第40話 三回戦の壁

初戦を勝利で収めた聖陵学院。

その翌日、学校では早速話題になっていた。


「見たよー俊哉くんー」

「ありがとー」


 絵梨がニコニコと笑顔を見せながら話し、俊哉も笑顔を見せている。

 またマキや明日香も俊哉の周りにおり、和気藹々と話をしている学校の休み時間だ。


「トシ、あんた最初の打席ホームラン狙ってたでしょ」

「あはは、バレたか・・・」


 手を頭の後ろにやりながら“えへへ”と笑う俊哉。


「珍しいじゃない?」

「まぁなんかイケそうだったからねぇ 打てなかったけどね」


 明日香の言葉に笑いながら答える俊哉。


「まぁ次は余り良く出さずにやるよ」

「そう?もう少し欲出してもいいと思うけど?」

「それで変なスイング作って崩しても嫌だしね、打てたらラッキーって所かなぁ」

「ふぅん・・・」


 俊哉の言葉に明日香は頷く。

 そんな俊哉にマキがニパッと眩しいほどの笑顔を見せながら話す。


「次も応援に行くから頑張ってね」

「うん 嬉しいけど・・・」

「うん?どうしたの?」

「次の二回戦、平日なんだよね・・・」



「えぇー!?」


 夏の予選大会は二回戦や三回戦などは平日に行うことが多々ある。

 聖陵学院も二回戦は月曜日に沼津市の愛鷹球場にて行われるのだ。


 数日後の月曜日。

 二回戦目が行われる日がやってきた。


「よし、行くぞ!」

『おぉ!!』


 愛鷹球場のベンチ前で掛け声を掛け合う選手たち。

 この日のオーダーは初戦と変わらない打順とスタメンであるが、変わったのは先発が三年生の桑野になった事くらいだ。

 そしてこの日の桑野は絶好調だった。


「サード!!」


 マウンドが合うのか投じる変化球のキレがいつもより増しておりボールにも力が入っている。

 4回の守備でも最後の打者をボテボテのサードゴロに打ち取り早川が一塁へ送球しアウトにする。


「サイスサード!」

「おう、慶介もナイピッチ!」


 桑野と早川がグラブタッチを交わす。

 そしてその桑野の好投に応えたのは同じ三年生の早川だ。


 4回裏の聖陵の攻撃は俊哉がヒットで出塁っし、明輝弘が四球で歩き無死一二塁から五番堀はストレートを打ちに行くもレフトへとフライに打ち取られてしまい一死一二塁。

 この場面で打席には早川が入る。


(次は今日安打を打ってる竹下 監督、送りますよ?)


 送りバントを予想しベンチの春瀬監督のサインを確認する早川。

 春瀬監督のサインはヒッティングだった。


(ヒッティング・・・)


 サインを確認する早川に一気にプレッシャーがのしかかる。

 今大会、早川は安打は無し。


(でも監督の期待を無駄にできない!)


 気合を入れバットを構える早川。

 初球の変化球を振りに行くも空振りをしてしまう。


(当たらない・・・)


 掠りもしない早川のバット。

 早川は完全に焦っていた。

 続く二球目はボール球だが、これを振りに行ってしまいツーストライクと追い込まれてしまう。


「ふぅっ・・・ふぅっ・・・!」


 呼吸が小刻みに荒くなる早川。

 頭の中は真っ白になり自分が何をしているのか分からない状態に陥っていた。


「悠人!!」

「・・・は!タイム・・・」


 タイムをかけ早川は打席を外す。

 声の主の方を向くと、桑野がいた。


「慶介・・・」


 チームで2人だけの三年生。

 今年最後の夏の大会となる早川たちにとって、このひと試合ひと試合は特別であり最高の時間だ。


(この時間を、少しでも長くやるんだ!)


 表情がキリッと変わる早川。

 彼が打席に入ると試合が再開される。


(大丈夫だ・・・大丈夫!)


 相手投手の投じたのはアウトコースへのストレート。

 早川は上手く合わせるようにバットを振りに行く。


 キィィン・・・


 早川の打ち返した打球は一二塁間への当たり。

 打球は強いゴロになっておりランナーはスタートを切り、早川は一塁へ走りだす。


「抜けろ・・抜けろ!」


 打球にグラブを差し出す二塁手。

 だが差し出したグラブの先をボールは抜けていきライトへ抜けるヒットとなった。


「ナイスです・・・早川さん!!」


 ライトに抜ける打球を見て俊哉は一気にスピードを上げて三塁を回った。

 ホームは踏ませまいとライトの選手がバックホームをする。


「セーフ!!」


 だが俊哉の足が速くホームへと到達し、先制点をもぎ取った。


「よし!」


 ホームインした俊哉はガッツポーズしながらベンチへと戻り、選手らとハイタッチを交わす。

 そしてベンチの選手らは一塁を回り、帰塁した早川に対し声をかける。


「早川さん!ナイバッチー!」

「は、ははは・・・打てた」


 今大会初ヒット。

 そして打点付きのオマケ付きで、早川は何が起こったのか分からずにいたのだが次第に実感が湧き上がり一塁上で口元が緩んでいた。


(ヒット、しかもタイムリーまで・・・)


 そして試合は早川のタイムリーを皮切りに竹下のタイムリーで2点目を入れると、続く八番の桑野にもヒットが飛び出しランナーの早川をホームに迎え入れる。

 これで3点目が入ると青木が送りバントでランナーを二三塁に進めこの回のトドメは琢磨のタイムリーツーベースヒットで更に2点が入る。

 これでこの回5点を入れる形となったのだ。


「ナイスです早川さん」

「あ、あぁ有り難う」


 俊哉が早川にグラブを渡すと、早川はグラブを受け取る。


「信じられないよ・・・ヒットを打つなんて」

「早川さんのおかげで得点出来ました。有り難うございます」

「と、俊哉・・・」

「勝ちましょう!」

「あ、あぁ!」


 俊哉の言葉に返事をする早川はグラブを持ちグラウンドへ駆け出して行く。

 その後試合は進み、8回に更に1点を追加し6−0のまま最終回へと向かう。

 6回まで桑野、7回8回は鈴木が投げ共に無失点リレーをし最終回のマウンドに上がるのはエースの秀樹だ。



「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!」


 最後の打者を空振り三振に打ち取りゲームセット。

 秀樹は最終回を3人で打ち取り試合を締めた。

 2回戦目を6対0で勝利を収めた聖陵学院は、これで三回戦へと駒を進める。


 そして野球部にとって嬉しい情報だ入ってきた。

 次に行われる三回戦目は平日だが、学校は試合二日前に終業式を迎えるのだ。

 生徒たちは夏休みへと突入する事となり、野球部の応援に向かう事が出来るのだ。


「今度は行けるよー」

「夏休みだしね」


 終業式を終えた教室でワイワイと話す俊哉たち。

 他の生徒たちはこのまま帰宅となるが、野球部は二日後に迫っているため練習を行う。


「じゃあね」

「頑張ってねー」


 俊哉がバックを持ち教室から出て行くのをマキたちは笑顔で見送る。

 教室から出て少し歩くと、俊哉の前に1人の女子生徒が立っていた。


「あ、司ちゃん・・・」

「と、俊哉さん」


 立っていたのは司。

 彼女は下を向きながらモジモジとしており、俊哉は首を傾げながら聞く。


「どうしたの?」

「あ、あの!明後日の試合頑張ってくださいね」

「あ、有り難う」


 ニコリと笑顔を見せながら答える俊哉に、司は顔を赤くしながらも笑顔になる。


「応援に行きます」

「よろしく」

「はい」


 司の見せた笑顔に、俊哉も笑顔になる。

 そして二日後の三回戦。

 場所は清水草庵球場で行われ、対戦相手は清水高校だ。

 昨年の夏は三回戦で敗れ、今年はこの三回戦の壁を越えたいところ。


 この日のオーダーも変わらず先発は初戦と同じ秀樹が投げる。


「さぁ聖陵野球部!行くぞ!」

『おぉ!!』


 キャプテンの早川の掛け声と共に試合に挑む選手たち。

 そしてこの試合が動いたのは初回だった。


カキィィン・・・


「あー・・・まじかよ」


 1回表の聖陵の攻撃。

 琢磨のヒットが出て山本の送りバントで一死二塁の場面で回ってきた俊哉の初球だった。

 固めに浮いたボールを叩いた俊哉の打球は、レフト方向へと舞い上がる。

 打った俊哉は気の抜けた言葉を溢しながら一塁へ走りだす。


「ホームラン・・・」


 ベンチの秀樹がそう呟く。

 俊哉の放った打球はレフトスタンドへと弾むホームランとなったのだ。

 その瞬間、一気に歓声が沸き起こる球場。


「すごいすごーい!!」

「まさか打つなんてね・・・」


 マキが大はしゃぎをし、明日香は呆気にとられる。

 そして司たちは


「す、すごいです!」

「いやぁ、トシ君絶好調」

「流石ですね俊哉さんは・・・」


 笑顔でパチパチと拍手をする司にハルナ。

 そして由美も同じように拍手をしているのだが、彼女は俊哉がダイヤモンドを回る姿をジッと見てしまっていた。


(いけないです!見てしまったのです!私はそういうのじゃないのです・・・そういうのじゃ・・・)


「ナイバッチトシ」

「サンキュー」


 ホームを踏み明輝弘と言葉のやり取りをしながらハイタッチを交わす。

 ベンチに帰ると他の選手から手荒い歓迎を受けながらハイタッチを交わし笑顔を見せる俊哉であった。

 この俊哉のホームランで完全に勢いに乗った聖陵打線は爆発。

 5回を終え10点を叩き出す大量得点を記録したのだ。


「さぁヒデ頼むぞ!!」


 5回裏の守備へとつく聖陵の選手たち。

 最後のマウンドに上がるのは秀樹。


「ストライク!バッターアウト!」


 1人目は空振りの三振に打ち取る。

 続く2人目はセカンドへのゴロに打ち取りこれでツーアウトとなり、球場からの歓声は大きくなる。

 一球目、二球目とストライクを決めるも三球目四球目は外れボール。

 ツーストライクツーボールとなり秀樹は大きく深呼吸をする。


「さぁ・・・これで決めるぞ」


 振りかぶり五球目を投じる秀樹。

 彼の右腕から放たれたのはカーブボール。



ギィィン・・・


 大きく曲がるカーブに打者は当てることしか出来ずショート琢磨へのゴロになる。

 ゴロを捌き一塁へ送球する琢磨。

 打ったランナーは一塁へヘッドスライディングを試みるも、判定はアウト。

 これで3つ目のアウトを取りゲームセットとなった。


「よっし!!!」


 マウンド上でガッツポーズを取る秀樹に竹下らが集まりグラブタッチを交わす。

 球場からは歓声の拍手が響く。

 これで聖陵学院は三回戦を突破し、4回戦へと駒を進めるのであった。


 次回へ続く。

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