第14話 師匠登場
「
大きな声と光が鳴り響いた。
二人は顔を見合わせる。
相馬の蘇生魔法も万能ではなく、遺体がない場合や霊がいない場合は魔法が使えなかった。
剣士たちの師匠は遺体がなかった。水の化物に取り込まれて溺死し、そのまま消化されたからだ。
あるいはとある少女に死んだ父親の守護霊が憑いていたように、剣士や遥香の守護霊としてそばにいるかと思ったが、それも無かった。
また遺体がある場合でも効果を発揮しない事もあり、それは独り者ものだったりあるいは死んでから数ヶ月以上の長い時間が経っている者であった。
おそらくそういった人物はもう成仏したのだろうと考えられた。
玲子の家族の遺体はこの集落には無い。それは遥香の家族も同じだ。
異世界からの侵略が起きたのは夏休みの真っ只中で、担任の伊藤恵子の補習授業に剣士と梶本が参加し、生徒会の仕事で玲子が――悲惨な事件の後だったので参加する義務はなかったが――出てきており、その玲子をサポートするために遥香も登校していた。
化物が街にあふれ、家に帰ろうとする玲子と遥香を、剣士と伊藤が心配して付き添い、梶本もそれに便乗してついて来た。玲子と遥香は幼馴染で家が隣同士だったが、二人の家はどちらも大型の化物――トロール――によって叩き潰されていた。そしてその潰れた家からは、原型をとどめていない死体が見つかった。
家族全員分を見つけたわけではない。そんな時間はなかった。だが壊れた家の瓦礫を全てどかすことも、あるいはどこかに避難しているかもしれない家族を探す時間もなかった。
伊藤に叱咤された生徒たちは避難をし、その過程で伊藤が化物の仲間だと知った。現在では仲間ではないと誤解は解けているが、そう疑ったことで伊藤は剣士たちを師匠に預け、離れていった。
ただキャンプに危険が迫った時にはどこからともなく現れて助けてくれたり、殺され血抜きされた猪がキャンプに放り込まれることもあって、近くにいることも助けてくれていることも感じていた。
話を戻すが、そんな死んだ玲子の家族が、守護霊となってそばにいてもおかしくはない。
さぞ喜び、驚いているだろうと剣士と遥香がテントに入ると、
そこには全裸の師匠がいた。
「む。剣士か。これはどういうことか?」
師匠は威厳のある声でそう言った。
そう言ったが、しかしモロ出しだった。
一拍遅れて、遥香と玲子の悲鳴が集落に響き渡った。
◆◆◆◆◆◆
いや、びっくりした。
なぜかヒロインちゃんに親友くんの師匠が取り付いているのだから。
いや、初めて会った時から後ろに幽霊がいるのは気づいてたんだけど、ヒロインちゃんの変わり様とお目当てのスキルが使用不可になっていることと素敵なゲーム外スキルを持っている事に気を取られて、あんまりちゃんと見てなかったんだ。
ヒロインちゃんとテントに入ってからは、セカンドちゃんに何をしたのと聞かれるばかりで、全然会話が成立しなかった。
しまいには嫌われたとか、私が悪かったのとか、よくわかんない事を言って泣き出した。
面倒くさいとは思いつつもなんとかヒロインちゃんとコミニケーションを取るべく、俺はここ最近お決まりになってきた一発芸で気を引くことにした。
そしたらヒロインちゃんの後ろの霊が生き返って、それが師匠で、さらにセカンドちゃんと親友くんが飛び込んできて、カオスが発生した。
とりあえず師匠にはゴブリンの腰巻をあげようとしたが、親友くんに怒られたので普通に作務衣を渡した。お菊ちゃんが和装男子好きだったので、作務衣なんていうのも持っているのだ。いや、俺が和服は面倒で嫌いだから洋服の方が多いけど。
ちなみに下着で褌を渡そうとしたら、親友くんに再度怒られた。
「全くお前は、ちょっとこっち来いよ。師匠も来てください、このバカとこれまでのこと説明しますんで」
なんか遠慮のなくなった親友くんに連れ出され、テントにはヒロインちゃんとセカンドちゃんが残される。
いいのか? 喧嘩になったら初期ステータスのヒロインちゃんは簡単にミンチになるんだけど。
いや、その時は生き返らせるけど……ん? もしかして回復魔法で処女膜って直せたりしないかな。そうしたら案外スキルの使用権も回復するかもしれない。
「心配しなくてももう大丈夫だぞ」
「ん?」
「剣士、それよりこの青年は……」
「すいません師匠、その前にこいつに言っておかなきゃならない事があるんです」
師匠の言葉を手を挙げて遮って、親友くんが俺に向き直り、真剣な目で睨んでくる。
「遥香に
「え、いや、それは……」
セカンドヒロインだからって意味なんだけど、そんなメタなこと言っていいのかな。
こいつらからすればゲームじゃなくてマジな世界なわけだし……。
あれ?
俺もしかしてセカンドちゃん――遥香ちゃんにすげー失礼なこと考えてたのかな。
……そうだよな。俺はゲームの世界に来たけど、こいつらからすりゃあ、ゲームでもなんでもなくて、だから死ぬのも怪我するのも怖いし、死んだ人間が生き返ったらびっくりするし、それが大事な人なら喜ぶんだよな。
やべ、なんかちょっと本気で後悔してる。こんなの俺のキャラじゃないのに。
「――いいや、なんか言わなくてもわかってるみてえだし。
たださ、お前からすれば世界を守るのが大事で、俺たちのこともそのための仲間にしか見えないのかもしれないけどさ、もうちょっと……、あー、なんだ。
遥香のことも、ちゃんと見てやってくれよ」
後悔したばっかであれだけど、これって遥香ちゃんルートの最後のほうで剣士が言うセリフだよな。
なんでこんなこと言い出すんだろ。
いやまあ、答えは決まってるけど。
「わかった」
似合わないけど、ちょっとマジになろう。そもそも俺がちゃんとしてないからこの世界は悲惨になってるんだし。
これ以上のひどいことは起こさないようにしないとな。
◆◆◆◆◆◆
「玲子」
「な、なによ。さっきのことなら謝らないからね。ただの挨拶じゃない。遥香の好きな人だなんてわからなかったし、べつに本気で誘ったわけじゃないし……」
パチンと、玲子の頬を遥香が打った。
それはとても手加減した平手打ちだったが、強化された能力値や気持ちの理由もあって、玲子にとってはとても痛い一打だった。
「ごめん。それはもう怒ってないけど、ごめん」
「な、なんなのよ。何っ!? ずっとわがまま言ってたから怒ってるの。危ない外に行かせてたから? 持って帰ってくるものに文句ばっかり言ってたから?」
「あ、うん。それはちょっと怒ってた」
玲子の目から涙があふれる。
ひどい目にあったあの日から、親友だった遥香の目が可哀想な人を見るものに変わった。その憐れみは優しくて心地よかったけれど、同時に酷く哀しかった。
同じように家族を失って、それでも前を向いて生きていこうとする遥香の姿は眩しくて、ずっといじけている自分は惨めで、このままじゃいけないと思いながらも、勉強や家庭料理ぐらいしかとりえのない自分は今の状況ではなんにも役に立てないと分かっていた。
そんな自分勝手な理由で当たり散らして、自己嫌悪して、自分を汚してしまいたくて言われるがままに男の人を慰める仕事をして、せめてもの罪滅ぼしに強そうな男の人に遥香を守ってとお願いした。
自己憐憫に浸って意味のないお願いをして、そんな事ぐらいしか出来ることのない自分に嫌気が差して、また遥香に当たり散らしていた。
嫌われて当然だと思っていた。
こんな自分は早く見捨てて欲しいと思っていた。
そして同時に、遥香だけは味方でいて欲しいと、甘えていた。
「でもそうじゃないよ。
相馬くんにね、助けられたの。剣士なんて殺されたのを生き返らせてもらってる」
びくりと玲子の肩が震えた。
死という言葉はこの数ヶ月でひどく身近なものになった。それでもぶっきらぼうで優しく太々しくて、何があってもしぶとく生き延びそうな剣士が死んだというのはショックだったし、いつも彼と一緒にいる遥香にも同じような危険が及んだと思うと心の底から怖くなった。
「その相馬くんがね。玲子が必要だって言ったの。
それで嫉妬した。だから、ごめん」
「えっ。なんで、私が、私が悪かったのに」
頭を下げる遥香に、玲子が慌ててそう言った。
「うん。玲子もひどかった」
そう言って、遥香は笑った。それは玲子がずっと見たかった遥香の笑顔だった。憐れむのでも悲しむのでもなく、ただその笑顔が向けて欲しかったのに、玲子はずっと真逆のことをしていた。
「なによ……、今更」
そう言って、玲子も笑った。泣きながら笑った。
「うん。今更だね。ほんと、今更だ」
遥香の目からも涙がこぼれ落ちて、二人は泣きながら、笑いながら、しばらく抱き合った。
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