猫ちゃんのこれから
第19話 これからの私ー1ー
私は自分が産まれた村のこと、お母さんのこと、新しい家族のこと、バイトをしていたこと…たくさんの話をしたし…あの日ご主人様に拾われるまでに何があったのかも全て話した。
「…私の話を聞いてくれてありがとうございます。…改めて、あの日私を助けてくれてありがとうございました」
ご主人様に拾われて怪我が治るまでのことは、意識が曖昧としていてはっきりしないけど、記憶を思い出した今なら分かる。
あの日ご主人様が私を助けてくれたから今の私がある。
ご主人様は私の命の恩人だ。
私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「…話してくれてありがとう。お前が今までどんな人生を生きてきたのか知れて良かった。…お前はあの日、自分自身の事を忘れてしまう程、辛い目に合ったんだな…。…俺がもっと早く見つけてやれていればあんな酷い傷を負わせることも、恐ろしい目に合わせることもなかった…。助けてやれなくて、すまなかった…」
ご主人様は眉を寄せ、痛みを堪える様な顔をしていた。
「…謝らないでください。ご主人様が謝る必要なんて、どこにもありません。
私を救ってくれたのはご主人様です。
ご主人様が助けてくれたから、今ここで生きているんです。
…感謝してもしきれないぐらいに感謝しています」
「…俺がしたことは大したことではないよ。
お前を保護して、病院に連れて行くことしか出来なかった。
…あの日、屋敷の前で見付けたお前は、白い毛並みが血と泥にまみれ、雨に濡れて震えていた…。
すぐに病院に連れて行ったが…打撲に骨折、裂傷…火傷…酷い状態だった。
その時診てくれたのが今日来てくれた先生だ。
彼は人間も獣人も動物も診れる、腕が良い医者だったから、お前をどうにかして助けて欲しかった。
先生の懸命の治療と、お前が生きようとする力でお前はあの状態から奇跡的に一命を取り留めることが出来た。
…助けが来ないなか二人きりで耐え、自分より幼い少女を命がけで守るなんて、大人でもなかなか出来ることじゃ無い。
辛く、苦しかっただろうに…本当に良く頑張ったな…」
一言、一言、噛みしめるようにそう言うと、ご主人様は私を包み込むように、ぎゅっと抱きしめてくれた。
私もご主人様の大きな背中に腕を回す。
…ご主人様の腕の中は温かい。
みるみる内に涙が溢れ、次から次へとこぼれていった。
辛かったこと怖かったこと、痛かったこと苦しかったこと…たくさん、たくさん耐えて頑張った。
それをご主人様が『頑張ったな』と褒めてくれたことで私の涙腺は決壊してしまった。
しゃくりあげながら泣く私の背中を、大きな手であやすように撫でてくれる。
「…っごじゅじんざまっ、わたじっいま、いぎていられで、ほんとうにっ、うれじいです…」
涙と鼻声でぼろぼろだったけど、そんな私の頬に伝う涙を拭って「俺も、お前が生きていてくれて嬉しい」と言ってくれた。
生きることを諦めそうにもなった。
だけど、みんなが私を生かしてくれたから、私も頑張ることが出来た。
今、生きていられることが心の底から嬉しかった。
ご主人様は私を膝の上に乗せると、背中を優しくぽんぽんと一定のリズムで撫でてくれる。
ご主人様の胸に耳を寄せると心臓の音が聞こえた。
トクントクンと聞こえる心臓の拍動する音を聴きながら、優しくあやされていると少しづつ落ち着いてくる。
「…あの後、少しづつだが回復していくお前を見ると安心したよ…。
退院出来るほど回復してからは、屋敷に引き取った。
…あの怪我を見て、酷いことをされたのだろうと分かっていたから、お前には人の温かさを、優しさを知って欲しかったんだ。
お前を保護した理由を知る者は何人かいたから、最初は気の毒に思って優しく接していたのかもしれない。
だが、お前が回復してからは、お前自身の元気に駆け回る活発さや、明るさや愛らしさに皆が自然と笑顔になり心を開いて優しくなれたんだ。
…もし、お前が俺や屋敷の皆のことを優しいと思ってくれていたのなら、それはお前の力だ。
お前には人を笑顔にして、優しくさせる力がある」
ご主人様は優しく微笑んだ。
「…私にそんな力があるかは分かりませんが…」
ご主人様の言葉は嬉しかったが、少し買い被り過ぎではないかと思う…。
「じゃあ、例えばエミリーのことだ。
あの子がまだ、ここの仕事に慣れずにいた頃。
家族のことを恋しく思い、寂しがっていたことがあっただろう?
それを見かけたお前があの子の隣にやって来て、寄り添ってくれたことから仲良くなったと、前にエミリーに聞いたことがある。
ここは大人が多いからな、お前がエミリーと友達になってくれて良かった。
最近では、仕事にも慣れお前と遊び、楽しそうによく笑っている。
他にも執事のジョセフは誰にでも物腰が柔らかく聡明な男だが、本当に心を許した者の前でしか綻んだ顔は見せない。
お前の前だといつも顔が緩んでるぞ。
オリビアもお前のことを我が子のようにかわいがっているな。
お前と一緒にいる時のオリビアはいつにも増して雰囲気が優しい。
庭師のヴァシリーもそうだな、強面の男だが優しくて頼りになる男だ。
お前が来ると嬉しそうにしっぽを振っていることが多い。
お前は気付いていないようだったし、本人は隠しているつもりだろうがばればれだったな。
他にもまだまだたくさんいるぞ」
ご主人様は楽しそうにそう笑った。
「っ…もう、分かりましたからっ、もう充分です…」
私は嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなった。
「…そうか?」
ご主人様は私の顔を見て、いたずらっ子のように、にこっと笑った。
「…俺はな、お前がここで過ごすことによって、人の温かさや優しさを知ってほしいと思っていた。
だけど、いつの間にか皆や俺自身がお前の温かさや優しさに癒やされていた…。
…俺が疲れている時、お前はそっと隣に来て寄り添ってくれたな。
俺が虎の姿でいる時は疲れている時だと気付いていただろう?
お前は優しくて賢い子だよ」
ご主人様は私の髪を梳くように撫でてくれる。
「…お前と共に過ごす内に、俺が言ったことを理解してるのではないかと思ったこともあったんだ。
お前も俺と同じ獣人じゃないかと、頭を過ぎったこともある。
だが、俺やお前のように完全に獣化出来る獣人はごく僅かしかいないし、稀なことだ。
それに、仮に獣人だったとして、獣化の姿から元に戻らないのは、酷い目に合ったから戻りたくないのだろうと思った…。
獣化した状態では、本物の動物と見分ける術も無いしな、いったん獣人という可能性を頭から除外して、猫として接したんだ。
だが…、もしお前が獣人だったら名前があっただろうと、そう思ったんだ…、だから、猫のお前に名前を付けることをしなかった。
そうしたら、いつの間にか屋敷の者達がお前のことをお嬢様と呼び始めていたがな。
…最初に人型のお前を見た時は驚いたが、どこか納得もしたよ」
ご主人様は柔らかな眼差しを私に向けた。
まさかご主人様が猫の姿の時の私を、獣人かもしれないと思っていたなんて知らなかった。
だけど、私を慮ってそっとしておいてくれたんだ…。
猫の時、何でご主人様から名前を呼ばれないのか不思議に思ったこともあったけど、私のことを思ってくれていたのが嬉しかった。
「まだ名前を聞いていなかったな。…俺に名前を教えてくれないか?」
私はご主人様に向き直った。
「名乗るのが遅くなってしまい、すみません。…私の名前はソフィア・フローレスです」
「…ソフィア、良い名前だな。
俺の名前はすでに知っているかもしれないが、エドワード・オルティスだ。
これからは『ご主人様』ではなくて、エドワードと呼んでくれ」
「はい、エドワード様」
ご主人様に名前を呼んでもらえることが、なんだかとても嬉しくて笑顔になる。
「…様はいらないんだが。まあ、今はまだいいか…」
猫としての私も、今の私もご主人様は変わらぬ優しさで包み込んでくれた。
そのことに深い安心を覚える。
私を拾ってくれたのがご主人様で本当に良かった。
私は胸が温まるような幸せを感じてご主人様に微笑んだ。
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