第21話:サイクルヒット
「え?サイクルヒット?マジで?」
三平と咲の言葉に驚きながら聞き返すのは廉。
スコアを見せてもらうと、確かにあとホームランでサイクルヒットを記録するのである。
「でも後1つのホームランが一番キツイよな」
「確かに・・・」
確かに残るは後ホームランのみ。
だが何よりそのホームランが一番難しいのである。
すると二、三年生チームにも動きが見られた。
「投手交代。ヒデ!」
俊哉がそう叫ぶと、ブルペンにいた秀樹がグラウンドへと駆け出してきた。
なんとここで秀樹をマウンドへと上げる事にしたのだ。
ざわつく一年生チーム。
「秀樹さんだ・・・」
「マジかよ・・・」
秀樹がマウンドに上がると言う事は、一年生チームを完全に抑えに行くと言う意志の現れとも取れる。
そしてグラウンド外では、秀樹の当番に興奮を隠せない子がいた。
「も、ももも望月さんだぁー」
「心優ちゃんが興奮してる・・・」
「え?何?」
「聖陵のエースだよ。望月秀樹さん。キレのあるカーブとスライダー、そしてストレートは130キロ後半は出るし、制球力は安定してる。県内見渡しても五本指に入るレベルの投手だよ」
心優の説明に“ヘェー”と感心する柚子と椛愛。
興奮気味に話す彼女を見て、2人は凄い投手なんだろうなと思った。
また司たちは同級生の秀樹がマウンドに上がった事でパチパチと拍手をする。
「おー ヒデ君だ」
「これで全員出たわけですね」
ハルナと由美がそんな話をしている横で、司は指を降りながら数えている。
「あ、あれ?」
「どうしたんです?」
「えっと、1人足らないような・・・」
「え?そうですか?もう全員出たと思うですが・・・」
「ううーん・・・そうだった様な・・・」
司も自信が無くなってきたのか言葉が曖昧になる。
そのままこの話は流れて行く中、マウンドでは秀樹が投球練習を終えていた。
「よしヒデ。抑えてこうぜ?」
「おう。待ちくたびれたよマジで」
「確かにな」
秀樹の言葉に笑いながら答える竹下。
最後にサインの確認をすると竹下はホームへと戻り座り、試合が再開された。
(宮原には結構インを打たれてるからな。ここは外で攻めてくぜ)
サインを出す竹下。
秀樹はコクリと頷くとセットポジションから一球目を投じた。
(外へのストレート・・・いいところに決まっ・・・!!??)
外角ギリギリであろうコースに見事コントロールされたストレート。
しかし竹下の目の前に琢磨のバットが飛び出してきた。
キィィィン・・・・
「え?」
「は?」
琢磨の打球はレフトへポンと打ち上がって行く。
秀樹は振り向きながらポカンと口を開け、竹下はマスクを取りレフトの青木に指示を出す。
「レフト!!」
「うおぉぉ・・・」
打球を追いながらレフトの青木がバックして行く。
一歩、また一歩と下がって行くが青木の足はホームランゾーンに置かれた立てかけ式のフェンスで止まった。
「マジかよ・・・」
「は、入ったあああ!!」
なんと琢磨の打球はそのままレフトへのホームランとなった。
一年生チームのベンチは勿論大盛り上がり。
対する二、三年生チームはと言うと、マウンドの秀樹はポカンと口を開けたまま動かずにおり、竹下も呆然と打球の方向を見ていた。
「え?嘘でしょ・・・?」
秀樹が思わずそう言葉を溢す。
マウンドに上がって抑えるどころかホームランを打たれた訳であるのだから無理もない。
「サイクルヒット、達成しちゃった・・・」
一年生チームのベンチで咲がそう呟く。
また一緒にいた三平も驚き目を見開きながらダイヤモンドを一周する琢磨をみる。
勿論、他の選手らも同じだ。
「ただいま」
「おかえりって・・・お前すげぇな!!」
「え?何が?」
「何がって・・・サイクルヒットだよ!」
「え?サイクルヒット?誰が」
「琢磨だよ!お前!!」
「へぇ・・・えぇ!!??」
「えぇ!?気づかなかったのぉ!?」
「いや全然!!」
ベンチに帰った琢磨は分かっていなかった。
他の選手からの言葉にようやく気付いた様で、琢磨は時間遅れで驚いていた。
「へぇ、マジか・・・サイクルヒット・・・へぇー・・・」
まだ実感が湧かないのか、咲の記録したスコアブックを見ながら1人呟く琢磨。
しかし琢磨のツーランで二点を入れた一年生チーム。
これで点差は7対5と二点差まで縮めることが出来、さらなる攻撃へと行きたいところだ。
だが秀樹が立ちはだかる。
「ストライク!!バッターアウト!!チェンジ!」
琢磨のホームランで動揺して崩れるかと思った一年生チームの選手達。
しかし、秀樹は冷静さを失っておらず四番橋本、五番平林、六番佐藤と三者連続三振を奪って見せたのである。
「ナイピッチ!」
「いやいや。ホームランはマジでナイわ?!!」
「上手く打たれたねー」
「上手いとかじゃないよ笑えないよ!」
ベンチに戻りながら俊哉の言葉にツッコミを入れて行く秀樹。
彼もまた実感が無いのか浮ついている。
「あぁ、なんか複雑だわ・・・出てきて速攻打たれるとか・・・」
「まぁまぁ」
ブツブツとボヤく秀樹を宥める俊哉。
試合は九回の最後の攻防へと移る訳であるが、二、三年生チームとしてはここで点差を開いておきたい。
打順は一番の早川から。
早川が打席へと向かって行く中、スコアラーをしていた菫がここまでのスコアを見ながら話す。
「あら。トシ君ここまで全安打なのね」
「へぇー。あぁホントだ」
菫の言葉に隣に座っていた竹下が覗き込む。
打撃成績を見て行く竹下。
だが、彼はある事に気がついた。
「ん?」
「どしたの?」
竹下の言葉に菫が首を傾げながら聞き返す。
すると竹下は菫からスコアブックを貰うと俊哉の打撃成績をジッと見だした。
「一打席目はホームラン・・・二打席目は二塁打、そんで三打席目はライトへのヒットで四打席目もヒット・・・んぉ!?」
「ど、どうしたの変な声出して?」
「いやまさか・・・いやマジだ・・・おいおいおいおい!!」
そう話しながら顔をバッと見上げる竹下。
すると早川、山本と倒れて二死になっており俊哉が打席へと向かおうという場面であった。
「いつの間にツーアウト!?いや今はそれじゃなくて・・・」
「ん?何?」
竹下の言葉に菫が聞き返す。
少し間が空く空間、そして竹下が話し出した。
「大記録狙えるぞ!?」
「大記録?」
「おい竹下、なんだ大記録って」
竹下の言葉に菫が首を傾げ、隣にいた明輝弘が聞いてくる。
「そうだよ明輝弘。出るかもしれねぇんだ・・・サイクルヒットがな」
「サイクルヒット?!」
「サイクルヒット!!?・・・って何?」
明輝弘が驚き、菫も驚くが彼女は良く分かっていなかった。
「サイクルヒットはな、1試合で単打、二塁打、三塁打、本塁打を記録する事を言うんだ。今現在のトシは本塁打、二塁打、単打を記録している。んで、この打席でもし三塁打を記録すれば・・・サイクルヒットだ」
竹下の言葉に、菫は驚いた。
「すごいのね」
「すごいってもんじゃない。公式戦でも滅多に見れない記録だ」
竹下の声は弾んでいた。
まさか自分の目の前にそんな大記録が観れるとは思ってもいなかったからだ。
「へぇー、あ。じゃあ一年生の宮原君もそうなるわね」
「・・・え?」
「ほら」
菫の言葉に、竹下は素っ頓狂な返事をしスコアを見せて貰うと、目玉が飛び出すんじゃ無いかと思うくらい目を見開いていた。
「マジか・・・宮原すでに打ってやがった・・・」
「そしたら両者でサイクルヒットが出る事になるわね」
「もう笑えないわ・・・」
嬉しそうに話す菫とは真反対に、真顔になりながら話す竹下。
そんな中、俊哉が打席へと入り廉と対峙する事になる。
(さぁ俊哉さんだ。前の打席ではヒット打たれたからな・・・ここは慎重に行くぜ)
その思いの通り、廉は外を中心に投げ込む。
ボールが二つ続き三球目はインコースへのストレートで見逃させストライク。
ツーボールワンストライクとして三平からサインが出される。
(もう一度外に行こう。そしてスローカーブで詰まらせるよ!?)
三平のサインは外へのスローカーブ。
これに廉はコクリと頷き振りかぶり四球目を投じた。
(打ってきた・・・詰まらせろ!)
予想通り打ちにきた俊哉。
詰まらせた!そう感じたバッテリーだったが、俊哉の振ったバットにスローカーブが吸い込まれるように合わさって行くのを三平は間近で見ていた。
(あれ?!)
キィィィンと打球音が響く。
俊哉の打ち返した打球はライト方向へと上がっていき、ライトを守る佐藤がライト線方向へ走って行く。
「届く!」
届くと思ったライトの佐藤は飛び込んで行く。
飛び込みながらグラブを差し出す佐藤。
しかし、打球はグラブにわずか届かず地面へと落ちバウンドしていった。
「は、走れトシ!!」
ライトにボールが落ちた瞬間、竹下が身を乗り出しながら叫んだ。
転々とライトに転がるボールにセンターの上原が快速を飛ばし追いかける。
「トシ走れ走れ!!」
「3つ!!3ついけるぞ!!」
「え?!3つ?!」
そんな言葉がベンチから飛んでくると、俊哉はギアを上げて二塁を駆け抜け三塁へと向かう。
センターの上原が打球に追いつき二塁の亮斗へボールが中継される。
「サード!!」
亮斗がそう叫びながら三塁へ送球。
だが俊哉のスライディングした足が速く三塁ベースについており、セーフとなった。
「セーフ!」
「よっしゃ!!これでサイクルヒットだ!!」
ベンチの竹下が嬉しそうに叫ぶ。
彼の言葉に三塁上の俊哉はハッとなり自分の今日の成績を思い返す。
そして琢磨もまた、俊哉の打撃成績を思い返していた。
「え?マジでサイクルヒット?!」
驚く俊哉。
だが記録は確実にサイクルヒットであり、なんと珍しいサイクルヒットが2つも記録される試合となったのであった。
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