第9話 俺にはやっぱりヒロインちゃんが必要だ




 ラスボスはラスボスらしいバケモノな姿だった。

 写真の奥さんは綺麗な人だった。

 そしてバケモノ×美人の答えは、ゲテモノなバケモノの娘さんだった。


「私はあなたに倒された魔王AHSUY・REKAM・ECAEPの娘」

「あ、ども、初めまして」


 なんて言ったのこのバケモノ


「私を生かしておいては魔王軍再起の旗頭として利用されるでしょう。さあ、殺しなさい人界の英雄。勝者であるアナタには、その権利があります」


 いや、その、見た目がアレとは言え、そう改めて面と向かって可愛い女の子の声で言われると、ちょっと躊躇してしてしまいますよ。


「さあ、やりなさい。それとも私を辱めますか。それもまた勝者の権利。この幼い体を蹂躙したいというなら好きにするがいいでしょう」


 バケモノが目らしき部分に水をたたえてそう言った。心なしか怯えているようにも見える。うん、でも勃たないからな。俺は流石にそこまで上級者じゃないからな。


「そ、外にお前が信用できるであろうものが生きている。殺す気はない。好きにすればいい。

 お前たちが人間を虐げるようなら、改めて殺しに来てやる」


 とりあえずそう捨て台詞を吐いて、俺は魔王城から逃げ出した。

 外に出れば(俺が作った)まっさらな更地が広がっており、更地の先では魔王が死んだのを察したのか、怯えた目でこちらを伺い、今すぐにでも逃げようとしている多くの魔物の姿があった。

 さらに遠くでは火の手の上がるのも見えるし、カンスト強化された聴力では魔物ではない悲鳴らしき声も拾える。

 空を見上げれば大きく開かれた次元の隙間――隙間っていうか、もう裂け目って言ったほうが正しいかも知れない――も変わらずあった。

 そうだ。ラスボスは次元の裂け目を作れるから倒さないといけないけど、倒したあとでもう開かれているあれを閉じるのには、ヒロインちゃんの固有スキルが必要だった。


 次元の裂け目がある以上、魔界から際限なく魔物がやってくるわけだし、どうしたってあれは閉じなきゃいけない。

 この世界の平和のためには、そして主人公がヒーローとして皆からチヤホヤされるためには、やっぱりヒロインちゃんが必要だ。

 俺はそう確信し、ヒロインちゃんこと笠原玲子ちゃんを探しに、旅に出るのであった。



 ◆◆◆◆◆◆



 世界がこうなってしまったのはいつからだろう。


 大きな転換期は二か月前。

 空に大きな裂け目ができて、そこからたくさんの化物が出てきて、自衛隊も警察もあっという間にやられてしまった。

 その当時はまだ少しだけ使えたテレビやインターネットで、これが世界中に起きているのだと知った。ただ今ではもう、ラジオから音が流れることもない。

 私たちは化物の目を避けながら、あるいは弱い化物だけを倒しながら、なんとかその日食べるものを得ていく浅ましい生活を送っている。


 きっかけはきっと、あったと思う。


 新学期になって、不思議な転校生がやってきた。拳が光ったんだと、その転校生に難癖つけて喧嘩をふっかけた梶本はそう言った。

 その転校生は初日以降学校に姿を見せることはなく、彼の家である賃貸マンションの一室はもぬけの殻で、保護者らしき人とも連絡はつかなくて、学校では神隠しだなんて話題でしばらく盛り上がっていた。


 私と友達の二人は転校生と少しだけ面識があったからそんな噂話で盛り上がることもできず、でも探しに行っても何の手がかりもなくて、結局諦めて毎日を過ごすうちに次第に気にならなくなった。


 六月には大きな事件が起きた。私の大事な親友がさらわれて、暴行を受けたのだ。

 親友はとても綺麗で、いろんな男子が狙っていた。でもだからといってこんな事が起きるなんて思ってなかった。


 親友は犯人は背中に羽の生えた鳥のような化物だといった。警察は信じなかったし、私もショックでおかしなことを言ってるのだろうと思って優しく慰めた。

 そうしたら、次第に親友は私から距離を取るようになった。信じてくれないのねと、すごく悲しそうな目をしていた。

 今になって、親友は本当の事を言っていたのだと信じることができるが、もう手遅れだった。親友は変わってしまった。


 それからも頻繁におかしな事件が起きた。

 歴史のある、でも重要文化財とは言えないような建物がいくつも破壊された。

 友達の一人が、師匠の様子が変だと言っていた。その友達は剣道部のエースで、個人的に古流剣術を習っていた。

 そのお師匠様には一度だけあったことがあったが、初対面の印象はカルト教団の人だった。

 私を見るなり世界を救う運命が見えるとか、おかしな事を言ってきた。自分はそういう子供たちに技を教えてきたと。歴史の影で世界を救う英雄を支えてきたと。

 そんな感じの今時子供も騙せないような謳い文句で、私に弟子入りしろと言ってきた。


 私は丁重に断って、後から友達に関わらないほうがいいんじゃないのと忠告したが、あれで良い師匠だし、スゲェ技も使えるんだよと友達は言って、聞かなかった。それは正しいことだった。


 あの時は欠片も信じる気はなかったが、もしかしたら本当に友達のお師匠さまはずっと化け物たちと戦ってきたのかもしれない。

 世界がこんなふうになった時、お師匠さまは颯爽と現れて私達を守ってくれた。その時に使った技はゲームやアニメでしか見たことのない不思議なものだった。

 その後は私たちを守りながら、戦う技を教えてくれた。少しだけど、私も〈気〉という不思議な力が使えるようになって、弱い化物ぐらいは倒せるようになった。


 そして先生も普通ではなかった。

 先生は私たちと同じように、お師匠さまと友達に庇われていたけど、時折ふらりと姿を消すことがあった。

 危ないから離れたらダメと、少しおっちょこちょいなところがある先生をそう言って心配していたが、それはひどい間違いだった。

 先生は私たちには見えないところで、私たちを守るために化け物たちと戦ってくれていた。


 でも今まで私達を守ってくれていたお師匠さまと先生はもういない。

 先生は化物の仲間だった。正確には仲間ではなくて、化物と同じ世界で生まれて、この世界に落っこちてきたらしい。

 先生はつまり人間ではなくて、人狼という強くて怖い種族だった。そんな先生を仲間の一人が化物と呼んで、去っていった。先生はとても悲しそうな目をしていた。私はそれを、引き止められなかった。

 お師匠さまは、水を使うオカマの化物に殺された。オカマの化物はお師匠さまを殺したあと、腰が抜けている私たちを嘲笑って去っていった。お前たちなんて殺す価値もないと、そんな風に。


 それからの私たちは、化け物たちに見つからないよう山奥に小さな集落を作り、時折廃墟となった街中に降りては物資を回収し、またなるべく安全に化け物を倒すようにしていた。

 お師匠さまが言うには化物は倒せば倒すほど強くなれるらしい。実際、今の私はそこいらの男よりも力があるし、体力だって優っている自信がある。


 そんな生活の中で、友達の様子がおかしかった。

 いや、それはおかしいんじゃない。だってその理由はわかっているから。

 お師匠さまが殺されて、その時に何もできなかったことを、友達はすごく後悔していた。

 強くなりたいと、私はその日初めて男の子の本気の涙を見た。

 友達は無鉄砲に無茶をして、次第に集落の人たちとも溝ができてきた。私は友達の味方だったけど、同時に他の仲間たちを危ない目に合わせる友達の行いが悪いとも思っていたから、中途半端な立ち位置だったと思う。

 物資の回収は危険な仕事だけど、もう友達と一緒に組むのは私だけになった。


 親友は来ない。もともと運動が苦手だし、変わってしまった親友は集落で口にもしたくない仕事だけやって、他の女の人からすごく嫌われている。

 親友がそうなってしまったのは私に責任があるし、親友はよく私に責めるような目を向けてくる。

 好きだったお菓子を持って言ったら、哀れまないでよと、泣きながら平手打ちをされた。

 頬は痛かったけど、叩いた親友が泣いていて、その心が私よりもずっと痛そうだったから、私は何も言えなかった。

 もう私たちは、親友だなんて言えない関係になっていた。



 そうして友達と――雷堂剣士といつものように街に降りて、物資を回収しながら化物を倒していく。

 そんな毎日は、当然だけど長くは続かなかった。



 いつもよりも大きくて強い化物がたくさん出てきて、私たちはあっさり負けた。

 剣士は少し離れたところで殺されて、くちゃくちゃと音を立てて食べられている。

 私は服を剥がされて、化物に覆い被さられている。醜い豚の化物だった。両手と両足の骨は折られていて、もう抵抗もできない。このままいいようにやられて、最後は殺されて食べられるんどろうと思ったら笑いがこみ上げてきた。


 ごめんね玲子。私も同じ目に遭うから、許して。


 頭の中に思い浮かぶ玲子の姿は、もう見慣れてしまった泣き顔だった。

 私は玲子の笑った顔が好きだったのに、それを思い出すこともできなかった。


 私は目をつむり、諦めてその時を待った。痛いのにはもう慣れている。殺されるのは怖いけど、これが終われば楽になれるんだという気持ちもあった。

 初めては好きな人とか、高校生のうちに捨てておかないと恥ずかしいとか、それをする事に色んな妄想をしていたけど、豚の化物に犯されるなんて想像はしてこなかった。

 ひどい終わり方だけど、こんな世界なんだから仕方がない。


 そう思って諦めて、しかしいつまでたっても想像したような痛みはなくて、私は恐る恐る目を開けた。

 すごく整った顔の男の人がいた。この顔は覚えていた。会って会話をしたのは一日だけど、覚えていた。いなくなった転校生の顔だった。

 私と目が合うと、転校生はすごく驚いているようだった。その手が私の剥き出しになった胸の方に伸びているのは気のせいだろうか。

 転校生はごまかすようにその手で頭をかいて、


「あっ、ラッキー。セカンドちゃんだ」


 呑気な声で、転校生は意味の分からないことを言った。




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