第108話 ありがと!!

 俊哉の放った打球がライトへと抜けて行く。

 三塁ランナーの秀樹がホームを踏むとガッツポーズをしながらベンチへと戻り他の選手らとハイタッチを交わしながら喜びを爆発させる。


 そしてその同点タイムリーを放った俊哉は一塁を回り止まると、ベンチへ向けて大きく右腕を掲げて見せた。


「ナイバッチ!!トシ!!」


「ナイバッチー!!」


 ベンチから俊哉に対して歓声が聞こえる。

 また同じ、いやそれ以上の歓声の声が俊哉に浴びせられている。


「クソ・・・・流石はトシだぜ・・・・。」


 悔しがる山梨だが、俊哉を認めざるを得なかった。

 完璧なコースに投じられたカーブボールに完璧に対応したバッティングに打ち崩されたのである。


「あーあ。帰って来ちまったな。」


 そうボヤく山梨だが、彼の表情は何処か嬉しそうだった。


「だけど、この試合は取らせてもらうぜ!」


 だが山梨も負けてられない。

 俊哉から打線を続かせるわけにはいかない気持ちを全面に出しながら打者へと向かう。


「さぁ続けみんな!!」


 一塁上から俊哉の檄が飛ぶ。

 その彼の言葉に、誰もが待ち望んでいた。

 待ち望んでいた言葉が、聖陵学院打線に火をつける。


 カキィン・・・・


「サード!!」


 先頭に帰り打席には青木。

 その青木の叩きつける様なバッテイングはサード側へと高くバウンドをする。

 サードの選手が高いバウンドした打球が降りてくるのを待ち送球と行きたいところだったが、青木の足は速い。

 捕球をした時には一塁へと到達していた。


「ナイバッチ青木ー!!」


「よっしゃ!」


 一塁上でガッツポーズをする青木に二塁へ進んだ俊哉も笑顔を見せ腕を挙げる。

 二死一二塁として打席には二番の内田が入る。

 今日内田は無安打。


(緊張するー。)


 緊張気味に打席へと入る内田。

 だが彼の緊張を解いたのは二塁上の俊哉だった。


「うっちー!気楽にね!!」


「俊哉くん・・・・よし!」


 彼の言葉を聞き自然と身体中の力が抜けたのを内田自身も感じていた。

 山梨から投じられたスライダー。

 そのスライダーに内田はタイミングを合わせる様にバットを振り抜くと打球は山梨の股下を抜けて行きセンターへのヒットとなった。


「回れ!回れ!!」


 ランナーコーチの指示を受けて二塁ランナーの俊哉が一気にスピードをあげて三塁を蹴る。

 センターからバックホームが試みられるも俊哉の足が速くホームベースを踏んだ。


「セーフ!」


「よっしゃあ!!」


「や、やったぁー!!」


 喜びながら手をパチンと叩く俊哉。

 タイムリーとなった内田は一塁上で嬉しそうにガッツポーズをする。


「ナイラン!トシ!!」


「おー!!」


 ベンチへと戻った俊哉を選手らが迎え入れる。

 最後に秀樹とハイタッチを交わすと、秀樹は笑顔を見せながら話す。


「ナイバッチだトシ。」


「ありがと!」


「そんで、復活おめでとう。」


「いやまだだ。まだ一打席だけだよ・・・・。でも、次も打つよ。」


「トシ・・・・。その意気だよ!」


「あはは。ありがと!」


 そう言葉を交わし俊哉と秀樹はハイタッチを交わす。


 聖陵の攻撃はまだ止まらない。

 三番の琢磨のヒットで再び一二塁とすると続く四番の明輝弘の一振りが、実質この試合を決定づける様なものだった。


 カキィィィン・・・・



「・・よし。」


 振り抜いたバットをカランと放る。

 明輝弘の放った打球は高い放物線を描きながらライトスタンドへと叩き込まれていった。


「あー・・・・クソ。」


 打球の行方を見ながら悔しそうに苦悶の表情を見せる山梨。


「トシに打たれた時点で・・俺の負けって事かよ。」


 認めざるを得なかった。

 俊哉の同点タイムリーが飛び出した時点で、流れは完全に聖陵へと傾いていた事。

 そしてその勢いを止めることもできない事を・・。


「アウト!チェンジ!!」


 五番の堀をライトフライに打ち取りチェンジとするが、8回に一挙5点が入った聖陵学院。

 4点差というビハインドを沼津南は盛り返すだけの流れが来なかった。


「ストライク!バッターアウト!」


 最終回へと突入しマウンドには完投すべく秀樹が上がると、先頭打者を空振り三振に打ち取りアウトを1つ取る。


「ナイピッチー!!」


 秀樹の背中から大きな声が響く。

 この秋季大会しばらく聞いていなかった彼の言葉に、秀樹は心地よさを感じただろう。

 クルリと振り返ると、センターの守備についていた俊哉に向けて右腕を突き上げる様に反応して見せた。


「さぁアウト後2つだよ!」


セカンドの守備いちに着いている内田が秀樹に声をかける。

 逆転劇を見せた8回、山本に対して代打を出したため守備位置をいじる事になった聖陵学院は、サードの内田をセカンドに置きサードには平林が入る。

 そして外野にはセンターを守っていた青木がレフトへと回り、センターには俊哉が入った。


 ギィィン‥‥


「セカン!」


 2人目の打者はインコースへのストレートに詰まらさせセカンドへとゴロ。

 セカンドの守備についた内田が落ち着いて捌きボールを一塁へと送った。


「アウト!!」


「ツーアウトー!!」


 内田の声が飛ぶと、他の選手からも声が飛び交い出す。

 後アウ1つとなり打席には代打が送られる。


「さぁヒデ!バッター集中だ!」


 キャッチャー竹下からの言葉にコクリと頷く秀樹。

 彼の振りかぶり投じられる1球1球は9回の投球とは感じられないほどの球威を見せていた。

 ストレートでストライクを取ると、次はカーブボールで空振りを取る。

 あっという間に追い込んだ後の3球目は遊び玉は必要ない。


(これで・・終わりにする!)


 秀樹の投じたボールは高めへのストレート。

 今日投じた110球目のストレートには力がこもっており、打者のスイングをしたバットに当たりはするものの打ち返された打球は力弱くセンター方向へと舞い上がった。


「センタ‥‥トシ!!」


「オーライ!!」


 秀樹が叫ぶ。

 ベンチやスタンド全てが打ち上げられた打球とセンター定位置より前でグラブを構える俊哉に視線が集中する。

 俊哉がグラブを差し出すと、舞い上がったボールがしっかりとグラブの中へ治った。


「アウト!ゲームセット!!」


 アウトの宣告がされた瞬間、俊哉が両腕を大きく使いガッツポーズをしながらマウンド方向へと走っていく。

 また他の選手らも笑顔を見せ、喜びを爆発させていた。


 静岡県大会準決勝。

 沼津南との試合は5-1で勝利を収めた。

 これで夏から引き続き、地区予選大会二季連続での決勝進出を聖陵学院は果たしたのであった。

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