第15話 夜を迎えて

 




「よう、上手くいったみたいだな」


 テントから出てきた遥香と玲子に、剣士が出迎えの声をかける。


「うん。ありがとね」

「……ごめん、心配かけて」

「うむ。じゃが問題は聖なる乙女の力じゃな」


 師匠がそう言った。二人が話している間に、相馬は剣士たちに玲子の固有スキルが開放できないことを説明していた。


「え、なにそれ?」

「玲子にはあのけったいな空の穴を塞ぐ力があって、相馬にはそれを目覚めさせる力があるんだと。ちなみに俺には剣の威力を上げる力があって、お前にゃ仲間の体力を上げる力があるらしいぞ」

「本当に!?」


 玲子が勢いよく相馬に飛びつき、その手を握った。

 自分にも役に立てることがあり、またそれがこんなひどい状況を作ったあの異世界との次元の狭間を閉じるものだと聞いて、興奮を抑えられなかった。

 すぐに遥香の咳払いに気づいて、その手は放したが。


「ああ、でも固有スキルは――あれっ?」


 何もない空を見ながら――実際にはメニュー画面を操作しながら――相馬は声を上げた。


「復活してる。なんでだ? まあいいっか。はい。イベントスキルだし、ポイントゼロで獲得できたけど、実感ある?」

「え、ええ。なんとなく、使えるってわかる。……すごいのね、相馬くん」

「おう、ついでにこれ。スキルオーブ」


 相馬はそう言って玲子にスキルオーブを七つほど手渡した。それは玲子に手渡されると同時に光輝き、その光は玲子の中に吸い込まれて消えていった。


「き、消えちゃったけどいいのこれ。すごく綺麗で美術品みたいだったけど」

「いいのいいの。あ、折角だから剣士と遥香ちゃんにも一個ずつあげる」

「ああ、もらっとく」

「はるかちゃん……」

「あ、ごめん、あいださ――」

「遥香ちゃんでっ!!」


 遥香は勢いよくそう言った。言うついでに相馬に迫ってその手を握っていた。実は玲子の行動を見てからそのチャンスをずっと伺っていた。そして玲子に勝つため(?)に、相馬の手に指を絡めて握っていた。


「わ、わかった、遥香ちゃん。とりあえず落ち着いて。それで追加にスキルが取れるようになったから」


 そう言って相馬はメニュー画面を操作してそれぞれのスキルを強化していく。

 劇的だったのはやはり玲子だった。これまで一度も魔物を殺してこなかった彼女がスキルオーブな七つ分、数字で言えば700という破格のポイントで急激に強化されたのだ。

 事前の心構えもなかったため、その肉体の変化に玲子はめまいを起こした。ちなみに強化されたスキルの中にはゲームでは登場せず今後の活動にも必要ないであろう〈性技〉が含まれ、そのスキルレベルは玲子の意志を確認することなくMAXに上げられた。


 ふらつく玲子の体を、慌てて遥香が支えた。相馬も慌てて治癒魔法をかけたが、調子が悪そうなのは変わらなかった。


「ありがとう相馬くん。体がおかしいわけじゃあないんだけど、なんだか自分の体じゃないみたいで……」

「あー、ちょっと急すぎたかな。ごめん」

「そんなこと言わないで。何ができるようになったかはちゃんとわかってる。こんな素敵な力をくれたんだもの、感謝しかしてないわ」

「よかった、玲子ちゃんにそう言って――」

「笠原で」


 ニコリとした笑顔のままで、玲子はそう言った。


「笠原で」


 一ミリも動かないニコリとした笑顔のままで、玲子はくり返しそう言った。

 相馬に見えない位置で遥香は玲子に謝るジェスチャーをしていたが、玲子からすれば遥香の恋は全力で応援するのが当然であった。


「あ、はい。笠原さん」

「……それじゃあ笠原の嬢ちゃんの体調も考え、今日はゆっくり休むといいじゃろう。なに、英雄の技で覚えたものが体に馴染むのにそう時間はかからんはずじゃ。世界の亀裂を治すのは明日からでええじゃろう」


 ごほんと咳き込んで、師匠は場の空気を引き締め直した。



 ******



 それから、集落の中では宴会が開かれた。

 ハイオークの肉だけでもご馳走だったが、相馬のアイテムボックスには多種多様の食材や調味料が仕舞われて、それを惜しげもなく放出した。流石にお酒はなかったが、そこは集落で秘蔵していたものが振舞われた。

 死者を生き返らせ、不思議な力を目覚めさせた――仲間にならないキャラクターのスキルも開放できることは確認ずみだったので、技能書などを振舞って集落の人間を片っ端から強化して回った。ただし戦闘に直結するスキル持ちは少なかった――相馬は、キャンプ中の人間から英雄と認められるものだった。



 久しぶりのご馳走と、これからの未来が明るくなるという希望に、集落のみんなは浮かれ楽しんでいた。


「な、なあ玲子。今晩は俺と――」

「失せろ包茎。もうそんな仕事はしない」


 宴会場の中心ではそんな会話も繰り広げられていたし、



「まさか生き返るとは思ってませんでした」

「先生も輪に入ってはどうかな。彼は恩人の子孫でしょう」

「……いつかは声をかけようと思いますけどね。大事な生徒たちを救ってくれてありがとうと」


 集落の隅の方ではささやかな食事と会話を交わされていたし、



「よっと、まったく。こんな夜ぐらい楽しく過ごさせてくれよな」


 一人ぼやきながら剣を振るって、騒がしさと明かりによってくる魔物を退治しているものもいたし、



「ねえ相馬くんはどこのテントで寝るの?」

「テントなら持ってるからどっか適当なところに作るよ」

「そうなの。じゃあいい場所教えてあげる。そのかわりちょっとそのテントに入っていいかな?」

「マジでっ!?」


 どうやって一緒に寝ようと誘おうか悩む主人公もいたし、

 どうやって一緒に寝ようと誘われようか悩むヒロインもいた。



 こうして夜は更けて、そして世界を救う一日が始まった。




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