第12話 聞いてほしいこと
私は...
…全ての事を思い出した。
本来の私の姿は猫の獣人だ。
私がずっと自分のことをふつうの猫だと思っていたのは、自分自身を守るためだった…。
前世の私と今生の私の記憶が混ざりあって、一つに溶け合っていくようだった。
理解した瞬間にドアが開く。
ご主人様とお医者さんだろう、白衣を来た人が立っていた。
この姿を見てご主人様はどう思うだろうか。
不安に駆られる。
記憶を取り戻したショックもあってか、眼の前がぼやけて涙がぽろぽろとこぼれてくる。
意識も朦朧としてきて駆け寄って来るご主人様を視界の隅に映しながら、私は意識を失った。
瞼を持ち上げて、目を開くと、ご主人様のベッドに寝ていることに気付く。
服も着せてくれたみたいで、ゆったりとしたワンピースを身に着けていた。
辺りを見回すと、机で書き物をしているご主人様の背中が見えた。
ご主人様。
猫の時心の中で呼んでいた様に呼びかけようとして、やめる。
今の私をご主人様がどう思っているのか知るのが怖かった。
身動きした僅かな衣擦れの音にご主人様のミミがぴくっと反応する。
こちらを振り向くご主人様の金色の瞳と目が合った。
不安でいっぱいで、横になったまま身を固くしていると、ご主人様はほっとしたような顔をした。
「…良かった。目が覚めたか。気分はどうだ?どこか痛いところや気持ち悪かったりはしないか?」
猫の私にいつも向けられている優しい笑顔と何も変わらなかった。
こわばっていた体から力が抜ける。
ご主人様の問いかけに首を横に振ると、
「そうか...さっき先生に診てもらったが、特に異常は無いらしい。倒れてしまったのは栄養不足からくる貧血と、精神的負荷も関係あるだろうとのことだ。しっかり休んで食事を取れば体調は回復すると言われた。だから、お前は何も気にせずゆっくり休むといい」と、ご主人様が優しい声で説明してくれる。
ご主人様と話がしたくて口を開く。
「…あのっわたし、っ」
久しぶりに喋ったからか、上手く声が出てこない。
そんな私の様子を見て「水を飲むか?ほら」と、サイドテーブルに置いてあった水差しから水をコップに注ぐと、私が起き上がるのを手伝ってくれた。
コップのお水を半分程飲む。
「もういいのか?」
頷くとご主人様がコップをテーブルに置いてくれる。
「…あの、私、ご主人様に拾ってもらう前の自分のことを、今まで忘れていたんです。…だけど、思い出しました。今まで自分のことをただの猫だと思ってたけど、本当は違った。…ご主人様に嘘をついてしまっていました…。それに、今までたくさんお世話になってしまって。あと、たくさんご迷惑もかけてしまいました。あと、お医者さんを呼んでくれたり…」
「…落ち着け」
頭の上にぽんっと手を置かれる。
「まず、俺はお前を迷惑だなんて一度も思ったことは無い。それに、世話は俺が好きで焼いてるんだ。何も気にすることはない」
優しく頭を撫でてくれる。
「それに、どちらの姿もお前がお前であることに変わりはないから、何も心配するな」
私を安心させるように微笑んでくれた。
「…私…ご主人様と初めて会った日のことも思い出したんです。…あの時、私を助けてくれてありがとうございました。ご主人様が助けてくれなければ、私はきっと死んでいたと思います。私が今生きているのはご主人様のおかげです。…本当にありがとうございました」
「…俺は俺に出来ることをしただけだから、気にしなくていい。…お前が生きることを諦めなかったから、助かったんだ」
ご主人様の優しい瞳に私が映る。
「…私、あの日…もう死んでしまうかもしれないと思ったんです。…とても恐ろしくて、辛く、苦しかった…。
でも、最後の力を振り絞って逃げることができました。
そして、ご主人様に救われた。私は自分自身を守る為に、記憶を封じ込めてしまったんだと思います…。私は私のことを忘れてしまった…。だけど、私が記憶を取り戻せたのはご主人様や、このお屋敷の人たちが私のことを可愛がって、大切にしてくれたからだと思うんです。皆さんの優しさで私の傷ついた心と身体が癒やされたから、きっと思い出せたんです。…とても恐ろしくて、辛いこともありました…。だけど、とても大切で大好きな人たちのことも思い出せたんです。」
私は微笑んだ。
「…そうか」
ご主人様も微笑む。
「私、ご主人様に聞いてほしい話がたくさんあるんです。ご主人様に出会うまでの私のこと。…私のことを、もっと知ってほしいから。…聞いてくれますか…?」
「…もちろん。俺に聞かせてくれるか?」
ご主人様の眼を見つめると、優しい瞳で見つめ返してくれる。
私は忘れていた過去を話し始めた。
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