第14話 家族のこと

 お母さんのお葬式が終わった。


 村の人達やお母さんの仕事仲間や学校の先生が参列した。

 困った事や心配な事があったらいつでも連絡してと、連絡先のメモをくれる人も何人かいた。

 みんな一様に私を気遣わし気に見ながら一言、二言声をかけ去っていく。




 お母さんは病院に運び込まれてから五日後に天国へと旅立った。


 倒れてから、一度も目を覚ますことのなかったお母さんと話した最後の言葉は『行ってらっしゃい』と学校に行く私を見送る言葉だった。

 

 いつもどおりの朝とお母さんの笑顔。

 

 それが最期になってしまうだなんて、あの時思うはずも無かった。


 参列者が去って行った後、堪えていた涙がぼろぼろと溢れてくる。

 墓石の前に座り込み、しゃくりあげながら泣きじゃくる私を優しく抱き締めてくれる人がいた。

 

 病院に心配して迎えに来てくれたおじさんとその奥さんだ。


 身寄りもなく、一人ぼっちになってしまった私を、小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしてたおじさん達一家が引き取ってくれる事になった。


 ジョージおじさんも、エリザおばさんもいい人で私の事を心配して気にかけてくれた。

 おじさん達の子どものジャックとクロエも歳が近く小さい頃からよく遊んだ幼なじみの様な存在である。

 みんな、私を家族の一員として温かく迎え入れてくれた。

 

 私は、おじさん達一家の優しさが嬉しかったけど、自分はどうしたらいいのか、まだよく分からなかった。

 

 一緒に暮らそうと言ってくれたけど、お母さんと暮らした家から離れたくはない。

 直接言葉にすることはなかったけど、私の様子から察したおじさん達はいつでも好きな時にお母さんと暮らした家に行っていいと言ってくれた。


 もう、家に帰れないかと思っていた私はその言葉がとても嬉しかった。


 「だけど、いいか?食事は必ずおじさん達と家族みんなで一緒に食べよう。あと、夕方までにはこの家に帰って来てほしい。そして夜はクロエと同じ部屋で寝てほしいんだ。おじさんと約束してくれるか?」

 おじさんはしゃがんで私と目線を合わせると、優しい声でそうお願いした。


「おじさん達と君は家族だ。この家はもう君の家でもあるんだから、何も遠慮なんてしなくていいからな」と優しく笑って言ってくれた。


 私はおじさんの家でお世話になりながら、時々生家に帰り掃除をしたり、家のいたるところに染み付いたお母さんとの思い出を思い返していた。

 

 学校を卒業しセカンダリースクールに入学するという時、私はバイトを始めることにした。

 学費は無料なのでお金はかからないが、おじさん達の家庭も決して裕福ではない。

 私がお世話になっている分のお金を少しでも稼ぎたかった。 


 そのことを素直に言ったら、優しいおじさんとおばさんはきっと反対するだろう。

 私を本当の娘のように可愛がってくれていることが分かっていたから、きっと、お金の心配なんてしないで良いんだよと言われるに違いない。

 

 だから私は少しだけ嘘をついた。

 学校の近くにバイトを募集してるレストランがあり、大人になった時に役立てる為、社会勉強として許可して欲しいと言う。

 まだ早いんじゃないか?とか学校もあるのにバイトもするなんて大変だぞ?とか言われたが、私の意見を尊重して、最後にはしぶしぶ折れてくれた。


 「…あなたの気持ちは分かったわ。だけど、夜遅くまで働くことはだめよ。危ないから日が沈む前までには必ず帰って来なさい。そして、少しでも遅くなるようなら、必ず家に連絡してね。迎えに行くわ」

 

 おじさんとおばさんも少し心配しすぎじゃないかとも思ったが、それがなんだかくすぐったくて嬉しかった。



 学校の近くにあるレストランに面接に行く。

 こじんまりとしたお店は、入ってみると居心地の良さそうな雰囲気のお店だった。

 若い夫婦二人で切り盛りしてるらしく、オーナーは人間で、奥さんはうさぎの獣人だった。

 オーナーと奥さんは、まだ11歳だった私を見て、本当に働けるのかと不安そうだった。

 だけど、私くらいの子どもが働くのも、特に珍しい事ではない。

 とりあえず、お試しという事で働かせてもらうことになった。


「だいぶ上手に料理を運べるようになってきたな。最初はヒヤヒヤしたけど、安心して任せられるよ」

 オーナーがにこっと笑う。

「本当ね。いつも、とても助かってるのよ。あなたは働き者ね」

 奥さんは私を褒めるように撫でてくれた。

 

 最初は覚える事がたくさんあるし、初めてのバイトに慣れずに失敗したりもしたけど、徐々に失敗せずこなせるようになり、オーナーや奥さんから褒められたりもするようになってきた。


「いらっしゃいませ!」

「おぅ、お嬢ちゃん。いつもの頼むよ。しかし、よく働くねぇ。うちの孫にも見習わせなきゃいかんな」

「ほんと、いつも助かってますよ」

「この子はこの店の看板猫だね」

「ははっ!確かにそうですね」

 常連のおじいさんとオーナーの会話が聞こえてくる。


 なんだかとても嬉しかった。

 

 大変ではあるけど、それ以上にやりがいを感じていたし、楽しかった。


「お先に失礼します!」 

「気を付けて帰るのよ」

「お疲れ様。気を付けてな」

 奥さんとオーナーに挨拶をして、お店を出る。


「あれっ?クロエにジャック?どうしたの?」

 ドアを開けると二人が立っていた。

「どうしたの?じゃない。迎えに来たんだよ」

 ジャックが言った。

「まだ、暗くなってないし、今日はお迎え頼んでなかったよ?」

「いいじゃない!たまには。三人で一緒に帰りましょ」

 私の腕に自分の腕を絡めてクロエが歩き出す。

「そうそう。我らの末っ子ちゃんをお迎えに上がりました」

 ジャックはわざとうやうやしくそう言ってふざける。

「何よ、それ。クロエは一つ上で、ジャックは二つ上なだけで、ほとんど変わらないじゃない」

 私はわざとすねた振りをした。

「あら、末っ子ちゃんが拗ねちゃったわ」

 クロエの言葉にみんなで笑った。


 私は兄と姉に挟まれて、家まで喋りながら帰った。

 


 学校で勉強し休み時間に友だちと遊び、学校が終わったら、そのままレストランに行ってバイトする。

 バイトが終わったら家に帰り、みんなで一緒に晩ごはんを食べる。


 毎日忙しいけど、勉強したり遊んだり働いたりと、充実した日々を過ごしていた。

 

 お母さんのことを思い出さない日は無いし、悲しくて寂しい気持ちはまだ癒えてないけど、周りの人の温かさが私を支えてくれていた。

 



 

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