバットを構えている。
「タイムお願いします。」
「タイム!!」
すると三平が主審にタイムを取りマウンドへとスタスタを上がっていく。
多分守備につく選手らは何か言葉かけにいくのだろう。
そう思いながら三平の動向を見ていたのだが、マウンドに到着した三平は何も言わずにいきなり廉の頭を叩いて見せたのだ。
「いって!!?」
“パチン!”といい音がグラウンドに響くと、守備についていた選手だけでなく打席の佐藤や両ベンチの選手らは今起こった事に理解が追いついていなかった。
「え?頭叩いた?」
「多分……。」
そんな言葉が溢れる。
「おっま!何すんだよ!?」
「どう?落ち着いた?」
「え?」
「廉君慌てすぎ。少し冷静に周りを見よう。今の廉君は前しか見てないよ?」
三平の言葉にハッとする廉。
先頭打者にヒットを許してから廉は周りが完全に見えなくなっており独り相撲状態に陥っていた。
それを三平は手荒なやり方だが軌道修正をして見せたのである。
「……わりぃ。落ち着いた。」
「うん。それで良しだよ廉君。さぁ後続打ち取ろう!」
そう言い残し守備位置へと戻る三平。
試合が再開され廉は三平のサインをジッと見つめる。
そして投じたボールは今までの球より一層力が伝わっていた。
「ストライク!」
ストライクを取る廉。
続く二球目は縦のスライダーを投じて見せると佐藤は無理やり打ちに行く。
「オラァ!!」
カキィィン……と打球音が響く。
佐藤の打ち返した打球はピッチャー正面への当たりとなり、廉が咄嗟に差し出したグラブの中へと収まっていった。
「アウト!!」
「せ、セカン!!」
ノーバウンドで廉が捕球をしアウト。
そのまま廉は三平の指示が飛ぶとクルリと振り返り飛び出していた二塁ランナーが慌てて帰塁をするのを目で捉えると二塁へついていた山本へとボールを送球をして見せた。
「アウト!チェンジ!」
廉の送球したボールは二塁ランナーより早く山本のグラブへと収まりアウト。
これでピッチャーライナーでのゲッツーを完成させたのである。
「ナイピッチだよ廉君!!」
「お、おう!サンキューな三平。」
ベンチに戻りながら互いにグラブタッチを交わす三平と廉。
自分で作ったピンチから息を吹き返した廉。
4対1と3点リードのまま試合は進んでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます