第111話 佐藤のクセ
白球がレフトスタンドに弾む。
球場は一瞬シンと静まり返るが、次第に大歓声の渦が巻き起こった。
「ホームランだぁ!!」
「俊哉さん……!!!」
思わず立ち上がる心優。
隣の瑠奈はこの展開にポカンと口を開けながら呆ける。
「ヤバ……。」
「柚子ちゃん?」
そう呟く椛愛が顔を覗き込むと、柚子の頰は真っ赤に染まっており目はうっとりとしていた。
「また好きになっちゃいそう‥。」
「こぉらー。ダメでしょー?」
「あたっ!?わ、分かってるわよ……でも、カッコいいには変わりないわよ?」
「まぁ分かるけどぉ。」
柚子の頭に軽くチョップを決める椛愛。
だが確かに柚子の言う通り、目の前でホームランを見せられては惚れるのは仕方ない。
「うわ。マジか‥。マジか。」
そして打った本人はと言うと信じられないのだろう、未だにホームランを打った感覚が来ていなかった様だ。
「ほら君、ベースを回りなさい。」
「え?あ、はい……。」
審判に促される様に俊哉は一塁方向へと走りだす。
ダイヤモンドを回る間に、ふつふつとホームランを打ったと言う実感が出て来たのはスタンドから浴びせられる大歓声だ。
「ナイバッチ!」
「トシ、ナイバッチ!!」
ホームを踏み俊哉に対して選手らがハイタッチを求めると、彼は応じていく。
ベンチに戻ると菫と目が合う。
「トシ君。ナイバッチ!」
「ありがと!!」
笑顔を見せながら手を差し出す菫に、俊哉は今日一番の笑顔を見せながらパチンとハイタッチを交わすのであった。
マウンドの佐藤は、この事態に信じられない表情を見せている。
「クソ……!マグレが出やがった!!」
これはマグレだと言わんばかりに言い聞かせる佐藤。
彼にとって、完全に下に見ていた俊哉にホームランを打たれたと言う結果を認めたくは無かったのだろう。
だが彼の考えは変わらない。
(まぁいい。まだマグレのホームラン1本だ。それでも此奴らは雑魚には変わりねぇ・・なんせ前回の試合は俺から打てなかったんだからな!!)
昨年の秋に聖陵と対戦をした際には完璧に抑え込んだ。
佐藤にとってはその時点で聖陵学院を下にしか見ていなかったのだ。
しかし……
この一年で聖陵学院は佐藤の予想異常に大きく成長していたのだ。
打席に入る二番打者の内田。
(初球‥。)
そう意気込みながら打席に立つ内田。
対して佐藤は見下しており、振りかぶりながら初球を投げ込む。
カキィィン……
「な、に!?」
初球のストレートを振り抜いた内田の打球は三遊間を抜けていくレフト前のヒットとなった。
この結果に一番動揺しているのは佐藤。
だが聖陵学院は間髪入れずに三番の琢磨が左打席へと入る。
「マグレは……そう何度も続かねぇぞ!!」
佐藤はそう言い聞かせながら琢磨に対して初球を投じる。
投げ込まれたボールは低めへのストレート。
だが琢磨は迷いなくそのストレートに合わせていく。
カキィィン……
「なん‥だと!?」
琢磨の振り抜かれたバット。
そのバットに弾き返された打球は、佐藤の頭上を越えていき勢いが衰えることなくセンターへと設置されたバックスクリーンへとぶつかるホームランとなった。
「オォォォ!!ツーラン!!」
「ナイバッチー!!琢磨ー!!」
大歓声が沸き起こる球場。
琢磨はゆっくりとダイヤモンドを回りホームイン。
ベンチへと戻ると他の選手らとハイタッチを交わしていく
「すげぇな琢磨。」
そう言いながら廉が琢磨とハイタッチを交わす。
「いや。本当に凄いのは瀬里だよ。」
「確かにな、よく見つけたなあの癖。」
「あぁ。何度も何度も瑠奈先輩と見返したらしいぞ?そして1つの癖・・いやこれは癖というよりは、こだわりに近いのかもな。」
そう話す琢磨。
同じ頃、スタンドでは瑠奈と心優が大きく欠伸をしており椛愛と柚子が2人を不思議そうに見ていた。
「二人ともどうしたの?」
「えへへ。昨日ほとんど寝てなくてぇ。」
「そうなの?」
「ね。お姉ちゃん。」
「えぇ‥。まさか日をまたぐとは思いませんでしたわ‥‥?」
瑠奈もゲッソリと疲れが見えており心優の話に苦笑いを見せている。
「どうしたんですか?」
「えぇ。昨日、菫さんの家で私と心優は今までの桐旺の試合を見直しをしまして。エースである佐藤選手の弱点を探しましたの。」
瑠奈の言葉に柚子と椛愛は理解しているのかいないのか、ポカンとしている。
「え?弱点?」
「えぇ。ピッチングフォームのクセや投球パターン。今までのピッチングを記録した全ての映像を見ました。そして、遂に見つけました……。」
「うん。見つけたよお姉ちゃん。」
なんと見つけた瑠奈と心優の姉妹。
夕食を終えた後に瑠奈たちは菫宅で早速研究へ入った。
今回は妹である心優も招いて瑠奈、心優を始めとした菫、咲と言ったマネージャー陣たちでテレビにかじり付く。
だが難航し、1人また1人と眠気に負けて行ってしまい最終的には瑠奈と心優の2人だけが残り黙々とテレビの前に座る。
そして、時計は日をまたいだ深夜二時頃にやっと2人は見つけたのだ。
「で、その弱点は?」
「はい。今思えば早く気付くべきでした。私としたことがぁ‥‥。なんとも簡単‥というよりは、馬鹿らしい弱点です。」
「そ、そうだねお姉ちゃん……。」
互いに顔を見合わせながら苦笑いを見せる瑠奈と心優。
「で?で?その弱点って何よ?!」
もったいぶられる2人に柚子が急かすように聞いてくる。
そして瑠奈が口を開いた。
「えぇ。彼、佐藤選手は。必ず初球に……ストレートを投じます。」
「え?それだけ?」
「……はい。それだけですわ?」
「え?心優‥‥本当に?」
「あはは。そうなんだよねぇ。あの人、凄い自分自信に素直というか何というか……。」
「いえ心優。本心で言って構いません。桐旺のエース佐藤選手は……バカです。」
キッパリと言い切る瑠奈。
言葉を選んで濁していた心優とは打って変わってストレートに言葉を放ってきた事に柚子らが苦笑いを見せる。
「全試合見直しました。全ての試合において打者に対する初球は全てにおいてストレートを投じてました。ここまでの相手は力で押し切っていたみたいですが。甘いですわ?ウチのチームの力は以前より格段にレベルが上がっております。それに、対処法が分かっていれば……俊哉さん達は対応出来ます。」
その瑠奈の言葉通りとなった結果が初回4点だ。
「くそっ……何でだ!俺のボールが……!!」
勿論、クセが見抜かれた事に気付いていない佐藤は納得出来ないのか悔しがりながらマウンドの土を蹴っている。
すると主審にタイムを取りマウンドへと向かってくるのはキャッチャーの選手だ。
「何しに来た?」
「何しにも何も。向こうさんにバレてますよ?」
「は?何が?」
「先輩がバカな事。」
「な!?」
キャッチャーの言葉に驚愕の表情を見せる佐藤。
そのキャッチャーの選手がマスクを取るとタレ目で一見すると眠そうな表情を見せる選手だ。
「大会前に言ってた約束。守ってくださいよ?3点以上取られたら、自分にリード権譲って。」
「グッ‥‥!偉そうに1年坊が……。」
「あ。後もし試合後のインタビューで初回4失点は先輩のリードで取られましたって言ってくださいよ?自分のリードで取られたクソキャッチャーと思われたら嫌じゃないですか。」
その選手の言葉に何も言い返せない佐藤。
そこまでして言い切るキャッチャーの名前は
他県選手が多い桐旺では珍しい静岡県内出身の選手だ。
「さぁ先輩。俺のいう通りにお願いしますよ?」
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