第107話 戻ってきた

 球場にコールされた代打俊哉の名前。

 その瞬間は何が起こったのか分からなかった応援団だが、時間差で一気に大歓声へと変わって行く。


「俊哉ー!!」


「俊哉さんー!!」


 スタンドの応援団からは俊哉の名前を叫ぶ声が聞こえてくる。

 その中には柚子は勿論のこと、普段大きな声を出さない椛愛も精一杯の声を出しながら応援をしている。

 そして心優も限界に近いほどの声量で俊哉の背中を後押しする。


「俊哉さん……頑張れー!!」


「心優‥。」


 心優の姿に瑠奈もグラウンドを顔を向き直し彼女も声を出し応援をする。

 そして司は声は出さずにジッとグラウンドを見つめたまま両手をギュッと神に祈るように握っていた。


「来たかトシ‥。」


 グラウンドでは山梨が打席へと向かう俊哉を見ながら呟いていた。

 彼にとっては待ちに待った場面だ。

 今年の夏の予選では俊哉の一振りで試合を決められてしまっている山梨にとってはリベンジの場だろう。


「不調だろうがこの場所に立った時点で関係ねぇ!今はこの勝負を・・・・楽しもうぜトシ!」


「尚徒……。」


 バットを構えて打席へとたつ俊哉。

 その彼の打撃フォームは以前の真っ直ぐバットを立てるフォームから、バットを寝かせて構えるフォームへと変わっていた。


(フォーム変えたんか。やっぱ不調で試行錯誤してるのはマジなんだな。)


 俊哉の打撃フォームの改造に時折だが同情さえ感じてしまう山梨だが、今は試合だ。

 チームのエースとして彼を打ち取ることだけを考えるようにする。


「ストライク!!」


「う……。」


 初球のインコースへのストレートを見送ってしまう俊哉。


(まだあの残像が。)


 未だ消えないあの残像。

 だが俊哉は心を整えるように深呼吸をする。


(大丈夫・・大丈夫!)


 続く二球目のボールに俊哉はスイングを試みる。


 ギィィン・・・・


(ファールにした!?)


(当てれた・・!)


 二球目のスライダーに対し俊哉は合わせるように打ちに行くもファール。

 だが俊哉にとって久しぶりのバットとボールが当たる音だ。

 ファールにした事で聖陵ベンチとスタンドからはワッと歓声が上がる。


「当てれた・・。」


「お姉ちゃん・・。」


 ギュッと瑠奈の袖を掴む心優に瑠奈はニコッと微笑みを見せる。


「信じましょう・・俊哉さんを。」


試合に戻り山梨から投球が続けられる。


「ボール!」


 投じたスライダーが大きく外れてしまいボールとなるのを俊哉は見送ってみせる。

 そして続くストレートに対して俊哉は振りに行くもファールとする。


「また当てやがった・・!トシめ・・!!」


「まだ。まだ大丈夫!」


 フゥッと大きく息を吐きバットを構え直す俊哉。

 球場中からは緊張感が伝わるほどに静まり返っていた。


(いいねその眼・・そのなんでも打ち返してやるぞって眼!!)


 この空間を、山梨は楽しんでいた。

 久しぶりに見た俊哉の眼。

 その眼に山梨は楽しいという思いが全面に出ていた。


(絶対に打ち返す・・絶対に!!)


 そして俊哉は己の中にある忌まわしき残像と必死に戦っていた。

 絶対に打つという気持ちが全面に出ており、その思いが伝わった様に彼の体は山梨の投じられたボールに自然と対応していた。


「ファール!!」


「ファール!!」


 二球連続でファールにする俊哉。

 だが二球とも鋭い当たりのファール、そして俊哉のスイングにも鋭さが戻ってきていた。


「ファール!!」


 三球連続でファールとする俊哉。


「おい明輝弘。」


「なんだ?竹下。」


「トシのスイングさ。戻って来てるよな。」


「あぁ。いつものトシに戻って来てる。」


「戻って来てる。トシが・・・・!!」


竹下と明輝弘の会話の通り、俊哉のスイングはかつての姿に戻って来ていた。

 打撃フォームも寝かせていた構えから今までのバットを縦に向け構える、今までの俊哉の打撃フォームへと戻っていた。


「さぁトシ!これで・・終わりだ!」


 次で決める。

 そう決意しながら山梨がボールを投じた。


(打つ・・・・打つ!!)


 山梨の投じたボールに、俊哉はバットを振りに行く。

 ググッと曲がって行くカーブがアウトコースへ投じられる。

 そのカーブに俊哉の腕が反応する様にバットが繰り出されて行く。


(残像が・・・・。)


 スイングをする俊哉。

 その彼の脳裏には今までうるさいほどに流れていた残像が、うっすらとだが消えていた。

 消えて来た残像。


(腕が・・振れる!!)


 俊哉のスイングに迷いはなく、カーブの軌道にピタリとバットが合わさった。



 カキィィン・・・・


 響き渡った快音。

 山梨の投じたカーブに完璧に打ち返した打球は、一二塁間へと飛んで行く。


「セカン!!」


「抜けろ・・・!」


 セカンド永井が打球を追って行く。

 俊哉は走り出しながら叫んだ。


「抜けろぉぉぉ!!」


 セカンド永井がグラブを差し出す。

 そのグラブの先を俊哉の放った打球が、かすめる様に抜けていった。


「抜けたー!!」


「よっし!!」


 グラブをかすめていきライトへと打球が抜けて行くとベンチやスタンドがワッと歓声をあげた。

 三塁ランナーの秀樹がガッツポーズを取りながら同点のホームを踏む。

 ベンチの竹下らは隣同士でハイタッチやハグを交わすなどし喜びを爆発させる。


 スタンドでも心優と瑠奈が抱き合いながら喜び、柚子と椛愛も手を互いに握り合い喜びを爆発させる。

 そして司は、両手を口に当てながらツーっと一筋の涙が頬を伝いながら言葉を発した。


「俊哉さん・・・・戻って来た・・。」


 彼女の目からは涙が溢れていた。

 だが、彼女は俊哉のこのタイムリーヒットに最高の嬉しさを感じていた。


「俊哉さん・・良かった。」

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