第5話 盲目の恋とうどん
なんか変だな、という違和感があった。
8月某日、早朝。いつものようにうどんを口にした。同じ袋麺を、同じ時間茹でて、さっと醤油で味付けした、いつもの朝食のはずだった。
その日の深夜、眠れなかった。時計は1時を少し過ぎている。いつも寝つきは悪い方だけれど、扇風機と薄掛けの布団しかかけていない割には身体も妙に熱い。汗が肌着をぐっしょりと濡らしていた。時候のお陰ですぐ手元にある体温計で測ってみると、小さい画面には『38.7』と表示されていた。
ついに私もか……と覚悟を決めた。熱にうなされながら、とりあえず保冷剤で体を冷やしつつ、他の症状を確認する。先ほどまで腹痛はあったが、今のところおさまっている。喉の痛みはないし、熱でポヤポヤするものの頭痛もなし。……症状よりも、今後やらなくてはいけない連絡や受診のことを考えると気が重くなった。その日は手持ちの解熱剤によって、程なくして眠りにつくことができた。
翌日、診断は胃腸炎。とりあえずよかった……のか。よくよくここ最近のことを思い返してみれば、体調不良に至るまでへの決定的な事項は幾つかあった。
1、その日の夜、自分のものぐさな性格と夏ということもあり、髪を乾かさずに寝てしまったこと。
2、詳細は省くが、遠距離でかつ慣れない場所での活動が始まり、ストレスが重なっていたこと。
3、(恐らくこれが決定打)朝に食べたうどんが期限切れにもかかわらず「茹でるんだからいける!」と(しかも全部)食べてしまったこと。
他にもいろんなことが重なっていたとしても、まさか自分の大好物であるうどんで体調を崩してしまうなんて……!
とはいえ高熱にうなされながらも、ストレス源である活動は幸運とも言えるかな休むことができたし、病気休暇を利用してのんびり撮り溜めていたテレビを見て時間を潰すこともできた。客観的には体調を崩しているとはいえ、前向きに考えられないこともなかった。
それより何より辛かったのは、胃腸炎であるために服用を余儀なくされた抗生剤。これの粒がでかいのなんのって……。ただでさえ薬を飲むのが苦手な私にとっては、毎食後服用のこの薬が高熱よりも腹痛よりも辛かった。
高熱は数日間続いたが、幸いにも食欲はあったし薬もなんとか飲めたおかげか、1週間ほどで回復した。あの日の朝、『まあちょっと味が違う気もするが、醤油の加減かな。』とスルーして器一杯のうどんを完食した自分、後悔はしないけれど馬鹿だったな……。今思えば、確実に傷んでいた味だったんだな、あれは。
そんなこんなで、うどんによって大変な目にあった。
しかし私は、相変わらず朝食には茹でたうどん、焼き肉の後には焼きうどん、鍋をすれば締めにはうどん、とうどんを食べ続けている。ここまでうどんを食べ続ける理由はなんなのだろうか。色、食感、調理とアレンジのしやすさ……これらのどれでもないような、それら全部をひっくるめたような。うどんに対する私の気持ちは恋を超えた愛になったのか。それとも恋にも及ばない、盲目であり一時的な気の迷いなのか。
それとも、古くなったうどんで胃腸炎になったとはいえ、薬以外で特に痛い目を見なかったから(むしろ、休めて得をしたくらいだった。)懲りていないのだろうか。
普段食べているものだからといって確認は怠らず、違和感を感じたら箸を止めることも大事なのだと、今回の出来事で教訓を得た。
と言いながら、うどんを食べるこの手は、今のところ止まらないのだった。ズルズルー。
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