第16話 ハッピーエンドが欲しくて

 




 相馬たちは魔王城を訪れていた。

 魔王城の正面には相馬の作った更地が広がっている。そこを突き進んで、正門までたどり着いた。

 メンバーは相馬、遥香、剣士、玲子の四人だった。師匠は集落を守るものも必要なため高性能な装備品を渡され残った。

 魔王城の外観は相馬が訪れたた時と変わっていないが、正門まで来た相馬たちを迎撃する出迎えるモンスターはいない。

 相馬は特に気負いもなく正門を開けるが、


「おい、いくらなんでも無用心じゃないか。ここには四天王も魔王もいるんだろう」


 剣士がそれを諫めた。

 剣士や遥香は物資調達の際に魔物たちの会話を盗み聞きしたり、或いは師匠が殺された際の水の四天王の言葉などから、おぼろげながらモンスターたちが組織化された軍隊であり、そのトップが現代の軍隊とは違って純粋な強者であることを知っていた。


「いや……もういないけど、あれ? 魔王倒したって言ってなかったっけ?」


 相馬の言葉に場が凍りつく。剣士はもとより、遥香も玲子もなんとなく流れでここのモンスターの親玉を倒し、それから世界の裂け目を修復すると思い込んでいた。

 玲子などは初期レベルなので流石にそんな状態でラスボス戦を始めるほど相馬もひどくはないのだが、多くのスキル開放と最強の装備品の効果による偽りの全能感で、今の俺たちならやれると気を逸らせていた。


「聞いてねえし、ったく。無茶苦茶なやつだな。緊張して損した……。いや、気を抜くのは早いな。まだ化物が残ってるかもしれねぇし」


 剣士は空を見上げてそう言った。そこにはひときわ大きな世界の裂け目があった。

 相馬が知る限りで一番大きな裂け目であり、それは魔王城の頂上にほど近い位置にあった。

 より正確に表現するなら、それは世界で最も大きな裂け目であり、これがあるからこそ魔王はここに城を建築したのだった。


「おう。とりあえずこの向こうにいるぞ。ただ、敵勢の反応じゃないんだよな」


 相馬はぼやくようにそう言った。気配察知と警戒で魔物の存在を確認していたが、敵意がないためいまいち戦意や警戒心が起きなかったのだ。さらに付け加えると、その魔物たちの中心に見知った人物がいた。

 魔物がいると聞いて身構える剣士たちを背に、相馬は改めて門を開いた。

 ギィィィィィィイイイと、長く音を立てて、大きな門は開かれる。ひどくいまさらだが、その門は人間一人の手で開けるには重量がありすぎるものだったが、相馬には関係がなかった。

 そして開かれた門の先で、二人の女性(?)が魔物たちを従えて待っていた。


「お久しぶりですね、人界の英雄。聖なる乙女も連れ、いかなる御用でしょうか」


 そう出迎えの言葉をかけてきたのは、魔王の娘|(バケモノ)であった。



 ******



 相馬たちは玉座の間に案内された。


「俺たちの目的は世界の狭間を修復することだ。だから魔物たちは自分たちの世界に帰って欲しい」


 ちなみに相馬は世界の裂け目を修復しながら魔物を皆殺しにするつもりだった。しかしまさか魔物たちに面と向かって、『皆殺しにするし、逃げ場も潰す』とは言えずに、相馬はオブラートな表現を選んだ。

 もちろん抵抗されれば大義名分が成り立つので、皆殺しにするつもりだった。


 剣士たちは驚いて相馬を見る。剣士たちも魔物は皆殺しにするぐらいの気持ちでいたし、実際そう思っても仕方がないほどの恨みを感じていた。

 だが魔物にさらわれ半年以上も独りで暗く危険な洞窟の中で過ごし、ようやく出てきた時にはそれまでの日常を破壊し尽くされた(事になっている)恩人の相馬がそう言った事で、彼らは心を改めた。

 平和な解決法があるなら、それに越したことはないと。


「ご温情によって生かされたこの身、今は魔王軍の再編と秩序の構築に努めております。

 ですが残念ながら私の力は父には遠く及びません。有力な魔将は相馬様とのいくさにて倒れておりますが、それでも私が玉座に座るものを快く思わないものは多いでしょう。

 今はこの副官の力添えで何とかなっていますが、またあの不毛の土地に変えるよう説得するのは難しいのです」


 心苦しいとその声に心情をのせ、憐れみを請うことを恥ずかしく思いながらも、しかし魔物たちの長の代役として、相馬から譲歩を引き出そうとする魔王の娘|(バケモノ)。

 しかし多少改心したとは言え、相手は相馬だ。じゃあ反対する奴は殺せばいいよねと、そう言おうとしたところで副官が口を挟む。


「相馬様の考えは理解しております。そのために私たち二人を生かしたのだとも」


 副官がはっきりとした口調でそう言った。ことさら強い口調ではなかったが、その声には力強さがあった。

 相馬は副官が何を言っているのかわからなかったが、とりあえずわかっているような顔で頷いておいた。


「はい。ですが私たちだけではやはり力不足なのです。

 前回、相馬様があえて虐殺とも言える非道な行いをしたおかげで魔物たちの心も人間を恐れ、この世界からの撤退にいくらか気持ちが動いています。

 ですがこの世界は向こうの住人からすればずっと夢に見ていた理想郷なのです。それを簡単に諦めることは出ません」

「ふざけんなよ。どんだけの人間がお前らに殺されたと思ってるんだ。ここは俺たちの世界だ。さっさと出てけよ」

「剣士、この人は人間だよ」


 副官の言い様に激昂する剣士を、相馬が宥める。

『やはり知っていたのですね』と、副官は無駄に相馬の評価を上昇させて顔を隠していた兜を取った。

 現れたのは美しい妙齢の女性だった。


「代案はあります。ただ次元の狭間を無作為に閉じていけば行き場のなくなった魔物たちは暴れ、やはり悲劇は増えるでしょう。必要なのは時間と、求心力なのです。

 今の魔王軍はお世辞にも統制が取れきれているとは言い難い。いえ、そもそも次元の狭間は自然発生するものなのです。それを魔王さまが統制することで、お互いの世界への被害を減らしてくださっていました」

「そんな、そんなこと信じられるわけないじゃない」

「事実、私はこちらの世界で神隠しに会い、あちらの世界に落ちました。同じようにあちらからこちらにやって来る魔王軍とは関係のない魔物も少なくはないでしょう。

 魔王とは本来次元の狭間をこじ開けるものではなく、狭間が広がりすぎてお互いの世界が衝突するのを防ぐために存在するのだと、魔王さまはおっしゃっていました。

 そして魔王さまのお力を持ってしても狭間の広がりを抑えきれなくなったとき、人柱としてその命を世界に捧げ、狭間の広がりを食い止めると。

 そして魔王さまの命を世界に捧げる役目を持ったのが人界の英雄であり、そして新たな魔王が誕生し育つまで世界を維持するのが聖なる乙女だと」


 剣士たちはそれを聞いて動揺する。

 相馬だけはゲームの設定と違うなどと、場違いなことを思って平静を保っていたので、さらに副官の評価は上昇した。


「魔王さまはこうもおっしゃっていました。次元の狭間はもう広がりすぎていると、これでは魔王さまが命を捧げても世界の衝突は免れないかもしれないと」

「ちょ、それじゃあどうするの?」

「二つの世界が融合するのだと聞いてはいますが、具体的にどうなるのかはわかりません。

 さしあたって大きな次元の狭間を優先して閉じて頂くのには、こちらとしても賛成です。世界の危機を未然に防げるのなら、魔王さまの犠牲を無駄にせずに済むのならその方がよろしいですから。

 ですが同時に世界の融合にも備えるべきです。魔物とひとまとめに呼ばれますが、彼らにも知性があり、道徳があります。決して分かり合えない隣人ではないのです」


 剣士たちは押し黙った。脳裏に浮かんだのは担任教師である伊藤の事だった。身を呈して彼らを守り、化物と身勝手になじられても、彼女はしかし変わらず守り続けてくれた。心から尊敬できる人物だった。

 ちなみに相馬は話の流れについていけず、とりあえず真剣な顔で押し黙っていた。


「もしも世界が融合してしまうなら、今の殺し、殺され合う関係ではどちらかの、あるいはお互いが種族が滅びてしまいかねません。それではあまりに悲しい。

 相馬様も、だから私たちを生かし、融和ゆうわの芽を育てろと仰って下さったのでしょう?」


 相馬は問いかけられ、重々しく頷いた。くどいようだが、相馬は会話の流れについていけていない。

 そして剣士たちはそんな相馬の態度を見て、俺たちも心を入れ替えようと決心した。


「それで、具体的にはどうするんだ。

 世界の危機はわかったけど、今も魔物に殺されたり、苦しめられたりしてる奴らが居る。そいつらを見捨てろなんてのは流石に見過ごせないぜ」

「わかっています。私は魔王軍の将校という立場上、そういったものたちを積極的に罰していくことはできませんが、しかしあなたたちが彼らを殺すことを止める気もありません。

 もちろん、こちらとしても新たな規律を作り人間と共存できる体制づくりを推し進めるつもりですが――」

「時間と、求心力か」


 剣士が重々しく先ほどの副官の言葉を口にし、副官は頷いた。


「時間に関してはどうしようもありません。しかし求心力に関しては有効な手立てがあります」


 副官は決意を込めた瞳で相馬を見つめる。

 そしてこう言った。


「新たな魔王として君臨してください、相馬様」


 副官の言葉に剣士たちは動揺するが、相馬はしかし平静を保ったままだった。話の流れはよくわかっていなかったが、とりあえずヒーローもいいけど魔王も格好いいよなと思った。


「魔物の世界は実力主義であり、魔王さまを圧倒した相馬さまの力は無論、新たな魔王にふさわしいものです。

 しかし人の子である相馬さまが魔王となることに問題がないわけではありません。

 そしてそれは魔物こちら側だけでなく、救世主たる人界の英雄を失う人間そちら側もそうでしょう。

 ですが融和を目指すならば話は別です。

 相馬様と魔王さまの娘であるお嬢様が結婚し、新たな魔王を名乗られれば世襲という新しい魔王の選定法を披露することができます。

 無論、反発はあるでしょうが、その際は相馬さまのお力を示していただければ解決致します」


 嫌だと、魔王の娘|(バケモノ)を見て咄嗟に口にしようとした相馬だったが、


「だめっ、相馬は私の恋人なんだから!!」


 それより早く、遥香が口を挟んだ。


「世界の平和を優先するべきでしょう。それに魔王という立場であれば複数の妻を娶ることもおかしなことではありません。それで我慢してください」

「でもっ!!」

「相馬様は以前この魔王城に攻め入った時、まるで見せつけるかのように大きな力を振るい、そして多くの命を奪いました。

 たとえ必要なことだったとは言え、心優しい相馬様がその事に心を痛めておいでではないとお思いですか?

 英雄の資質という、仲間を育て導く力を持った相馬様が、そのような非道をたった一人で行ったことに、感じることはありませんか?」


 遥香は副官の言葉に項垂れる。

 遥香が愛した男は彼女の想像の中ではとてつもなく重い使命を背負い、たった一人で歩いていた。それを理解し、支えないのは間違っていると思った。


 気持ちの上ではまだ納得できていない。昨晩の二人が繋がった時の心地よい熱は、心のど真ん中を占めている。それが別の女性に奪われると、いや、たとえ少しでも分けなければならないと思うと、どうしようもない嫉妬の気持ちが生まれる。

 しかしそれは自分が折り合いをつけなければいけないと、世界を救う相馬を困らせてはいけないと必死に自分を納得させた。

 そしてそんな健気な遥香を尻目に、


「悪いけど、俺は愛した女以外とは結婚しない」


 相馬は納得する気がまるでなかった。




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