第2話:お引き取り下さい

 琢磨はシニア引退後も体を鈍らせない為に練習には参加をしていた。


「こんちわ」

「こんちわっす!!」


 練習して入るグラウンドに顔を出すと挨拶をしてくれる後輩たち。

 そんな彼らに琢磨は返事を返すと、監督の元へと行き練習の参加への許可を取る。


「監督、今日もいいですか?」

「おー、構わんよ」

「ありがとうございます」


 監督も快く参加を許可してくれ琢磨はすぐに着替えて練習へと参加する。

 その彼の練習に他の後輩は目を見開くように見ていた。


「この動きのしなやかさ・・・」

「そして確実性のある送球、ショートのお手本だな」


 そう固唾を飲みながらも呟く選手たち。

 琢磨のポジションはショートであり、引退後の練習は後輩たちの良い手本となっているのだ。


「ありがとうございました!!」


 数時間練習をし、この日も何事もなく練習を終える。

 グラウンド整備とダウンを終えて琢磨は着替えをしに行くと1人の後輩選手が話しかけて来た。


「琢磨さんは何処行くんですか?高校」

「あぁ・・・静岡聖陵だよ」


 後輩の質問にすぐに答えると、その後輩は聞き慣れてない高校に首をかしげる。


「聖陵・・・ですか?」


「そ、まだまだこれからの高校だけどね」

「えぇ!?良いんですか?そんな高校で」

「良いんだよ。それに俊哉さんがいるしな」

「はぁ・・・」


 呆気にとられる後輩。

 そんな後輩の表情に琢磨はフッと笑みを溢すと荷物を持つ。


「じゃ」

「あ、お疲れ様です!」


 背を向け手をヒラヒラと振りながら帰って行く琢磨。

 自転車に乗りながら帰り、途中コンビニで買い物をして自宅へと到着した。


「ただいまー」

「あらお帰り琢磨。ちょうど良かったわ。お客さんよ」


 玄関に入ってくる琢磨を母親が出迎えると、すぐに来客が来ている事を聞く。

 琢磨はその来客が誰であるかは何となく検討がついていた。


「宮原、琢磨くんだね」

「はぁ・・・」


 母親に連れられてリビングへと向かうとスーツ姿の男性が2人いた。

 その男性2人は立ち上がると琢磨の目を見て話し出す。


「私たちは、桐旺とうおう高校野球部の者だ」

「桐旺・・・」


 琢磨はその高校の名前を知っていた。

 県内でも明倭に次いで実力のある強豪校で、何より特徴は破壊力のある打撃だ。

 だがこの高校は県内からは殆ど入部者が無く大半が県外から来る、所謂野球留学生を集めている高校だ。

 そんな高校が、何故俺に?と疑問に感じながらも話を聞くことになった。


「実はね、宮原君には我らが桐旺に来て欲しいと思うんだ。噂には聞いていると思うが野球部の大半が県外出身の生徒たち。県内には殆ど入部者がいない」

「はい。存じております。なので、何故自分に?自分は必要ないのでは?」


 率直に疑問をぶつける琢磨。


「いや、これでも県内でも有数の実力者には色々と声をかけてるんだよ。君の実力は予々聞いているよ?全国区の実力者であるとね」

「ありがとうございます。光栄です」

「いえいえ。そこでだ、是非宮原君にも我が桐旺に・・・」

「お断りします」

「来て・・・え?」


 スーツの男性が言い終える前に答える琢磨に、男性は呆気にとられた。


「えっと?」

「申し訳ございませんが、桐旺さんには入りません」

「と、なると・・・明倭かな?」

「いえ違います。先日お声を掛けていただきましたが断りました。」

「そしたら・・・まさか県外かい?陵應とか、羅新とかかい?」

「その二つもお断りさせて頂きました」

「そしたら、宮原君は何処に行くんだい?」


 若干焦りが見えているのだろう、額に汗を滲ませる男性は琢磨に進学予定先を聞いて来る。


「はい。静岡聖陵学院です」

「せ、聖陵?おい何処だ?」

「いえ・・そんな高校聞いたことも・・・あ、そういえば秋季大会の県大会初戦でウチと当たった高校では?」

「あぁ、あの手も足も出せずにウチにコールド喰らった弱小校か」


もう1人の男性に聞き、思い出したのか溜め息を吐きながら話す男性。

 琢磨は彼の言葉にカチンと来たが抑えた。


「宮原君。正気かい?」

「正気です」

「何故そこなんだい?」

「一緒に野球したい先輩がいるんです」

「はぁ?・・・・」


 深い溜め息をつく男性は下を俯く。

 明らかに苛立ちを見せている雰囲気を漂わせている。


「よく考えた方が良いよ?静岡聖陵なんぞという弱小校で日の目も出せずに終わる選手では無いはずだよ?それに我々はわざわざ県内の選手である君に声を掛けて来てやってるんだ。それを見たことも聞いたことも無い弱小校の名前を・・・君は」

「お引き取り下さい」

「え?」

「もう十分です。あなた方みたいな考えを持つ高校で野球をするつもりは毛頭ありませんので」

「あ、いや。それはだな・・」

「覚悟しといて下さい。来年の夏を。」


 琢磨の見せた目はただ真っ直ぐと見つめていた。

 自分たち以外の者を見下した態度に話し方に彼は大きな怒りを覚えていた。

 スーツ姿の男性は何か言おうとしたが、琢磨の見せる眼光に圧されたか何も言わずに家から出て行ってしまった。


「バカにするなよ・・・絶対に思い知らせてやる」


 帰って行く男性らを見ながら小さく呟く琢磨。

 彼の意思は固く、何事にも流されることは無かった。

 そして、順調に月日は流れて行くのである。

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