第17話 あの日のことー3ー

 辺りを伺うため張り詰めていた耳が音を拾う。

 建物の外に車が停まるような音がした。


 男達が言っていた客が来たのかもしれない。

 緊張からミミがぴんと立ち、しっぽが逆立つ。

 ミアちゃんも緊張してるようだった。

 繋いだ手からお互いの震えが伝わってくる。


 しばらくすると、複数の話し声と足音が近付いてきた。

 見知った男達三人と、知らない人間が三人。

 初めて見る男達は客だろう。

 一人の男の両脇に黒いスーツを着た人間が二人控えている。

 真ん中の男は見るからに高そうなスーツを着て、両手にはギラギラと光る宝石の付いた指輪をいくつもはめている。

 たっぷりと脂肪を蓄えた中年の男だった。


「旦那、どうですか?中々にいいでしょ?」

 マスクの男がそう言った。

「ほ〜写真で見るより可愛らしいじゃないか」

 男は私達を舐めるようにじっくりと見た。

 恐怖と気持ち悪さで体に悪寒が走る。


「…いいだろう。二匹とも買い取ろう」

 男はニタリと笑う。

「かわいい仔猫ちゃん達、今日から私が君たちの飼い主だよ」

 猫なで声でそう言った男の目を見てしまった私は、血の気が引くようだった。

 まるで私達のことをおもちゃのようにしか見ていない、暗く濁った冷たい目だった。

 吐き気すら込み上げてきそうになるのを、必死で堪える。

 私はミアちゃんをかばうように抱き締めた。


「じゃあ、さっそく金の話をしましょうか」

「ああ、そうだね。多少色を付けても構わないよ」

「マジっすか⁉やった〜!!」

 男達はそんな会話をしながら檻の前を離れていった。


 ミアちゃんの背中をさする。

 可哀想なくらい顔が青ざめて震えていた。

 私もきっと同じぐらいひどい顔色をしているだろう。

 だけど、ここで負けちゃだめだ。

 ここで諦めてしまったら、私達はもう家族の元へ帰れないだろう。

 さっきの男の様子を見て、確信してしまった。



「…ミアちゃん、二人で頑張ろうっ。必ず、家族の元へ帰ろうね」

「…っうん!」

 涙を堪えてミアちゃんと自分自身を励ました。


 チャンスは一度きりだ。

 必ず成功させる。

 

 しばらくすると、男達が戻って来た。

 私達を拉致した男達三人は、大金を手にしたのだろう、ニヤニヤと嬉しそうに笑っていた。

 檻の鍵を開け、私達二人を出す。

 建物の出入り口まで私達を見送ると、

「じゃあな、仔猫ちゃん。せいぜい可愛がられろよ」

 下卑た声で笑いながらそう言って、ドアを閉めた。


 黒スーツの男二人と中年の男と一緒に外に出る。

 外は路地裏に面してるようで人気は無かった。

 中年の男は運転手がうやうやしく開けたドアから、先に車の中に乗り込んで行った。

 私も、ミアちゃんもそれぞれ黒スーツの男から腕を引かれてすぐ側に停めてある車へと連れて行かれそうになる。

 あの車に乗ってしまえば、私達は終わりだ。


 

 私は作戦を開始した。


 

 私は地面に躓いたようにして転んだ。

 男はチッと舌打ちをして、腕を引っ張ろうとする。

 その瞬間に左手に掴んでいた砂を男の目をめがけて投げつけた。

「っう!!このクソガキっ」 

 男は片手で目を抑える。

 私の腕を握っていた力が弱まると、勢いよく振りほどいた。

 ミアちゃんは打ち合わせ通り、私がアクションを起こしてる間に、注意がそれた男の手を思いっきり噛み付いていた。

 大人の獣人だったら骨をも噛み砕くだろうが、ミアちゃんも子どもだろうと、ユキヒョウの獣人だ。

「っぐあっ!!」 

 うめき声を上げる男の手からは血が流れていた。


 今の所上手くいっている!

 自由になった私はミアちゃんと一緒に走り出した。


 単純な足の速さは私たちの方が速いはずだ。

 このまま脇道に入り込んで男達を撒き、街の方向まで走ればきっと逃げられる。

 

 希望が頭をちらついた時、体に衝撃が走った。

「っあぁ!!」

 突然の突風に私の体は吹き飛ばされ、壁に向かって叩きつけられた。

 肺から空気が吐き出され、打ち付けた体に痛みが走る。

「げほっ!ごほっ…っぐ…ぅ」

 私達が逃げるのが見えたのだろう、中年の男が車から出てきて魔法を放ったようだった。

 …まさか、魔法が使えるなんて…。


「…だめだよ、逃げちゃ。ペットはご主人様の言うことを聞かないと」

 そう言ってこちらに近付いて来た。

 スーツの男達もこちらを追って来る。

 隣を見ると、ミアちゃんには魔法は当たらなかったようだ。


 固まってしまっているミアちゃんに向かって叫ぶ。

「走って!!ミアちゃん!!」

 ミアちゃんは弾かれたように走り出した。

 私も体の痛みを堪えて走り出そうとする。

 早く、はやくっ、人のいるところへ。


「そう、簡単に逃がす訳ないじゃないか」

 声が聞こえたのと同時にスーツの男に腕を掴まれると、そのまま勢いよく地面に押し倒された。

「っぐ!!っ離して!!」

 一瞬、頭の中がぐらりと揺れる。

 後ろから頭を抑え込まれて必死に暴れる。

 打ち付けた頭から血が流れてくる感触がした。

「っ離せ、はなせっ!!」

「っおねえちゃん!!」

 ミアちゃんの叫び声が聞こえる。

「まったく。お前達が逃げるからいけないんだよ。せっかく買ったのに傷が付いてしまうじゃないか」

 中年の男の声が近付いて来る。

「ミアちゃん、私はいいから早く逃げて!!」


 立ち止まるミアちゃんに近付く男が見えた。

 だめっ!早く!!

「うるさいガキだな」

 私を抑えていた男が口を塞いできた。

「んーー!!」

 声にならない声で叫ぶ。


 塞がれている口をこじ開けると、思いっ切り噛んだ。

「っがあ!!てめえっ!!」

 男の力が緩んだ所を這いずり出す。

 走ってそのままミアちゃんを掴もうとしていた男に体重をかけて勢いよく体当たりした。

 男はよろけて、ミアちゃんと距離が開く。


「…ミアちゃん、早く逃げるよっ」

 ミアちゃんの手を引っぱって脇道に飛び込み走る。

「っおねえちゃん、いっぱいちがっ」 

 ミアちゃんの大きな瞳からはポロポロと涙がこぼれていた。

「…大丈夫っ、大丈夫だから…」


 私達は物陰に身を隠した。

 周りで人の走る音と、怒号が聞こえる。

 いつまでも隠れてはいられない。

 きっと、ここもすぐ見付かってしまうだろう。

 その前にやる事がある。


「ミアちゃんにお願いがあるの。私が走り出したら、ミアちゃんはそこの物置から屋根に上がって、屋根伝いに街まで走って。ここの建物は密集して低いからミアちゃんのジャンプ力なら走っていけるはずだよ。まっすぐ走ったら、広場があってそこに自警団の詰め所があるから、助けを呼んで来て。ここに来るように言ってほしいの」


「…っ、おねえちゃんもいっしょじゃだめなの?」

「おねえちゃんは別の方向から逃げるから大丈夫。心配しないで。きっとミアちゃんなら出来るよ」

 私はなるだけミアちゃんを心配させないように笑顔を見せた。

「…ほんとに?」

「うん。きっと大丈夫だから、ねっ?」

 ミアちゃんは不安そうにしながらも頷いてくれた。

 ミアちゃんの頭を撫でる。

「よしっ、じゃあ行くよっ。走って!!」



 私達はそれぞれ別の方向へ駆け出した。


 


 

 


 

 

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