第13話 お母さんのこと
私は緑が豊かで、住んでる人達は陽気で温かい、そんな村に産まれた。
物心がつく前にお父さんは事故で死んでしまったけど、お母さんは私にたくさんの愛情を注いで育ててくれた。
お母さんは私と同じ真っ白の毛並みの猫の獣人だった。
お父さんは黒の毛並みの猫の獣人で、瞳の色は私と同じアイスブルーだったらしい。
お母さんの瞳はグリーンだったから、「あなたの瞳の色はお父さん譲りなのよ」と懐かしむ様にお母さんはよく言っていた。
生活にあまり余裕は無かったけど、村の人達と助け合いながら暮らしていたし、お母さんと二人で暮らす分には充分だった。
私を育てる為お母さんは働いていたけど、元々身体が丈夫では無いお母さんは時々体調を崩す事がある。
少しでもお母さんの支えになりたくて、学校から帰ってくると出来そうな事は手当たり次第手伝った。
掃除に洗濯や食事作り。
まだ、プライマリースクールに通っていた私に出来る事はたかが知れているものだったけど、お母さんは「いつもありがとう。とても助かるわ」と言って喜んでくれたし、「今日もよく頑張るな!畑で採れた野菜だ。母さんに持ってけ!」と言っておすそ分けをくれたりと村の人達も優しかった。
そうやって慎ましやかで温かく優しい日々を過ごす事、数年。
学校を卒業する間近、私が11歳の時に平穏な日々は突然壊れた。
お母さんが急に倒れてしまったのだ。
学校に連絡が届いて、急いで病院に駆け付ける。
病室を開けると、ベッドの上に横たわるお母さんがいた。
仕事中に突然倒れたお母さんを仕事仲間の人がすぐ病院に運んでくれたらしいけど、お母さんは目を覚まさない。
お医者さんは私に誰か他に大人の家族はいないかと聞いてきたけど、お父さんの方の親戚は知らないし、お母さんの両親は亡くなっていると聞いていたから、誰もいないと答えた。
お医者さんは困ったような顔をする。
私にお母さんの病状を説明するかどうか、悩んでいるのだろう。
しばらくここで待っているように言うと病室を出ていった。
お母さんの手を握る。
いつも温かかった手は冷えていた。
少しでも温かくなるように手をぎゅっと握る。
お母さん、お願い目を覚まして…。
私は神さまにお祈りした。
どうかお母さんを助けてください…!!
そうやってずっとお母さんの手を握りながら、必死に神さまに祈っていた。
どのくらい時間がたっただろうか。
いつの間にか私はお母さんの手を握りしめたまま眠っていたらしい。
寝起きのぼんやりした頭に話し声が聞こえてくる。
「あの親子の知り合いの者ですが、奥さんが倒れたと聞いて…。あの子は今どうしてますか?」
「母親が急に倒れてショックだったのでしょう。ずっと母親の側に付いていましたが、精神的な疲労のせいか今しがた眠ったようです。」
「そうですか…。それで奥さんの容態はどうですか?」
「…あの子には酷な事だがもう永くはないでしょう…。元々体が弱かったようですが、それとは別に病気が進行していたようです。…運び込まれた時点でもう、手遅れだった。この病気は見付けるのが困難な上に急激に悪化する。見つかった時には手遅れな事が多い。出来る限りの手は尽くしましたが…おそらく一週間もたないかと…」
「そんな…」
「…あの子には保護者は他にいないと聞きましたが」
「ええ。あの子の親父さんは早くに亡くなりましたから…。奥さんの方も女手一つであの子を育てていました。親類の話を聞いたことはありません」
「あの子にどう話すべきでしょうか…」
「…俺からそれとなく話しておきましょう。村の子どもたちは村の皆んなの子どもです。あの子に身寄りが無いなら、いざという時は俺が引き取ります」
「…そういってくださる方がいて良かったです」
病室の扉の前で大人達の話は続いていたが、もう何も聞こえない。
眼から涙がぼろぼろとこぼれていく。
お母さん死んじゃうなんてうそだよね?
目を開けてよ。
頭を撫でて、いつもみたいにぎゅっと抱き締めて。
お母さんと話したいこといっぱいあるんだ。
一緒にやりたいこともたくさんあるの。
お願いお母さん…。
一人ぼっちにしないで…。
それから、お母さんが目を覚ますことは、もう二度となかった。
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