第13話 困った

 




 久しぶりに〈GLOWLY DAYS〉の説明をしようと思う。

 この世界では次元の隙間が時折開いて、そこから異世界の侵略者が現れる。

 ただ次元の隙間が開くのは短い時間で、基本的には侵略者というよりは不運な遭難者が異世界から落っこちてくる。


 例えば主人公の担任の先生がそれで、もともとは由緒正しい人狼族のお姫様で、次元の狭間に落っこちてこの世界に来て、山奥に隠れ住みながら人里を襲い食料を奪って暮らしていた。

 それを主人公のご先祖様に退治され、しかし可哀想に思ったご先祖様が人の暮らしの作法やルールを教え、そうして現代ではしっかりと人間社会に適応し、学校の先生をやるようになった。


 ちなみに先生の年齢は200歳オーバーのババアだ。

 しかも見た目が二十代後半というロリでもないババアだ。

 どういう層に受けを狙ったのかわからないババアだ。

 いや、見た目は二十代後半の美人なんだけどね。


 まあそんな先生は故郷に帰りたいという理由から魔王軍に手を貸し、しかし生徒たちを傷つける魔王軍と次第に対立し、しかし過去に人を殺して食べていたこともある過去をほじくり返されてばらすぞと脅され、仕方なしに主人公と戦うこととなって、最後は自殺してしまう結構かわいそうなキャラだ。


 ちなみにフラグを立てると自殺を思いとどまり、あの人の子孫なのねと、主人公にしっぽを振るかわいいワンちゃんになる。

 主人公との戦闘の怪我で仲間にはならないけど、個別エンドが用意されているサブキャラだった。


 まあ先生のことはいい。

 このキャンプにはいないし、そもそもここまで次元の扉が開いたら故郷に帰っているだろう。何より俺は犬より猫派だから問題ない。ババアだけど可愛かったからハーレム候補だったけど、魔王のせいで世界が滅んじゃったから仕方ない、諦める。


 今現在、大事なのは次元の隙間だ。

 時折異世界にこの次元の隙間を扉のように自在に開け閉めできる魔王が生まれる。

 そしてそれと同時に人々に異界のモンスターと戦う力を与える(スキルツリーを解放する)英雄が生まれ、同時に異界の扉を閉じる聖なる乙女も生まれる。

 そしてこの聖なる乙女だが、じつは処女でなければ力を発揮できないとされている。

 実際には最終決戦前の告白イベントで主人公と長い夜すごしても普通にイベントで力を発揮するし、むしろ大事な人がいるから頑張れるとか言ってパワーアップする。


 だから別に処女じゃなくてもいいんじゃないかと思うのだが、どうやらこれに関しては俺以外にも同じことを思った奴が多いようで、ゲーム発売からしばらくして発売された公式資料集では、スキルが解放されて以降はやることやっても普通にその力は使えるが、子供が出来た場合にはその資質が子供に移譲されるため力を落としてしまう、なんて説明文が書かれていた。


 そんな説明文が書かれていたが、しかしゲーム付属の説明書にはばっちり『聖なる乙女とは聖なる処女おとめである。その穢れなき心が悪しき異界の門を閉ざす力となる』と書かれていた。

 ちなみに腐ったルートがあることから女性ユーザーも少なからず存在するこのゲームでこんな事を書いているのだから、愛し合ったら心が汚れるとかどんだけーと、ゲーム会社は処女厨と非難されていた。


 さてヒロインちゃんの様子は明らかに処女じゃない。しかも心も穢れきっているように見える。

 メニュー画面を開くと、ヒロインちゃんはまだ仲間に入っていなかったが、しかしそのステータスを見ることはできた。


 うん。初期値だった。

 スキルどころかレベルも1でスキルポイントもない。

 ただ〈性技〉〈誘惑〉というある意味ヒロインなゲーム外スキルを獲得していた。それ俺が欲しいんだけど。


 そして固有スキルは使用不可の灰色表示になっていた。

 同じく仲間にならないマスターにもゲームと違ってスキルポイントが振り分けられた――ただしステータスアップや戦闘系のスキルは解放されなかったので、〈調理(軽食)〉〈調理(飲料)〉〈調理(野外)〉などに振り分けた――ので、今の仲間になっていないヒロインちゃんにもやろうとした。


 もちろん今のヒロインちゃんはスキルポイントを持っていないので上げることはできないが、上げようとすることはできる。ゲーム中だとスキルポイントが足りませんという意味でブブッと警告音が鳴るが、今では跳ね返されるような手応えがくる。

 ヒロインちゃんの固有スキルは上げようとすることどころか、選択することもできなかった。ゲームで言うならカーソルが合わせられない。あるいはタップしても反応が返ってこないような感じだ。

 ……困った。


「なによ、こっち見て。新しい人? 私のために働いてくれるなら楽しませてあげるけど、どうする?」

「あ、おね――」

「玲子!!」


 お願いしますと反射で答えそうになったところを、セカンドちゃんが割って入った。


「な、なによ遥香。怖い声出しちゃって。ふん。なに? 可愛いカッコしてるけど、その彼にもらったの?」

「ええ、そうよ」

「――っ! そ、そう。やるじゃない。私のこと馬鹿にしてたけど、遥香だって男に貢いで――」


 ドンッと、大きな音が鳴り響いた。

 セカンドちゃんが薙刀を地面に叩きつけた音だった。地面がちょっと裂けていた。


「馬鹿にしてんの。喧嘩売ってんなら買うよ、玲子。

 ずっと引きこもってるあんたが私と喧嘩する度胸あると思えないけどさぁ!?」


 漫画のヤンキーみたいにメンチきってヒロインちゃんを威嚇するセカンドちゃん。明らかにヒロインがしていい表情ではなくなっていた。


「な、なによ、なんなのよっ!! そこのっ、遥香に何したのよ!!」


 ヒロインちゃんが俺に向かって泣きそうな声で叫ぶが、冤罪だ。俺だってわからないし、俺だって怖い。なんなの、なんでセカンドちゃんキレてるの。


「相馬くんは関係な――」

「ちょっと落ち着け遥香。相馬もみんなもビビってるぞ」

「――っ!!」


 親友くんが勇敢にも二人の間に割って入って、なぜか俺がセカンドちゃんに睨まれる。いや、睨まれるというか、怯えたような目で見られた。


「び、びびってねーし。マジ平気だし」

「あ、うん。わかってるよ。

 ――じゃなくてお前、玲子に用があったんだろ。大事な話だろうから、ちょっと二人で話してこいよ。

 遥香はこっち来い。あと玲子、ちゃんと服着ろよ。相馬も男だからな、もし襲われたらそれこそ取り返しがつかなくなるぞ」

「わ、わかったわよ、指図しないでよね」

「……」


 ヒロインちゃんは不満そうに声を上げて、セカンドちゃんは今にも暴れそうなぐらい不満そうに押し黙って、それぞれ親友くんの言うとおりにした。



 ◆◆◆◆◆◆



「まったく、肝が冷えるっての」

「……ごめん、剣士」

「別にいいさ。それに、案外これで良かったのかもしれないからな」


 剣士がそう言うと、遥香は何が言いたいのと、疑問を目線に乗せて問いかけた。


「お前さ、ずっと玲子に下手に出てただろ」

「そ、それは……」

「負い目があるのはわかってるけどさ。玲子は玲子で、それが嫌だって風だったからな。だから今までわがままばっか言ってお前を困らせてたって、そんな風に見えてたんだよ」


 遥香はその言葉にショックを受ける。そんな風には考えてこなかった。ただ玲子が辛く苦しい思いをしたから優しくしないといけないと、自暴自棄になってどうしようもないことをしていると、そう思っていた。


「まあ、娼婦みたいなことすんのは流石にどうかと思うし、それももしかしたら、化物の記憶消したくて必死なのかもとも思うけどよ。だからってそれに遠慮して言いたいこと我慢するのも違うだろ」


 親友ってのはそうじゃないだろと、剣士は重ねてそう言った。

 その通りだと、遥香は思った。

 だから自分でももう玲子とは親友ではなくなったと思っていた。

 でももう一度、親友に戻ることもできるかも知れないと、剣士の言葉を聞いてそう思った。

 ただしそれには――


「それで、なんであんなキレ方したんだよ?」

「そ、それは――」

「冗談でも相馬を誘惑しようとしたから、だろ?」


 遥香はびくりと肩を震わせた。


「なんでっ!?」


 それは誰にも言っていないし、そもそもその気持ちを抱いたのはつい先ほどのことだ。バレているとはずがないと思っていた。


「見りゃわかるっての。態度に出すぎなんだよ、恋愛初心者」

「ぐぅ」


 剣士はバッサリと遥香の疑問を切って捨てた。それは本当によく見ていれば気づくことだった。


「でも、それぐらいなら流せたんじゃないか?」

「――相馬くんがさ、玲子のことヒロインって呼んだの」

「あん? ああ、なんかあいつ変な呼び方するよな、俺のことも親友くんって呼んでたし。まるでそうなるのが自然みたいに……」


 剣士としてもそう呼ばれるのが不快だったわけではない。ただそう呼ばれることで、何とも言えない運命的なものを感じてしまって戸惑ったのも確かだ。


「うん。師匠が玲子に言ってたこと覚えてる?

 今のお前は心が曇っているが、今起きている困難に立ち向かう何より大きな力を秘めている。その力を目覚めさせ光り輝かせる男がいつ現れるかはわからないが……って、そう言って玲子を説教してたのを?」

「ああ、たしか、そんな事を言ってたな」

「私ね。分かっちゃったの。相馬くんはヒーローで、玲子はヒロインなんだって。相馬くんは玲子を助けて、私たちにしたみたいに力を目覚めさせて、それでこの世界を救うんだって」


 それは荒唐無稽な話だったが、死者を生き返らせ、そして化物を簡単に殺せる力を与えた相馬が特別なヒーローだということを、剣士ももう疑っていない。

 そして相馬が化け物たちの軍と戦い、あいつらを追い返して世界を救うというのなら命をかけてその手助けがしたいと、そう思っていた。


 それは師匠がずっと言ってきたことでもある。いつか世界に危機が訪れる。この技を受け継ぐ者は世界の危機を退ける者こそを助ける運命なのだと。

 師匠が死に、その技を受け継いだ剣士は、その運命に従おうと心に決めていた。


「……ああ、そうかもな」


 強い意志を秘めて、静かに剣士は頷いた。


「それでね。相馬と再会したとき、私はこう言われたの。セカンドちゃんって」

「はぁ!?」


 思わず剣士は怒りで頭が沸騰した。

 遥香が玲子のスペアという意味を理解して――実際にはゲームキャラとしての呼び名だったが、そんなことは二人はわからないし、そもそもそれも失礼である――先ほどの気持ちが吹き飛ぶほどの怒りを相馬に覚えた。


「違うの。言われたのはその最初だけだし、そうじゃなくて師匠が言ってたみたいに、相馬を支えるのが剣士の役目なら、たぶん玲子を支えるのが私の役目だって、たぶんそういう意味だったんだと思う」


 遥香は自分にそう言い聞かせるようにそう言った。剣士は渋々と怒りを収める。


「それでね。相馬君の隣に立つ資格が私にはなくて、玲子にはあるって思ったら、我慢できなくて、つい……」


 あんなことをしてしまった。今は後悔していると項垂れる遥香。

 剣士はそんな遥香を見ながら頭をかく。下を向いている遥香には見えないので、口元がへの字に歪むのも隠さない。

 剣士はしばらく悩み、諦めたように小さなため息をついてから、言葉を発する。


「別にいいじゃねえか?」

「……?」

「世界を救う主人公は確かにあいつら二人なのかもしれねえけどさ、別にあの二人がくっつかなきゃならないって訳でもないだろ。

 ガンガンアタックしろよ。そもそもあいつらがカップルだってんなら邪魔に入っちゃ悪いだろうけどよ、初対面みたいなもんだろ。

 それにぶっちゃけ、再会した印象としちゃ玲子のあれは最悪だろ。よっぽど下半身でもの考えてるような奴じゃなきゃドン引くって。

 玲子だって別に相馬に運命感じてるって様子でもなかったし、チャンスはあるだろ。

 お前だって可愛いんだから自信持てよ」


 遥香は目を大きく開いて剣士を見る。


「……なんだよ」

「いや、びっくりして。剣士が私のこと可愛いなんていうの初めてよね」

「はぁっ!? 人が気を使って慰めてやりゃあこのアマっ!!」


 剣士が赤い顔で怒ると、遥香は屈託なく笑った。久しぶりの心からの笑いだった。


「あははっ。ごめんごめん、ありがと。元気出たよ、剣士」

「おう、元気しか取り柄がない能天気なんだ。元気ぐらいいつも出しとけ」

「なんだとっ!!」


 遥香は剣士を思い切り殴ると、剣士は大げさに痛がった。


「いってぇ!! お前力加減考えろよ!! もう普通じゃねえんだぞ」

「なんだよ情けない。剣士だって普通じゃないじゃん」

「だからって痛いもんは痛いんだよ。ほら行くぞ、向こうもそろそろいい頃だろ」


 剣士に言われて、遥香はそうだねと返して、相馬と玲子が話し合っているテントに向かって歩いた。


「……ったく、俺は馬鹿だな」

「何か言った?」

「なんでもねぇよ」


 そして二人が歩いて近づくとテントから、


死者蘇生リザレクション!!」


 大きな声と光が鳴り響いた。

 二人は顔を見合わせる。急いでテントに駆け込んだ。




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