第109話 お前をスタメンに戻す

 沼津南との準決勝が終わると選手らは一度球場の外へと出て荷物をまとめていた。

 自分のカバンに荷物を入れている俊哉に菫が正面に屈みながら話しかけて来た。


「ねぇトシ君良かったの?」


「え?」


「司よー。何も声かけなかったじゃない。」


「あぁー……。うん。まだ声は掛けない。」


「トシ君……。」


「今日はまだ1安打だけしか打ってないからね。試合にフル出場して結果を残して初めて司ちゃんに会いに行くんだ。」


「ふふっ。トシ君らしいわね。」


「あはは‥それまで司ちゃん待ってくれてると良いんだけどねぇ。」


「待ってるわよ。司なら。」


 司もわかってくれてる。

 そう俊哉は信じて止まなかった。


 その頃、応援団の生徒らは一足先に帰路へとついていた。


「はぁぁ……。俊哉さん、口も聞いてくれなかった……。」


 だが司は真逆だった。

 試合では同点タイムリー、そして逆転へと繋がる勢いをつけた起爆剤となった俊哉。

 彼から試合後に話しかけてくれるだろうと期待を込めていたのだが話しかけて来てくれる事はなかった。

 またスマフォにもメッセージは無しとあり現在の司の心境がどん底である。


「私、やっぱ嫌われたのかな。」


「そ、そんな事ないですよ!?」


「そ、そうだよ司ちゃん!きっとほら‥恥ずかしいんだよトシちゃん!」


 ドンヨリと項垂れる司を由美とマキが全力でフォローをするが、司の脳内にはネガティブな想いばかりが廻り回っている。


「司先輩。大丈夫ですよ!」


「心優ちゃん?」


「俊哉先輩は・・そんな人じゃないです。明日の決勝戦が終われば、絶対に司先輩に会いに来ます。」


 心優から出た言葉。

 その言葉に司はどこか楽になった。


(そっか。私が信じてあげなきゃ……うん。)


 にじみ出ていた涙をぐいっと拭くと司は心優を見てニコッと微笑みかける。


「ありがとう心優ちゃん。うん……そうだよね。明日も応援しなきゃ。」


 司の笑顔に心優も笑みを見せる。

 明日の決勝戦が終わったら……そう心に願いながら、司は帰路へとついたのであった。


場所を戻して球場では聖陵の選手らは帰らずにスタンドに座っていた。

 彼らの目的は第二試合目に行われるもう一つの準決勝戦。


「どっちかな。明倭と桐旺。」


 竹下の言葉の通り、対戦カードは静岡明倭高校と菊川桐旺学園。

 今年の夏準決勝戦と全く同じ対戦カードとなっており、桐旺にとってはリベンジなのだろう。

 桐旺ベンチではエースナンバーを付けた佐藤が声を荒げていた。


「クソ!明倭はエース出さねぇのかよ!」


 声を荒げる理由はスコアボードにあった。

 明倭高校のオーダーが表示されており、投手の所にはエースである土屋ではなく違う名前が表示されていた。

 そのことについては聖陵でも話が出ており俊哉らが各自の見解を口にいている。


「トシはどう見る?」


「んー‥‥。」


 秀樹が土屋ではなく控え投手を出したことに質問を俊哉にぶつけると、俊哉は少し間を開けると口を開いた。


「多分だけど、最悪この試合捨てても良いって考えてるんだと思う。」


「え?」


 俊哉の言葉に秀樹が驚いたように言葉を発する。

 また周りで聞いていた選手らも驚いたように俊哉を見る。


「東海大会には上位3校が出場できる。今日勝てれば確実なんだけど土屋君を連投させるわけにはいかない。となるとこの試合は控え選手で行かなければってなると思うんだよね。」


「私も、同じ意見ですわ?」


 俊哉の説明に同意見を示すのは瑠奈だ。


「次の事を考えたら、エース土屋さんをベンチに下げるのは決して間違いではございません。それに今日マウンドに上がる池永さんは1年生ながら決して劣る選手ではないですわ?明倭高校は鉄壁の守備陣に加えて投手陣も充実しているチーム。ベンチには投手6人は入れております。」


「凄いね瑠奈ちゃん。情報量・・。」


「もちろんですわ!色々な高校の情報は把握しておりますので!」


 胸にドンと手を叩き自慢げに話しをする瑠奈に他の選手らは関心しながらパチパチと拍手をする。


「さて、どうなるかな?」


 俊哉がポツリと呟きながらグラウンドへと目を向ける。

 いざ試合が始まると、おそらくだが球場にいたほぼ全員が予想していなかった経過になっていた。


「瑠奈ちゃん・・。」


「は、はい。」


「完全に予想外だったね・・。」


「そうですわね・・。謝らなくてはならないのは私です。すみません。」


「謝る必要は無いよ。でもこれは……俺もビックリだよ。」


 その俊哉の言葉。

 彼の視線の先はスコアボードに向かっており、そこに表示されていたスコアは桐旺が7、明倭が0の文字が表示されていた。

 7対0と桐旺が大量リードのまま7回を迎えていた。


「先発池永の調子が上がらなかったのが最初の誤算だな。」


 竹下が冷静に分析しながら話をする。

 先発をした池永が調子が上がらないのか、初回からボールを連発してしまいあっさりと失点をしてしまう。

 そこから桐旺のペースへと進んでしまい毎回得点をしていき7回までに7得点を叩き出した。


「ハァッハッハ!!余裕だぜ!!」


 ベンチで高笑いを見せるのは佐藤。

 佐藤は力で押すピッチングを披露し5回まで二安打に抑え降板。


「エースがいなければクソザコだなおい!」


 高笑いが止まらない佐藤。

 そのまま桐旺はリードを守ったまま7回コールドで試合は終了した。

 決勝進出に喜ぶ桐旺の選手らの傍らで淡々と荷物をまとめてベンチから出て行く明倭の選手らを見つめる俊哉。


「決勝の相手は桐旺か。」


「佐藤の球を打つのは至難だな。」


 竹下らがそんな話をする中、俊哉はただ黙ったままジッとグラウンドを見つめる。


「トシ?」


「ん?ううん‥決勝戦。頑張ろう。」


「……だな。さぁ帰るべ。」


 俊哉に何を思ったのか、竹下は何も言わずに俊哉に言葉をかけて球場を後にする。

 合宿所へと戻った選手らは夕食をとり今日は練習等を設けずに終了。

 各自部屋へと戻って行く中、春瀬監督は出て行こうとする俊哉を呼び止める。


「横山。少し良いか?」


「は、はい。」


 呼び止められた俊哉は踵を返し春瀬監督の所へと向かう。

 竹下らは立ち止まり春瀬監督と俊哉の会話を聞く。


「横山。明日の決勝戦だが、お前をスタメンに戻す。」


「え?あ、はい!」


 春瀬監督から告げられたスタメン復帰に俊哉は一瞬ポカンとするが直ぐに返事をする。

 話が終わり食堂から出ようとする俊哉に、待っていた竹下らと目が合う。

 すると彼らは互いに顔を見合わせるとニカッと笑う。

 そして俊哉も同じように笑顔を見せると手を差し出しハイタッチを交わしたのであった。


 準決勝戦全カードが終了。

 決勝戦カードは静岡聖陵学院対菊川桐旺学園。


 明日午後1時より、草薙球場にて試合開始。

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