第16話 あの日のことー2ー
私は怯えて、震えていた。
眼の前が真っ暗に染まり、底の見えない闇に引きずり落とされるような気持ちだった。
今まで生きてきてこんなに醜悪な悪意に晒されたことは無かった。
私の周りの人達は良識のある優しい人達だったし、子どもの私は大人達に守られていた。
怯えることしか出来ない、自分の無力さが心に突き刺さるようだった。
「…うぅ、…っふぇ…ぐすっ…」
涙が溢れてしゃくりあげてしまう。
すると、私の頭はぽんぽんと優しく撫でられた。
「…おねえちゃん、なかないで。よしよし」
小さな手で、懸命に私を励まそうとしてくれてるようだった。
「…っありが、とうっ」
一人だったら折れていたかもしれない。
だけど、私は一人じゃない。
小さくて温かい、この子の存在が私の心の支えになってくれた。
「…ねぇ、お名前を教えてくれる?」
「ミアだよ。おねえちゃんのおなまえは?」
「私の名前はソフィア。ミアちゃん、きっと家族の元へ帰れるから、それまで二人で頑張ろうね」
「うん!」
私は無理やり自分を奮い立たせた。
私達の家族はきっと、私達のことを探してくれてるはずだ。
だけど、いつ見付けてくれるのかは分からない。
もしかしたら別の場所へ引き渡されてしまうのに、間に合わないという最悪の可能性もある。
連れて行かれる前に逃げ出さないと、私達はきっと今よりもっと恐ろしい目に合うだろう。
私は漠然とそう思った。
家族や自警団の人達が間に合わない時は、自分達二人きりで逃げ出すことを考えなければならない。
大の大人の男の人が三人に対して、私達は子ども二人。
とても無謀に思えた。
だけど、何か、なにか方法があるはずだ。
考えろ!きっとあるはず!
私は必死に状況を打開する策を考え続けた。
食事は一日に一回、与えられた。
トイレは朝と昼と夜に一回づつ、見張り付きで二人別々に連れて行かれる。
逃げる隙を伺っていたけど、檻から出された時に盗み見た出入り口は閉ざされていて、いつも鍵がかけられているようだったし、見える範囲に他に脱出出来そうな出口は無かった。
固い床の上、薄い布団一枚に二人でくるまって眠る。
二人で体温を分け合いながら恐怖や不安を押し殺していた。
とにかく、少しでも情報を集めようと男達の話や周りの様子を観察する。
耳をそばだてると、かすかに車の通る音が聞こえた。
近くに道路があるのだろう。
人里離れた山奥とかでは無いようだ。
食事は毎回同じお店のパンだった。
このパンが入ってる紙袋を私は知っていた。
学校の帰り道にあるベーカリーのマークが入っている。
学校がある街から、ここはそう遠く離れてはいないのだろう。
そうやって少しづつ情報を集めていった。
男達はよっぽど巧妙に隠しているのか助けが来ないまま時間は過ぎていく。
私たちは恐怖と焦燥感で胸が押し潰されそうだった。
ここに連れて来られてから五日後、タバコを吸っている男とマスクの男、二人が檻の前にやって来た。
「今日は待ちに待った飼い主様がやって来るぜ。お前等を気に入れば即決で買ってくれるそうだ」
「商品価値を上げる為に見栄え良くしなくちゃなぁ」
「さあ、シャワーを浴びて身ぎれいにして来い」
男達はそう言うと私達を順番にシャワールームに連れて行った。
初めて入ったシャワールームは二階にあり、窓には格子がはまっていたし、唯一の出入り口にはドアの前に見張りがいた。
今、ここから逃げることは出来ないが、代わりに窓の外の景色が見えるはず。
私は背のびをして、窓から外の様子を確認した。
低くて平たい倉庫のような建物が連なって密集していた。
そして遠くのほうに見覚えのある建物がいくつか見える。
やっぱりここは街の近くだった!
脱出するチャンスはもう、今日だけだ。
私たちが買われて、ドアの鍵が開き外に出るそのタイミング。
もうそれに賭けるしか無い。
助けが来ないなら二人で逃げるしか無いんだ!
私は覚悟を決めた。
私達は客が来るまで待てと、また檻に戻された。
男達が檻の前から離れると、ミアちゃんに脱出の話をする。
「…ミアちゃん、前に助けが間に合わない時は、自分たちでここから逃げようってお話したよね。覚えてる?」
「うん。おぼえてるよ」
「今日、逃げよう。たぶん今日しかチャンスは無いと思う。怖いと思うけど私と一緒に逃げてくれる?」
「わかった。ミアがんばる」
ミアちゃんは怯えながらも、決意を込めた瞳でそう言ってくれた。
私達は毎日、男達がいない隙をはかって、脱出の為の相談をこっそりとしていた。
自分たちが何が得意で、何が出来るのか、いざという時の為にだ。
私もミアちゃんも獣人だ。
大人の獣人には遠く及ばないし、力では大人の人間相手に敵わない。
だけど、個人にもよるが身体能力は人間の子どもより高い。
二人共不意をつかれて捕まってしまったが、本来人間が獣人を捕らえることは難しいはずだ。
幸いにも私達をただの仔猫にしか思っていないようで、拘束具も付けられてはいない。
必ず隙はあるはずだ。
そこを付いて二人で逃げる。
男達は私達が逃げようとしているなんて思っていないはずだ。
私達は男達の前では大人しく従順にしていた。
怯えていたのもあるが、反抗的だと思われない為でもあった。
いざ逃げようという時に、厳重に警戒されてしまっては逃げられないかもしれないからだ。
不安と緊張を無理やり抑え込んで、私達はもう一度作戦の確認を始めた。
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