第8話 ラスボスを倒せば世界に平和が訪れるはずだ

 




 よし、魔王を倒そう。



 ゲームでは弱かったが、現在の状況はゲームと違い完全に異世界侵攻が成功している状況だ。そして同じくゲームと違って四天王や副官も健在で、無理やり次元の隙間をこじ開けてやって来た訳ではないから、体力、魔力も有り余っているだろう。

 きっとすさまじく強いに違いない。

 だが俺には主人公としての、この世界を守らなければならなかった者としての責任がある。


 ゲームよりも難易度のアップした状況で、使う機会のなかったカンスト主人公の実力を存分に振るえる機会に心躍ったりはしていない。あくまで主人公の勤めとして、魔王を倒すのだ。

 そしてこの手で世界に平和を。

 きゃー相馬さまカッコイー抱いてー、な環境を作り上げるのだ!



 ******



 魔王はザ・魔王城といったところにいるようだ。

 そこら辺にいた兵隊オークを威圧したら簡単にゲロった。

 隠密系のゲームは苦手なのでこっそり忍び込んで暗殺なんていうのは性に合わない。いざという時に備えた転移アイテムも持っている俺は、正面から魔王城に乗り込もうとした。

 そしたら敵の軍団が立ちふさがってきた。


「正面から堂々と乗り込もうとするとはあっぱれな奴。その蛮勇を称えてこの四天王が一人焔の――」

「うるせぇ四天王最弱がっ!!」


 羽とか生えてる偉そうな魔物をワンパンチでひき肉に変える。3章のボスだけあってクソ弱かったな。


「まさか焔のエンジョウ様が一撃で――」

「うろたえるな‼ いくら強かろうと相手はたった一人、数で押しつぶせ!!」


 そう言って襲いかかってくる魔物の軍勢は万を越える。ゲーム時代では一回の戦闘では最大でも二十体までしか敵が出てこなかった。

 ゲームではできなかった無双プレイに、ついつい心が躍ってしまう。


「はっ、お前らみたいな雑魚なんて魔法で十分だ、喰らいやがれ!!」


 火と水と土と風の魔法をマスターすることで得られる範囲上級魔法の一つ、カタストロフブラスター。

 いわゆる極太の波動砲が多くの魔物を飲み込み、容易く消滅させる。


「な、ななな、何が起こっている!!」


 千匹近い魔物を一気に消し飛ばしたが、しかし驚いてもらっては困る。こっちとしてはもっとド派手な魔法をいくつも習得しているのだから、もっともっと試させて欲しい。

 ヒャッハー。汚物と魔物は消毒だぜ!!


「あはははは、メテオスコール!! やっべ、気持いぃ」

「ヒィィィィィ!! 逃げろ、悪魔だ、悪魔がいるぞ!! みんな逃げろ、撤退だ、撤退だ!!」

「ふざけんなっ!! 主人公からは逃げられないんだよ、みんなまとめて死にやがれ。ダンシングサンダー!!」

「うぎゃあぁぁぁああああああ!!」



 ******



 そうしてこうして、万の軍勢がひしめいていた魔王城周辺は、綺麗な更地にかわりました。

 ちなみに能力差が著しいせいか全ての魔物がほぼ一撃で灰に変わっています。虐殺現場はとても綺麗です。

 そしてアイテム欄にちょっとした異常がありました。

 敵を倒すと確率でアイテムをドロップする。今は幸運値がカンストしているので百パーセント何か手に入る。ただゲーム中で手に入るアイテムは全部手に入れていたので、ゴブリンの腰巻やらオークの肉など、ゲーム中では手に入らなかったアイテムが新規獲得欄にずらりと並んでいる。

 珍しいところではハイオークの肉とかもあった。オーク肉と違って臭みもなく美味い肉だ。やったぜ。


「ふん。雑魚どもを倒したくらいでいい気になるなよ。我は四天王が一人水気の――」

「うるせぇカマ野郎!!」


 コイツはおねえキャラで主人公に粉をかけてくるので見的必殺を心に誓っていた。やっぱり一撃でひき肉になった。

 その後魔王城に乗り込むと残り四天王もあらわれたが、やはり一撃でひき肉になった。ちなみにゲーム外のアイテムを貰うため、スキル〈強奪〉で殴った。

 得られたアイテムは〈誘惑の香水〉〈岩のパンツ〉〈強風に負けないヘアーワックス〉だった。

 なおゲーム外アイテムが貰えるなんて知らなかったので、焔の最弱は普通に殴ってしまったためレアアイテムを手に入れ損なってしまった。

 〈治癒魔法MAX〉の中の死者蘇生リザレクションで生き返らせたらなんとかならないだろうか。いや、面倒くさいからいいか。どうせネタアイテムだろうし。


 そして魔王城を突き進むと、玉座の間の手前で副官に出会った。

 コイツは実は人間で、過去の事故で次元の隙間に落ち、そこで魔王に拾われ今の地位まで成長したという経歴の持ち主だ。

 そして魔王に心からの感謝をし、忠誠は誓っていても、故郷への侵攻には思う所があるらしく、所々で主人公を助けたりもする。

 最後はそれが仲間の魔物にバレて殺されるという、そこそこ悲惨な立ち位置のキャラだ。ちなみに美人である。


「恐ろしい方ですね。

 ですが、ここで魔王さまが倒れれば大きな混乱が起こります。ここは死力を尽くして止めさせてもらい――ひぃっ!!」


 〈強者の権能〉で威圧を全力発動。ついでに最終スキル〈英雄の中の英雄〉も発動させる。スキルはゲーム中ではパッシブスキルだったものも、現在ではなんとなーくでアクティブにオンオフを変えられるようになっている。

 なお〈英雄の中の英雄〉は獲得スキルの効果を二倍にするという破格のものである。〈連続攻撃〉などの一部スキルには効果を発揮しないが、10以上レベル差のある敵を萎縮させる、威圧の効果はちゃんと二倍になる。


 副官は地面にへたりこんでお漏らしをした。どうやら相当怖かったらしい。そう言えばレベル70代のサキュバスたちも、威圧には本気で怖がってたもんな。〈英雄の中の英雄〉で効果アップさせてなくても。

 レベル40程度の副官だとこんなもんか。

 とりあえず俺はアイテムボックスから清潔なバスタオルを取り出し副官に放り投げ、歩いてその横を抜ける。


「ま、待ちなさい」


 腰の抜けた姿のまま副官が声をかけてくる。どう答えたものかと考えて、そういえばゲームをやっていて、こいつに言いたいことがあった事を思い出した。


「あんたは、人間を守るために魔王に付き従ってたんだろ」

「――なっ!?」


 そう、公式資料でそんなことが書かれていた。

 そして魔王のように行き場のない自分を拾って守ってくれる良い魔族がいるのだから、人間と魔物たちはきっと仲良くできると信じて、今は争うしかなくてもいつか二つの世界が手を取り合える日が来ると信じて、魔王軍で働いていると。

 まあそんな信条もあったせいで最後は四天王の一人――風の四天王で、俺は本当はスゲーから魔王になるのが当然なんだぜと主人公たちに自慢して、やられて逃げ出した先で魔王に殺されるテンプレ裏切り四天王――に殺されるんだけど。


「あんたは人間と魔物が仲良く暮らせる日が来ればいいと思ってるみたいだけどさ、このままじゃ無理だろ」

「な、な、なにを……?」

「あんたが何したって、人間は滅んじまっただろ。このままじゃ悲惨すぎる。魔物も痛い目みて、あんたが理想を叶えられるとしたらそれから先だろ。俺はこれから魔王を殺すから、あんたはその先のことを考えろよ」

「待って、待って!! あの人を殺さないで!!」


 何となく良いことを言って扉を開き、玉座の間に入っていった。

 そこで待っているのは当然ラスボスの魔王だ。


「よくぞここまで来たな。

 古き伝承を思い出すぞ。

 我らの祖先は過去に何度となくこの世界を手中に収めようとして、その度に光輝を背負う男と、それに寄り添う聖なる乙女がその道を阻んだと。

 お主はその光輝を背負う男のようだ。

 侵攻を終えて現れ、隣に誰もおらぬ理由は知らぬが、しかし伝承に違わず人界最高の力を持つ者よ。

 我こそが魔界最強を背負う者。

 さあ、有史以前より連なるこの戦。決着を付けようぞ」


 どうやらここのセリフはそうゲームと違わないようだ。ラストバトル前とほぼ同じで、俺がぼっちで遅刻したことにだけ追求がある。


 地上に出てからこの短い間(だいたい30分)に、色々と思ったことがある。

 ゲームでは艱難辛苦、いくつものイベントをクリアすることでヒロインちゃんたちの好感度を上げていった。

 だがこうしてラスボスを倒してからだと、どうやってヒロインちゃんたちの好感度を上げればいいのかわからない。そもそもヒロインちゃんたちが生きてるかどうかもわからない。


 この魔王の非道によって、ハーレムルートを開拓するというこのゲーム世界に来た目的は失われてしまった。

 いや、気が付いたらこの世界に来てたんだけど、ともかく俺には華やかな爛れた未来が約束されていたはずなんだ。それを奪った罪は重い。

 俺に残された可能性は副官(名前知らない。でもイベントスチルで美人なのは確認済み)とお菊ちゃん、そして危険な賭けだがお菊ちゃんのママぐらいしかない。

 あとは無限洞窟B91F以降にいるタダでやらせてくれる女の子たちだけだ。

 ……ん? ゲームとは違うけど結構充実してるな。うん、悪くないな。

 じゃあちゃっちゃと魔王倒しちまおうか。


「よし、じゃあハッピーエンドを手に入れるぜ。覚悟しな魔王!!」

「ふはははははっ。来るがいい、人界のえいゆ――」

「時間停止アイテム!!」


 ここで俺はチートアイテムを使用する。風景が色あせたものに変わり、ラスボスがカチコチに固まる。希少アイテムとは言え無限洞窟に入り直せば再補充は可能だ。そしてラスボスはゲーム中最強の敵。使う相手はコイツ以外にはいないのだ。

 俺はすぐさま補助バフ魔法をかけまくって己を強化する。

 一通りの魔法をかけ終わって時間が余ったので、スキル〈強奪〉で一回殴っとく。


「うぼほォォォォおおおお!!!!」


 得られたアイテムは、


 亡き妻との思い出の写真×1


 だった。

 アイテム欄を見ると写真に書かれた文字が読める。日本語じゃなかったけど、何故かなんとなくわかった。


『人界と魔界が平和な関係を築けますように』


 そんな事が書かれていた。異世界侵攻なんてしておいてコイツはなんて勝手な事を書いているのだろう。ひどく悪趣味なネタアイテムだ。


「や、やるな。目にも止まらぬ一げ――」

「時間停止アイテム!!」


 ここからは殴り続けるだけのボタン連打の作業ゲーだ。いろんなスキルで強化されまくった主人公は、ド派手な攻撃スキルよりもシンプルに殴り続けるほうが技エフェクトなどで時間をロスしないので、単位時間当たりのダメージ効率が良い。

 最後ぐらいはやっぱりド派手な必殺技でとどめを刺したくもあるが、まあそれは無理には狙うまい。

 普通のパンチを十回(連続攻撃のスキル効果で実際には四十回分のパンチ)したところで時間停止アイテムの効果時間が切れそうになり、俺はラスボスと距離をとった。


「げふぅぅぅぅぅ!!!! な、なんだと、この一瞬に何が――」

「まだ耐えるのか、しぶといな。こっちのアイテムには限りがあるってのに」


 ゲームならもう殺し終えているのに、やはり体調が万全のラスボスはタフになっているようだ。


「そ、そうか。噂に聞く壊れた砂時計か。あんな希少なアイテムを持つとはさすがは人界の英雄。

 ――だがそのアイテムが尽きた時がお前の最後よ」

「ちっ、このアイテムはあと97個しか無いってのに」

「え? ちょっとま――」

「時間停止アイテム!!」


 俺はまた十回殴って距離を取る。


「ごふぅぅぅぅううう!!」

「まだか」

「う、嘘ですよね。これが後九十回以上つづ――」

「時間停止アイテム!!」


 俺はまた十回殴って距離を取る。


「うがぁぁぁぁあああ!!」

「タフだな、魔王」

「や、やめ、死ぬ。やめて――」

「時間停止アイテム!!」


 俺はまた十回殴って距離を取る。


「ひぎゃぁぁぁぁああ!!」

「しつこいな。殴り続けるのもめんどいんだからさっさと倒れろよ」

「助けてくれ、俺には可愛い娘が――」

「時間てい――え? 娘? 可愛いの?」

「あ、ああ。命よりも大事な娘がいるんだ。俺が死んではあの子は――」

「死ねぇ!!」

「うぎゃぁぁぁぁああああ!!」


 限界ギリギリで立っていたのだろう。俺の渾身の一撃クリティカルヒットに、魔王は崩れ落ちた。

 ついやっちまった。

 ……いや、娘を大事に思う親心は確かに尊い。

 だがコイツが魔物を率いて俺たちの世界に侵攻してきたことで、多くの子供を失った親や、親を失った子供が生まれたはずだ。いや、知らないけどたぶん。

 そんなコイツが子供を理由に命乞いなんて許されるはずがない。


 こうして、魔王は倒れた。

 もちろんこれで終わりではないだろう。

 人の心に闇がある限り、いつの日か第二、第三の魔王が現れるのだろう。

 その時は俺がまた力を振るうことになるが、今はそんなことよりも重要なことがある。


「さ、可愛い娘さんに会いに行こうかな」


 これもテンプレだよねテンプレ。

 ゲームだと魔王が単体で次元を裂いて現れたからこんなイベント起きなかったけど、役得役得。世界を救ったお宝的な感じで、こう父親を失って傷心のお姫様を慰めて、そのまま夜の保健体育みたいな?


「その必要はありません、人界の英雄」

「――え?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る