第6話 そして三ヶ月が経った





 金策に走ったせいで、無限洞窟の探索は少し停滞してしまった。

 ただ並行して技能書の上位版である奥義書(スキルポイント20獲得)を集めて回ったので、スキル的には充実してきた。

 この時点で取れるスキルはほぼコンプリートしたが、特定スキルをマスターした上で基礎レベルが50を超えると解放される特殊上位スキルなんていうのもあるので、まだまだ先は長い。ちなみに特定スキルをマスターした上で基礎レベルが10以下の時にのみ取れる特殊上位スキルもあるので、レベルダウンの希少アイテムも集める必要がある。


 ちなみにレベルダウンによる基礎ステータスの減少はレベルアップ時の半分なので、レベルダウンを繰り返して再度上げることで、各ステータス値もカンストさせることができるので、最強を目指す俺はもちろんそれを狙っている。


 現在の俺の基礎レベルは41。無限洞窟はB50Fまで攻略済みだ。レベルダウンをせずに来ているので、ソロでこの攻略階層だと俺の基礎レベルは低い部類に入るが、充実したスキルと金策重視で戦闘はそこそこにしているため、それほど苦労はしていない。


「おかえりにゃ、浩史。お風呂沸いてるにゃよ。背中流してあげるにゃ」


 でへへ~と、頬を緩ませるお菊ちゃん。そう、俺は三ヶ月(体感時間)の苦労の末、〈猫又の寵愛〉を獲得することに成功したのだ。

 いや、折角早めに獲得できるとわかったんだから、レベリングの前に手に入れておこうと頑張ったんだ。決して長いこと洞窟に篭ったから、溜まりに溜まってそれを発散させたいと欲望に駆られたわけじゃないんだ。

 〈猫又の寵愛〉を手に入れてからは三日に一回はニャンコ屋を訪れ、桃色音楽とピンクに染まった画面の向こう側を楽しんでいるが、それはあくまでお菊ちゃんへの愛と誠意の証明であって深い理由はない。そのせいで無限洞窟の探索が滞っているが、まあそれにしたって急ぐものではないので別にいいだろう。

 お菊ちゃんと一緒にお風呂に入り、同じベッドに入り一日を終える。ゲームではなかったエンディングだが、こういうのもいいだろう。


「それで浩史、ママにはいつ会ってくれるにゃか?」

「……え?」

「ん? 結婚するんにゃら、ママに会ってくれないと困るにゃよ?」


 ……え? ケッコンってなに? にほんごでしゃべってくれないとわからないよ?


「浩史? どうしたにゃ?」

「あ、ああ、いや、明日からちょっと深く潜らないといけにゃいから、それは難しいかにゃー」

「にゃー!! 真似しちゃダメにゃ!!

 ――うん、でも仕方にゃいにゃ。浩史も目的があってこの無限洞窟に来んにゃから、仕方ないのかにゃぁ……」


 ……目的?

 ああ、忘れていた。俺にはヒロインちゃんたちをすべて攻略してハーレムを作るという目的があった。いくら猫耳と尻尾があるからって、こんなつるぺたロリっ子だけで満足しちゃいけない――って、いったぁ!!


「今ものすごく失礼なことを考えたにゃ」

「ち、違う。俺には、そう。俺には世界を救う大事な役目があった。俺は自分を鍛えるためにここに来たんだ」

「――え、それじゃあもしかして、あたしとは遊びだったのかにゃ」


 遊びじゃない。スキル集めだ!!

 いや違う。


「そんな事はない。充分強くなって、世界に平和が訪れたらまた来るよ」


 そう。最終決戦前にはヒロイン達との告白イベントが有り、それが成功すると二人で長い夜を過ごすのだが、そのイベント後に〈猫又の寵愛〉を獲得済みの状態でお菊ちゃんのお店を訪れると、そのヒロインとお菊ちゃんで嫉妬イベントが発生する。

 発生するが、しかし最後には強いオスは女を侍らせるものにゃねと諦めてくれる。そしてその後は変わらずデレデレで接客してくる。


 つまりはお菊ちゃんはゲーム時からのハーレム要因なのだ。とりあえずヒロインを攻略して連れてくれば、あとはなし崩しでどうとでもなるはず。

 幸いお菊ちゃんの店で買えるものは既に全て買えるだけ買っている。ゲーム時にはなかった食品や衣服、テントに調理器具にキャンプ用品などのアイテムも、お菊ちゃんにねだられてやっぱり買えるだけ買った。単一電池99個はまだしも、テント99個は絶対に使う機会がないと思う。

 でも必要かどうかなんて関係ないんだ。愛くるしいネコミミっ子にねだられたんだから買う以外の選択肢なんてないのだ。

 まあそれはともかく、もうお菊ちゃんのお店には用はない。いや、お菊ちゃんの体とお風呂と暖かいベッドは恋しいが、人生の墓場に送られるのはゴメンだ。

 なぜなら俺は、ハーレム王になるのだから。



 こうして俺はお菊ちゃんという離れがたい恋人一号と別れ、本格的に無限洞窟の攻略を再開した。

 〈猫又の寵愛〉のおかげでレベルはサクサク上がるしスキルポイントもよく貯まる。俺はレベルダウンの希少アイテム〈試練の道しるべ〉を集めては少し階層をもどりレベルダウン。〈弱者の技法〉〈弱者の知恵〉などの特殊上位スキルを覚えて再度レベルを上げまくる。それを何度も繰り返す事でステータス値はすでに基礎レベル99の時の値を超えているが、満足はしない。あくまで目標はカンストだ。

 それに欲しい希少アイテムはこれだけではない。戦闘不能時に自動で発動する完全回復アイテム〈不死鳥の灰〉。戦闘開始時まで時間を巻き戻す〈始まりのオルゴール〉。ボスですら完全に停止させる時間停止アイテム〈壊れた砂時計〉。

 アイテムとしてのランクはやや落ちるが、通常の完全蘇生アイテムや完全回復アイテムも是非ともカンストさせたい。

 そして主人公専用の最強装備である〈竜牙の手甲〉と〈昇龍の学生服〉。さらに全ての行動速度をアップさせる〈神狼の具足〉と全ステータス値をアップさせる〈戦乙女の腕輪〉の二つの装飾品も欲しい。

 すべてを手に入れるには膨大な時間が必要だったが、しかしその価値は確かにある。ゲーム時ではひとつも使わずにラスボスを撃破できたが、しかし集める価値は確かにあるのだ。


 そんなこんなで延々と無限洞窟に引きこもって、魔物を狩り続け、アイテムを盗み、落ちているものを拾いまくった。

 体感時間でどれだけの時間が過ぎたのかはわからない。

 ステータスはマックスにした。HPとMPは9999。それ以外の項目は全て999。内部計算式ではそこに武器防具装飾品とスキル効果が追加されている。その上で基礎レベルもしっかり99に上げてカンストさせた。

 スキルも特殊上位スキルを含めてすべてを手に入れた。全てのスキルをマスターすることで解放される主人公専用スキル〈英雄の中の英雄〉も手に入れた。

 特に必要もなかったが多くのスキルポイントを獲得できる秘伝書(奥義書の上位版)、スキルオーブ(さらなる上位版)などもしっかり99個獲得した。

 無限洞窟でできることはすべてやりきった。今の俺ならB100Fのフロアボスもワンパンチだ。

 あとはシナリオを再開させて、俺TUEEEを楽しむだけだ。


 そうして俺は無限洞窟を上へ上へと引き返し、百回フロアを登ったところでおかしいことに気がついた。

 出口にたどり着かない。

 無限洞窟は実質百階までなので、百回フロアを切り替えても出口にたどり着かないなんてのはおかしい。


「もしかしてバグったか」


 バグならセーブポイントからやり直しだが、ゲームから現実になったせいかセーブポイントなんてものはない。

 もしかしたら一生この無限洞窟から出られないんじゃないかと怖くなった俺は、とりあえず近くにいたサキュバスと女吸血鬼のお尻を並べ、彼女たちの好物である精気をご馳走してからお風呂に入って寝た。

 お風呂はお菊ちゃんのところで買った簡易浴槽にお湯を張ったもので、寝たのもお風呂に入ったのももちろんモンスターの出ない階段エリアだ。カンスト防御力と上位ダメージカットのおかげで寝込みを襲われても無傷だが、モンスターがいる場所では騒がしいので眠れないのだ。


 そして出すものを出し、さっぱりと綺麗な体でひと晩ぐっすり寝て、落ち着いた頭でメニュー画面を開いた俺は、重大な事実に気がついた。

 現在マップがB2872Fとなっていたのだ。

 無限洞窟は、本当に無限洞窟になっていたようだ。

 ゲーム同様に現れるモンスターもフロアボスもB90FからB100Fの繰り返しだったからまるで気付かなかった。ゲームと仕様が違うなら言ってくれないと困るぜ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る