第10話 セカンドちゃんと親友くん
転校生――名前は確か、相馬だ。下の名前は覚えていない。
相馬はマジックのようにどこからともなく頭をかいていた手から清潔な布を取り出し、私に被せた。暖かい触り心地は上質な布地のカーディガンだった。
「お、女の子がエッチな格好してちゃいけないからね」
相馬は取り繕うようにそう言って、
「怪我してるみたいだね」
のんきな口調でそう尋ねてきた。
私は少し可笑しくなった。
「ええ、楽にしてくれる?」
両手両足が折れていては満足に自活することもできない。
私の集落はそれぞれが生活するので精一杯で、お荷物を支える事なんて出来はしない。それは相馬のいる集落だって同じだろう。なら下手に連れて帰られて集落のみんなの負担になる前に、ここでひと思いに殺して欲しかった。
自由になる首を少しだけ動かせば、私に覆いかぶさっていた豚の化物の死体が転がっている。どうやったのかはわからないが、上半身が完全に弾け飛んでいた。
きっと相馬は私たちよりもずっと多くの魔物を殺してきたのだろう。死にかけの私を殺すことは、それほど難しいことじゃあないはずだ。
「おう。わかった」
相馬は変わらずのんきな声で、私の身勝手なお願いに応えた。
人殺しが嫌なわけはないのに、私に負担をかけないようにしてくれているのかと思って、少し嬉しかった。
「
「っ!?」
相馬の手から優しい光が溢れ、私の体を包む。そうすると両手両足の骨折どころか殴られた腹や頭の痛みも消えていた。さらには体の汚れも取れているようで、不自然なぐらいにさっぱりとした気持ちになる。
「これで楽になったでしょ?」
「え、ええ。ありがとう」
そういえばお師匠さまから、素質のある人間なら魔法も使えると、これまたゲームのようなことを教えられていたことを思い出した。
私にはその素質があるらしいが、お師匠さまは魔法は教えられ無いとの事で覚えることはできなかったが。
どうやら相馬は、魔法使いらしい。
私は立ち上がって体を動かす。どこにも異常は感じない。それどころか、むしろ調子は良いようだった。
私の服は破かれていて、体を隠すものは相馬からもらったカーディガンだけだった。隠しきれない部分はどうしても出てくるし、相馬の視線はそういった部分に突き刺さるのを感じた。
まあ命の恩人だから見られるぐらい別にかまわないし、あの豚にされそうになった事を考えれば、襲われても抵抗する気もないのだが、相馬は慌てて服を取り出して私に放った。
先程と同じでどこから取り出したのかまるでわからないが、多分これも魔法なのだろう。
私はお礼を言ってそれに着替える。なぜか服のサイズだけでなく下着のサイズまでぴったりだったのは、きっと偶然だと信じたい。それとも魔法使いは見るだけで胸のサイズが分かるのだろうか。
いや、そもそも何故相馬は女物の下着を持っているのか。いやいや、きっと集落の女性に頼まれて回収したものを渡してくれたのだろう。きっとそうだ。恩人を変な目で見るようなことはしてはいけない。
私が着替えている間、相馬はチラチラといやらしい目でこちらを見ながら、ブツブツと独り言を言っていた。
「レベルはそこそこだけどスキルが育ってない……? そういえば英雄の資質って、ああ、じゃあ仲間のスキルって俺が上げるしかないのかな。ここはゲームとおんなじだけど、ボウガンとか生存術なんて初めて見るスキルがある。あと料理も。もしかして実生活で鍛えればゲーム外の新しいスキルが覚えられるのか?」
「相馬くん?」
「え、あ、なに?」
「武器持ってたら貸してくれない。あいつら殺すから」
私が示した先では、未だに剣士が化け物たちに食われていた。もう死んでいるとはいえ、あんなのが許されるはずないし、あの化け物たちを生かして帰す気もない。
「うん。そうだね。ちょっと待って、スキルポイント振っちゃうから」
「……ん?」
私が訝しんでいると、体の中で違和感があった。
知らない技術が身についていた。
使えないはずの魔法が使えると確信できていた。
体の中から今までとは比べ物にならないぐらい力が溢れていた。
「はい、オッケー。適正レベルよりは低いけど、これでハイオークぐらいは倒せるでしょ。あ、これ装備ね」
そう言って相馬は綺麗な薙刀と、羽衣と、相馬が履いているのと同じ金属製のいかついブーツとブレスレットを渡してきた。
薙刀と、裸足だったからブーツは理解できたけど、羽衣とブレスレットは意味がわからなかった。ただこれだけ助けてくれる相馬を疑うのも失礼なので、素直に言われたものを身につけた。
そうすると体の中からまたしても力があふれてきた。お師匠さまが不思議な力を秘めた装備があるといっていたが、まさしくこれらはそうだった。
相馬が気軽に渡してくれたこれらにどれほどの価値があるのかわからないが、ろくに知らない私に貸し与えていいものではないことぐらいは理解できる。
そしてたやすく豚の化物を殺したであろう相馬が、手伝う素振りも見せず化物を殺す力だけ貸してくれた。
私は相馬に心から感謝をした。
私の体は今までの数倍の速さで動き、何もできずにボロボロにやられた豚の化物をあっさりと殺すことができた。
爽快な気持ちはあったが、しかし
そんな私の隣に、相馬がやってきて肩を優しく叩いた。
馴れ馴れしいとは思わなかった。むしろその力強い手で抱きしめて欲しかった。
「良いやつだったの、こいつ」
「知ってるよ。面倒見が良くて、暑苦しいぐらいに熱血なやつだ」
相槌を打つ相馬の声に、目頭が熱くなった。
「……ふふ、そうなの。いつもはクールぶったり悪ぶったりしてカッコつけてるけど、本当に、正義の味方でさ。
いつも危ない役目は自分がやるんだって、前に出て。
今回だって、私が捕まったって逃げればよかったのに、無理して助けようとして――」
「
相馬がまたしても光を発して、その光が剣士を包むと、その体を綺麗なものに戻した。
「戦闘不能回復の魔法だけど、うまくいったな」
私は何も言えず、ポカンとしてしまった。
そんな私の目の前で、剣士がゆっくりと目を開いて、そしてガバッと勢いよく起き上がった。
少し場違いな感想だけど、剣士も豚の化物に食べられたせいで服が破れていて、その、男の人のものがはっきり見えていた。
「あいつらはっ!? 遥香――それに、転校生!?」
「おう、久しぶり親友。とりあえず前隠せ」
そう言って相馬は小鬼が使ってそうなボロい布切れの腰巻を剣士に投げつけた。剣士はモロ出しになっていることに気づいたようで、周囲を警戒しながらも慌てて腰巻を履いた。
「何があったんだよ、一体? 俺はたしかあいつらに――」
「相馬くんが助けてくれたの。魔法使いで、その、怪我も彼が治してくれたのよ」
死んでいたとは言えなくて、私はそう言った。
「そうか――っていうか、お前なんかやけに豪華になってない」
「え、あ、うん。相馬くんに借りた。その、ありがとう。返すね、これ」
正直に言うとこの装備はとても欲しい。返したくはない。これがあればもっとたくさんの化物を殺せるだろうから。
でもこんな貴重なものをくれとは言えないし、対価だって払えない。それに命を助けてくれた相馬にわがままを言うべきではないと思った。
「いや、いいよ。それはあげる。もともと相田さんのために手に入れてきたものだし」
「え?」
その口調はとても自然なものだった。しかし私と相馬はほとんど初対面だ。もちろんこの言葉が嘘だと頭の中ではわかっている。
それでもその口調はやっぱり自然で、それでいて簡単に嘘だとわかるセリフはまるで口説き文句のようで、私は頬が熱くなるのを抑えられなかった。
「おい、相馬。お前この事態をなんか知ってんのか?」
「あ? あー……知ってるっちゃあ知ってるけど、雷堂だってお師匠さまから聞いてるんじゃないの?」
「師匠を知ってるのか?」
オー、イエーと緊張感なく頷く相馬に、剣士が苛立ちを見せて詰め寄る。
「相馬っ! お前、何物だ!!」
「俺か? 俺は……」
相馬はやや迷う素振りで言葉を溜め、そしてはっきりとした声音で答えた。
「
馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけれど、私は――相田遥香は、この時、相馬浩史という男の人に恋をした。
世界は変わらずとてもひどい状況だけど、そうでもないと笑ってしまえて。
私はこうして現れた
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