第17話 ありがとうリザレクション

 




「悪いけど、俺は愛した女以外とは結婚しない」

「浩史っ!?」

「相馬様。お気持ちは分かります、ですが……」


 相馬は重々しく首を振った。そしてもっともらしいことを口にする。


「俺の気持ちだけじゃない。俺はその子の父のかたきだ」


 副官はハッとして魔王の娘|(バケモノ)を見た。そして亡き魔王の願いを叶えるため、その大事な一人娘を不幸にするところだったと、とてつもない後悔に襲われる。

 副官は再度、相馬の思慮深さと慈悲深さに感謝した。そしてそんな思いを向けられた相馬は、上手くいきそうだと内心ホッとしていた。


「すいません、お嬢様のお気持ちも考えずに……」

「いいのです。私もそれが最善であると考えておりました。

 ――人界の英雄、いえ、相馬様」


 魔王の娘|(バケモノ)が今度は真剣な目で相馬を捉える。


「そのお優しいお心。そしてお父様と同じく両世界を思いやり、その手を汚すことも厭わぬ勇敢な方。

 恥を承知で言わせてください。

 私は貴方をお慕いしております。

 貴方の心が欲しいとは言いません。そちらの女性を愛されることも否とは言いません。

 ですから、もしもこの身を側に置くことが世界の未来のためになるのなら、それがお嫌でなければ。あなたの側室に迎えてはいただけないでしょうか」

「――お嬢様、それはだめです。正室でなければ魔界側は納得しません。

 魔王さまもそのような扱いは望まないでしょう。少なくとも最初の子はお嬢様が生むべきです」


 ここに来て相馬の顔が初めて驚愕に染まった。

 会話に夢中だった副官と魔王の娘|(バケモノ)と、その成り行きを不安そうに見つめる遥香は気付かなかったが、剣士と玲子はその表情の変化に気がついた。

 剣士は魔王の娘|(バケモノ)を見て相馬に同情的だったが、見た目が良いからと慰みものになっていた玲子はやや冷たい目をしていた。

 しかしそうは言ってもエイリアンのような外見の魔王の娘|(バケモノ)と子作りする気は、相馬にはなかった。


「聞いて愛紗。大事なのは私ではなくこの世界と、それを背負っていく相馬様なのよ。あなたなら私が側室でも上手く皆を納得させられるでしょう?」

「しかし……っ。魔王さまが生きていれば、このような……」


 副官(愛紗)は、言っても仕方のないことをつい口にして、その目に涙を浮かべた。

 世界のためにと駆けずり回ってずっと考えないようにしていたが、愛した男性魔王を失った悲しみは変わらず副官の胸にあった。

 相馬を恨んではいない。

 世界のためにいつか死ぬと、死別した妻を忘れられないと、そう言った魔王に無理を言って、幾度となく肌を重ねた。

 その初めての時から、魔王がいつか死ぬと理解していた。ただその時は自分が先に死んでいると、確かな覚悟が心になかったから、あらためて訪れた悲しみに耐え切れなかった。


 副官が唐突に訪れた失意の波に翻弄される中、相馬を見つめる視線があった。

 それは仲間たちの目だ。

 何度となく見せられた、相馬の振るう奇跡の代名詞を期待する目だった。



死者蘇生リザレクション!!」



 相馬は仲間たちの期待に応えて、その魔法を叫んだ。


 だが成功の採算はない。

 蘇生魔法を使えるものは魔王軍にもいるが、相馬に殺された魔物たちはみな生き返ることがなかった。

 光の力を持つ相馬の技は死者に生前の未練や執着を忘れさせ、安らかな眠りを与える。また鍛えすぎた相馬の力は魂すらも粉々に打ち砕いていたので、そもそも成仏する以前に魂が原型をとどめなかった。

 そしてそれらを差し置いても魔王の命は相馬の技――光の力――によって、世界に捧げられる運命にあった。蘇生魔法などで生き返ることはできないし、それは副官が何度も試したあとだった。


 だがこの時、奇跡は起こった。

 相馬のMAG魔力はカンストの999である。その数値だけを見てもイベントで退場する副官の数倍となり、さらに魔法強化(常時発動スキル)や魔法倍化(任意発動スキル。使用回数に制限有り)に、さらに英雄の中の英雄(全スキル効果の倍増。ただし一部例外有り)によって大幅に強化されている。

 そして相馬の持つ固有スキル英雄の資質とは、仲間を支え、仲間に支えられる主人公の王道スキルだ。決して一人で俺SUGEEEとはしゃぐ為のスキルではない。


 その固有スキルが、この時初めて真価を発揮した。その力はゲーム中でも何度となく振るわれたが、相馬は重要イベントの時にしか発動しないイベント限定スキルと思い込んでいた。

 だが玲子の聖なる乙女が彼女の意思による任意発動に変化していたように、相馬のその力も仲間と心を合わせることを条件にいつでも発動できるものに変化していた。

 というか、ただ単に重要イベントの時にしか活躍の機会がなかっただけで、そもそもどちらもゲーム時代からそういう力だった。


 英雄の資質の初めての発動は小さな心の合わさり方――魔王を生き返らせるという意識は共通していたが、それぞれの動機が遥香は嫉妬であり、剣士は悲しむ副官への同情と新しい気持ちの目覚めであり、玲子はどうせ生き返らせるんだろうなというものだった――であったが、ここで頑張らないと見せ場がないとばかりに英雄の資質はその力を発揮し、死者蘇生リザレクションを強化した。


 そしてもう一つ、奇跡には大きな理由があった。

 魔王の魂は世界に還元されるはずだったが、しかし強すぎる相馬の力によってその魂は粉々に砕かれ、世界に魔王の魂と認識されることなく周囲に埃のように散りばめられ堆積していた。そのせいで世界の融合はとどまる気配を見せず、副官は両世界の住人が仲良くなれるよう尽力していた。


 その粉々になった魔王の魂は、しかし可愛い娘を外道な男の嫁になどやらせんと、欠片になってなおそれぞれに宿る娘を想う親バカの愛の力を振り絞って結集し、わずかながらもとの魂の形を取り戻そうとしていた。

 そしてその結果、皮肉なことに世界は魔王を取り込もうとし始めた。


 そんな世界の吸引力に強化された相馬の力が挑む。

 限界まで鍛えられた相馬の力は世界の意志に拮抗し、そしてわずかながらに上回って奇跡を成した。

 魔王の娘|(バケモノ)と子作りしたくないという相馬の思いが、世界の平和を望む心に打ち勝った瞬間だった。



 ******



 奇跡は起きた。

 遺体も魂も失っていた魔王は蘇って、玉座の間に姿を現した。


「私は……一体?」

「おい」


 相馬が魔王に声をかける。魔王は相馬の姿を認めて悲鳴を上げかけたが、愛娘と自分を慕う女性の姿を視界に捉えて精一杯に威厳を保つ。


「人界の英雄。今は仲間も連れているようだが、これはどういうことか?」

「お前魔王」


 魔王の言い分は無視して、相馬は人差し指で指した。魔王はちょっとだけキョドって頷いた。


「俺、裏番。オーケーか?」


 相馬は自分を親指で指してそう言った。

 魔王は意味がわからなくて――娘の危機は魔王親バカ的超感覚で察知したが、決して話の流れを理解していたわけではない――戸惑うが、相馬がこっそりと時間停止アイテムをチラつかせたの見て、咄嗟に頷いた。


「良いだろう」


 魔王は娘と副官の前なので、全部わかっているという風な威厳を見せて頷いた。


「これで世界の融和をなすための魔王軍側の求心力の問題は片付きましたね。

 そして魔王様と相馬様が懇意にされるなら、それは確かな繋がりとなります。お嬢様を側室に迎える必要もなくなりましたね」


 副官は付き合いが深く敬愛する魔王のために、そう説明台詞を挟んだ。

 彼女は魔王が脳筋枠でちょっと抜けているなどとっくに知っていたし、それを含めて愛していた。そもそも魔王軍は脳筋の集まりなので、政務は副官がほぼ一人で取り仕切っていた。

 副官は出来る女なのである。


「うむ、良いことだな」


 魔王はそう相槌を打った。あとでちゃんと説明してねと副官をチラ見し、副官はこれが終わったらゆっくり二人きりで話しましょうねと、熱い流し目を送った。

 魔王はちょっと冷や汗を流した。ベッドの中では魔王よりも副官の方が魔王なのだった。

 ちなみに相馬は確認していないが、所持スキルの中には玲子も持っていたゲーム外スキルを保有し、さらにそれを自力でカンストさせるまでに磨いていた。


「色々と話すべきことはあるだろうが、まずは友誼の握手を交わすとしようか、人界の英雄――相馬よ」

「おう」


 相馬は頷いた。しかし魔王の姿は魔王の娘を大きくしたようなエイリアン(大)だったので、手がネチョっとしそうで嫌だなと思った。さすがの相馬も空気を読んで顔には出さず、素直に手を差し出した。

 だが魔王は相馬の手を握るのではなく、その全身を光り輝かせた。

 玉座の間は光に包まれ、その光が静まったあとには美貌の青年(二十代後半)が全裸で現れた。

 そしてその全裸の青年の息子は逞しい魔王だった。思わず目に入ったものに相馬と剣士は敗北感を味わい、遥香は恐怖を覚え、経験豊富な玲子は頬を赤らめ息を飲んだ。


「お父様。はしたないです」

「すまんな」


 魔王|(イケメン)がバサリとどこからともなく取り出したマントを翻すと、その全身は礼服で包まれた。


「この姿は力ない姿だ。しかし汝らと友誼を交わすならふさわしい姿であろう」


 魔王|(イケメン)は目で娘を促す。魔王の娘|(バケモノ)は少し恥ずかしそうに魔王|(イケメン)の背に隠れ、そして玉座の間が再び光に包まれる。

 その光が収まってから、魔王の娘は姿を現した。当然のことだが、魔王|(イケメン)によってちゃんと服が着せられていた。

 そして現れたドレス姿の魔王の娘(可愛いお姫様)の姿に、相馬たちが息を飲む。


「こんな弱々しい姿、恥ずかしいです……」


 本当に恥ずかしそうに頬を染め、上目遣いで相馬の様子を伺った。


「なに、人界ではそのような姿は愛くるしいとされると、愛紗も言っていたではないか」

「ええ、可愛いですよ。お嬢様」


 にっこり笑う副官は、強そうな姿こそが美しいとされる魔界の常識に毒されていて、その事を魔王|(イケメン)に言われるまで忘れていた。

 そしてエイリアンみたいな姿の魔王も大好きな副官だったので、相馬に会う前に人化しておいた方が良いと助言する発想もなかった。


「相馬様」

「な、なにかな」

「父を生き還らせてくれてありがとうございました。相馬様の伴侶となれないのは残念ですが、しかし大恩のある相馬様をこれ以上困らせるつもりはありません。どうぞ末永くそちらの女性と幸せに暮らしてください」


 魔王の娘(可愛い)はホロリと涙を流してそう言った。相馬は咄嗟に『いや、側室ハーレム募集中ですから』と言いかけて、仲間たちの視線に気付いた。

 祈るような遥香。これで言い分変えたら承知しないという玲子と剣士。


「――っ、じ、自分を大事にしてくれる男と付き合えよ」


 心の中で血の涙を流しながら、相馬はそう言い切った。



 ******



 それから二つの世界は少しづつ融合していった。


 次元の狭間をコントロールできる魔王と玲子は行動を共にして世界中を飛び回った。

 イケメンで紳士的で威厳があって副官のようなデキる女に慕われていて家族思いでさらには魔王な息子を持つ魔王に、玲子は少しづつ惹かれていった。

 護衛兼現地の政府との折衝役として二人について回る副官はそんな二人の関係を複雑に思いながらも、両世界の宥和のシンボルとしては好ましいことであったし、重婚が許される魔界の常識に理解を示した玲子のおかげで、自分の夜の番も確保できたので、推奨した。


 その結果として魔王はベッドの中の二人の魔王に搾り取られたり、相馬に『ハーレム魔王許すまじ』『イケメン爆ぜろ』などと言って殴られたり、爆発させられたりしたが、HPの高いラスボスなので死ぬことはなかった。

 剣士も護衛として副官の側に立ち、時には愚痴を聞いたりして、三人の関係を支える相変わらず苦労性な立ち位置で汗を流していた。

 魔王の娘はそんな剣士に惹かれてアプローチを重ねていったが、いかんせん魔王の娘が自信の持てる姿がバケモノ形態だったので、中々進展はしなかった。



 そして相馬と遥香は未だインフラも破壊されまともな政府機能も回復しない世界で、新魔王軍に従わず暴れまわる魔物を倒して回ったり、物資不足で苦しむ集落に支援をしたりして世界中を回っていた。


 合わせて相馬が信用できる人間のスキルを解放していくことで、高レベルの魔物に人間が一方的に虐殺されることは無くなった。

 そんな相馬の噂は少しずつだが広まっていき、世界を救う英雄として認められていった。

 そしてその相馬と魔王が友誼を交わしていることを知り、少しづつ魔物の中にも話がわかる相手がいると、人間側でも理解が進んでいった。


 滅びてしまった世界が、再びかつての活気を取り戻す日は遠い。

 あるいはもしかしたらそんな日は来ないのかもしれない。

 だが相馬と遥香は、そんな日がいつか必ず来るのだと信じて日々を過ごしていた。


 ちなみに余談だが、相馬は遥香と長い時間を過ごすうちに念願の〈性技〉スキルを手に入れていた。レベル1をとってからは有り余るスキルポイントを突っ込んですぐにMAXにした。そしてこれが相馬が獲得したゲーム外唯一のスキルであった。



 充実した生活を送り、旅を続ける相馬と遥香。

 時には魔王城に顔を見せ、遥香はお腹の大きくなった玲子を羨んだりした。旅を続けているからと避妊具を使う相馬と、ちょっとした喧嘩をしたりもした。

 そんなある日、二人は少女に出会った。大きなハサミを持った少女だった。


「ママの言った通りだったにゃ」

「……誰?」

「――あ」


 ネコミミの少女だった。その顔を見るまで相馬が忘れていた少女だった。

 ジャキンと、少女お菊の持つハサミが音を立てた。


「許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ許さないにゃ」


 ジャキンと、もう一度ハサミが音を立てた。


 そのハサミの名はラストエクスタチバー。

 幾多の世界を股にかける大商人であるお菊の母が夫の不貞に業を煮やし、万能の簒奪神に頼み込んで作ってもらったネタ神器である。

 愛を裏切り不貞を行った男にしか効果を発揮しないが、一度発動すれば確実に男性の一部分を切り落とすそのハサミから逃れる術はない。


 相馬は三日三晩逃げ回った。だがどこに逃げてもそのハサミは追ってきた。

 あらゆる攻撃スキルも通じず、停止した時間の中でもそのハサミは相馬を追ってきた。

 ジャキンジャキンと、節操のないそれを切り落としてやろうと、逃げ惑う相馬の姿を楽しむ素振りすら見せてハサミは追ってきた。

 そして、相馬の大事なそれは切り落とされた。



 でも名誉蘇生リザレクションでなんとかなった。

 その後は遥香と少しだけ落ち着いたお菊に挟まれ、遥香の発動させたラストエクスタチバーにもう一度大事なものを奪われたが、その後はなんとかゲーム外スキルを活用して説得できた。

 相馬はありがとうリザレクションと、心からの感謝をした。





 晩年、両界の英雄とまで呼ばれるようになった相馬浩史に、とある質問がなされた。


「奥様を二人お持ちですが、家庭円満の秘訣はなんですか?」

「……恐怖」


 相馬家では、ラストエクスタチバーが家宝とされていた。ちなみに相馬が何度世界の果てに捨ててきても次の日には家に戻ってきていた。

 ちなみにラストエクスタチバーは所詮はネタ神器なので、魔法なんて使わなくても三日後には元に戻る優しい仕様です。



 ~~Fin~~




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