第20話 これからの私ー2ー
ふと、部屋に置いてあるカレンダーが目に入る。
考えてみればご主人様に拾われてから八ヶ月が経っていることに気付いた。
猫の時は時間の経過なんて気にしてなかったけど、今は違う。
きっと、おじさんやおばさん達をはじめ、たくさんの人に心配をかけてしまっているだろう…。
それに、ミアちゃんが捕まっていないことは知っているけど、その後ちゃんと家族の元へ帰れたのかも気になる…。
…ついさっきまで自分のことでいっぱいいっぱいだったが、心にゆとりが出てきた今新たな悩みが出てきた。
「どうかしたか?」
表情がくもった私に気付いて、声をかけてくれる。
「…今までのことを思い出したら、家族を心配させてしまっただろうなとか、ミアちゃんのあの後のこととかいろいろ心配になってしまって…」
「たしかにソフィアの家族は心配しているだろうな。ミアという子のことも気になるだろう。…だが、まずはお前のことからだ」
ご主人様は私をひょいと抱え上げると、ベッドから降りる。
「あの、ごしゅ、エドワード様どこへ?」
「今夜はもう遅いからな、お前も疲れているだろうし家族への連絡は明日にするとしよう。今日は食事をとって、もう休んだほうが良い」
時計を見ると九時を過ぎていた。
「…そうですね」
ご主人様は長い足ですたすたと歩くと同じ階にあるダイニングキッチンに入り、椅子に私を降ろした。
「少し待っていてくれ。なにか消化に良いものを作るから」
「ありがとうございます」
ご主人様はシャツの袖をまくると、慣れた手付きで料理を始めた。
ご主人様って料理も出来ちゃうんだと感心していると、話しかけられる。
「ソフィア、お前、俺が先生を迎えに行っている間もあまり食べていなかったそうじゃないか?猫の時も小さいとは思ってたが、軽いな。エミリーより小さいんじゃないか?」
「…そうでしょうか?」
「お前が着ている服はエミリーから借りたものだが、まだゆとりがありそうだ」
これはエミリーちゃんのだったのか。
「たしかにちょっと大きいかもしれません…。私、エミリーちゃんのこと、妹のように思ってたのでちょっとショックです」
「ははっ種族によって差はあるが、お前もこれからもっと大きくなるさ」
ご主人様が料理するのを眺めながら、好きな食べ物の話など、他愛もない話をした。
手早く作り上げたご主人様は、私の前にお皿を置くと頭を撫でた。
「さあ、お待たせ。熱いから気をつけろよ」
湯気の立つパン粥からはいい匂いがして、美味しそうだ。
「ありがとうございます。いただきます!」
ご主人様も向かい側に自分の分を用意すると、椅子に座った。
ふーっふーっとスプーンですくったパンを冷まして、ぱくっと口に入れるとしっぽとミミがピンと立つ。
「っ!!とっても、おいひいれす…」
クリーミーなスープと、スープを吸って柔らかくなったパンはすっごく美味しいけど、熱さで舌がヒリヒリする…。
「っくく、だから熱いと言っただろう?ゆっくり冷まして食べなさい」
ご主人様は笑ってそう言うと、自分の分をふーふーしながら食べ始めた。
そっか、ご主人様も虎の獣人だから猫舌なんだな、そう思うとなんだかかわいく思えてしまった。
「っふふ」
「どうかしたか?」
「なんでもないです」
ご主人様とおしゃべりしながらご飯を食べる。
今までも一緒に食事をとることは何度もあったけど、こうやってお互いに話すことは出来なかったから、なんだか新鮮で楽しい。
「ごちそう様でした。とても美味しかったです」
久しぶりに食べた温かい料理は、お腹だけじゃなく、心も満たしてくれる様で美味しかった。
「それは良かった」
「洗い物は私がします!」
料理はご主人様が作ってくれたから、片付けぐらいはしないとね!
「…別に片付けは俺がするから構わないよ。それに久しぶりに人型に戻ったんだ、上手く立てるか?」
ご主人様はどこかハラハラとした様子で私を見ている。
確かに人型に戻ってすぐ立ちあがった時は、こけてしまったけど今ならきっと大丈夫なはず…!
テーブルに掴まり恐る恐る足に体重をかけてみる。
ふぅ、良かった。
無事に立ち上がれたことにほっとする。
私の体は、久しぶりの人型の感覚を取り戻してくれたようである。
ご主人様の側まで近寄り見上げた。
「ほら、もう歩けますし大丈夫ですよ」
「…そうだな、良かった。でもまだあまり無理はするなよ。片付けは二人で一緒にやってしまおう」
そう言うとご主人様はまたテキパキと片付けを始めた。
私は横でご主人様が洗い終わったお皿を拭く係だ。
あっという間にご主人様がほぼほぼ片付けてしまうと「さあ、部屋に戻ろうか、おいで」そう言って私をまた抱えると、歩き出す。
「…あの、ご主人様私もう歩けますよ?」
「まあいいじゃないか。あと、エドワードと呼んでくれ」
猫の時から思ってたけど、ご主人様って相当私に甘いのかな…?
嬉しいけど、なんだか小さな子ども扱いされてるようで複雑な気持ち…。
ご主人様は私の顔をちらっと見ると私の頬をしっぽでくすぐった。
「ふふっ」
思わず笑うとご主人様も微笑む。
…たまに、いたずらっ子みたいなことをするけど、あやすのが上手な人だな。
ご主人様は部屋に着いてから私を降ろすと、隣の部屋のドアを開ける。
「寝る前にシャワーを浴びるなら、ここを使うと良い。オリビアがお前の服を用意してくれたからここに置いておく」
「ありがとうございます。このパジャマもエミリーちゃんの物ですか?」
生地はシルクだろう、肌ざわりが良く色はネイビーで丸い襟元が可愛いパジャマだ。
「いや、この服はお前が寝ている間にオリビアが、街で買って来てくれたんだ。これはお前のものだから遠慮せず着てくれ」
「…ありがとうございます」
オリビアさんにもお礼を言わなきゃだな。
「中にある物は好きに使って良いからな。シャワーの使い方は分かるか?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
ご主人様は「俺は部屋に居るから」と言うとドアを閉めた。
周りをくるりと見回してみる。
ここには何度も入ったことはあったけど、目線が高いとまた違って見えるなぁ。
清潔感のあるバスルームは落ち着いた色合いで統一してあって、猫脚のバスタブがオシャレでかわいい。
洗面台に置いてある歯ブラシが2本に増えていることに気付く、新しく増えた小さくてピンク色の歯ブラシが私のなんだろう。
「ふふっ」
そこだけ他からちょっと浮いていておもしろかった。
シャワーを浴び歯磨きを済ませると、ドアを開ける。
「あの、エドワード様」
「ん?どうした?」
ご主人様は仕事をしていたみたいで、座ったままこちらを振り返る。
「…髪を乾かしたくて」
「あぁ、ドライヤーの場所を言ってなかったな」
ご主人様はこちらに歩いて来ると引き出しからドライヤーを取り出し、椅子に私を座らせて髪を乾かし始めた。
「あの、私自分でやりますよ。…まだ、お仕事があるんですよね?」
「大丈夫、もうほとんど終わってるから」
「…そうですか」
お言葉に甘えて、優しい手付きで髪を乾かしてもらっていると、だんだん眠くなってくる。
「…ここ、痕が残ってしまったな…」
仕上げに手ぐしで整えてくれていたご主人様がポツリと言った。
前に置いてある、大きな鏡に映る自分を見る。
私の左側の首筋には指2本分くらいだろうか、横に線が走る様に、ピンク色の薄っすらとした火傷の痕が残っていた。
記憶を思い出し、最初に鏡を見た時はそれどころじゃなかったからしっかりは見ていなかったが、確かにあの時の火傷の痕だ。
傷跡の上を手でなぞると「…まだ痛むか?」と、ご主人様が心配そうに聞いた。
「…いいえ、もう痛みません。それにこの傷跡も私はそこまで気にしてませんから」
確かに傷は残ってしまったが、私は助かり今ここにいる。
自分でも少し驚くほど、気にはならなかった。
私の笑顔にご主人様は何も言わず頭を撫でてくれた。
ご主人様は優しい人だから、私以上に心配してくれているのだろう。
「…さあ、今日は疲れただろう?もう寝よう」
ご主人様はベッド脇に立ち、布団をめくる。
今まで当たり前の様に毎日一緒に寝てたけど、今は猫じゃないしいいのかな…?
「あの、邪魔になりませんか…?」
「今さら邪魔になんかならないよ。ソフィアが他の部屋が良いなら、客室を用意しようか?」
ご主人様は笑って私にそう言った。
私はご主人様の側が一番落ち着くし、ご主人様が良いと言ってくれるのならここが良い。
「…ここが良いです」
ベッドの中にもぞもぞと入っていくと、上から布団をかけ、整えてくれる。
「俺は仕事を片付けてから、来るから…おやすみ」
「…おやすみなさい」
ご主人様は、親が子どもにするように私のおでこにキスをすると、電気を消して部屋を出ていった。
深い安堵と安らぎを感じ、胸がじんわりと温かくなった。
眠気でぼんやりする頭でふと、思う。
猫の時の私は、かわいがってもらって大切にされていたから、自惚れではなく、ご主人様の愛猫だったと思うけど…今はどう思われているのかな…?
今も変わらず大切に思ってくれてるのは伝わってくるから…年の離れた兄妹の様に思ってくれてるのかも…。
私の意識は深い眠りの中に落ちていった。
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