第5話 イケメンの体臭はフローラルなはずだ





「あ、久しぶりにゃ。あんまりにも顔を出さないから身の程もわきまえずに深く潜っておっんだかと思った――臭っ!!」

「はぁ!? 臭くねえし!!」

「臭いにゃ。離れてるのにはっきりわかるくらい臭いにゃ。ちょっとそのまま入ってくるにゃ!!」

「えぇ!? 体洗うからお風呂かしてもらおうと思ったのに」

「そんな体で入ってきたらお風呂まで臭くなるにゃ。お風呂は沸かしてやるから簡単にでもキレイにしてからにするにゃ」


 出てけとかたくなに言い張るお菊ちゃんの言葉に従って、店を出る。

 仕方がないので自前の魔法(水魔法と火魔法を繰り返し発動)で熱湯を作り、寸胴鍋に貯めたその熱湯を頭からかぶる。状態異常無効(火傷も無効)と火耐性があるので痛くはない。熱湯消毒だ。

 いや、俺も本当はわかってたんだ。一日あたり百匹以上のオークを殺し、その返り血を浴び続けたんだから、いくら俺がフローラルな香りを放つ主人公イケメンでも流石に臭いと。

 しばらく熱湯を浴び続け、服や髪から赤い色が抜けてこないのを確認したあたりで、


「うー、お風呂わいたにゃーって、アッツゥ!! すっごい蒸し暑いにゃ。何やってるにゃ――って、それ熱湯じゃないかにゃ。人間がそんなもの頭からかぶったらただじゃ済まないにゃ!?」

「止めないでくれ、お菊ちゃん。お菊ちゃんに臭いなんて言われた俺に生きる価値はないんだ」

「にゃにゃっ!? まて、早まるにゃ。あたしが悪かったにゃ。死ぬなら地下で稼いできたもの全部吐き出してからにするにゃ」


 ……あれ?


「そこはごめんなさい、あたしを抱いてって言うところじゃありませんか?」

「死ね。言うわけ無いにゃ。っていうかお前やっぱり人間じゃなかったのにゃ。

 それぐらい綺麗になってればいいから早くお風呂に入っちゃうにゃ。服は洗濯してやるし、替えの服も用意してやるから。

 ――あ、後でちゃんと代金払うにゃよ」

「……はーい」


 ちょっと寂しい。


「……まったく、普通にしてればカッコイイのに残念な奴にゃ」

「え? 今カッコイイって?」

「うるさいにゃ、早く行け!!」



 ******



 さて、必要なスキルも揃ってきた――というか、ゲーム時代ならもうB30F以降(ソロでなくパーティーならB40F以降)に進入してもおかしくないスキルの充実ぶり――ので、本格的に無限洞窟の攻略を始めようと思う。


「今日来ると知らにゃかったから、そこまで食料の備蓄はにゃいにゃよ? そもそも前回だって一週間分しか持って行かにゃかったけど、足りたのかにゃ?」

「いや、足りなかったから殺した豚を焼いて食った」

「……豚? ああ、オークかにゃ? ……あんなのよく食うにゃ。お腹壊しても知らないにゃよ」


 大丈夫。今の俺はあらゆる状態異常無効だから。スキルレベル6を超えてからは病気と呪いが無効になってるから。


「壊さないけど、あの豚肉まずかったから、あるだけくれよ。あとは現地調達するから。

 あ、その前にこれ換金してね」

「わかったにゃ。

 ――と、またすごい量にゃね。種類はそう多くないから査定時間はそんにゃにかかんにゃいけど、ちょっと待つにゃ」


 お菊ちゃんが俺の出した収集品――主にオークから盗んだ品とドロップ品――を査定する。しばらくは剣一本でで行くつもりなので、色んな武器を手に入れたが全部売りに出す。どうせこれから潜るところでもっと上質な武器が手に入るし。


「それじゃあ金額を発表するにゃね。全部で2200,000円にゃ。端数切り上げのサービスにゃから、これ以上は出せにゃいにゃよ」

「オッケー、それでいいよ」

「にゃ。どうせこれからあれこれ買っていくにゃ。差額を渡すからほしいものを教えるにゃ」


 お菊ちゃんの言葉に頷く。いちいちお金をもらってからお金を払うのも面倒くさいので、色々と解放されているメニュー表から欲しいものを告げていく。

 装飾品はシンプルにATKとDEFが上がるものを選んだ。特殊効果付きもいくつか買っておくが、装飾品は二つまでしか効果が得られないのでアイテムボックスで待機させておく。まあスキルとレベルがこれから攻略する階層の適正値よりかなり高いからゴリ押しで行けるので、たぶん使うことはないだろう。

 移動速度を上げるのが欲しいが、あれは売りに出されないレアアイテムなので無限洞窟の探索で手に入れるしかない。

 武器防具はストーリーが進んでいないので初期開放状態から変化がない。お金を無駄に持っておいても仕方がないので消費アイテムを買えるだけ買った。


「お、大人買いにゃ……」

「ふっ」


 初期の薬草など今の俺のHPからすると雀の涙ほどにしか回復しないのに、所持限度数の99個まで買ってしまったぜ。

 まあただこれにもメリットはある。敵から盗めるアイテムは所持限度数を越えると盗めなくなる。なので薬草と毒消しと高級薬草が盗める敵からは自然と毒消しと高級薬草だけが盗めるようになる。毒消しも限度数まで持てば高級薬草だけが盗める。

 オーク戦では盗める武器の種類が多すぎたのでこの手は使えなかったが、盗む価値のない消費アイテムを大量に持つことには十分意味が有る。

 まあ意味がなくてもとりあえずやるんだけど。ゲーマーならわかってくれるよね、このコンプリート欲。

 ちなみにこの無限洞窟ではイベント系の特殊アイテムを除き、ありとあらゆるアイテムが手に入る。つまり時間さえかければ超希少アイテムなども99個手に入れることができる。

 さてゲームでは40時間ほどかければ消費アイテム全種コンプの全種限度数獲得カウンターストップというところまで持ってこれたが、さて移動や食事に睡眠と、色々とゲームと違っている現状では一体どれだけの時間が必要になるのだろうか。



 ******



 B10F以降ではまず防具の収集にあたった。オークから手に入れた日本刀〈数打ち〉があるので、攻撃力はもう十分にあるのだが、防具は初期の店頭販売品のレザージャケットなので頼りない。レベルとスキルで大分改善されているが、無限洞窟で手に入る防具のDEF値とは大きな開きがあるので、一度変えておきたいのだ。

 この辺りの防具は盗むで手に入らないドロップ品なので、対象のモンスターであるコボルトランサーを狩りまくった。


 ちなみにこのあたりの階層のモンスターから盗めるアイテムはもうお菊ちゃんのところで限度いっぱい購入済みなので必要ない。結構な訪問を繰り返しているので道具系はいい感じに販売リストが解放されているのだ。消費アイテムだけで言えば、俺の狙いはB50F以降の希少アイテムが狙いとなってくる。

 さらにこの階層のモンスターとのレベル差も大きく、倒してもスキルレベルは上がらない。そんな訳で目的のコボルトランサー以外は無視して徹底的に狩りまくる。

 ドロップ率は確か一割程度だったが、二十匹倒したあたりでようやく防具を落とした。


 女性専用の防具を。


 どうやら俺はリアルラックが低いらしい。主人公だからって不運体質になる必要はないんじゃないかと思いながら、余っていたスキルポイントが1だけあったので、〈LUK向上Lv1〉をとった。

 ちなみにその次に倒したコボルトランサーが男性用防具(もちろん主人公装備可)をドロップした。

 当面は移動力と魔法系のスキルを伸ばそうかと思っていたが、スキルポイントは〈LUK向上〉も上げていこうと思う。



 ******



 そんなこんなでB20Fまで攻略してからお菊ちゃんのところに戻る。キリがいいのとアイテムの最終解放までは訪問回数があと百回近く必要なので、こまめに帰って買い物しておきたいのだ(訪問回数のカウントにはお店を訪れた上で、最低一個の商品購入が必要となる)。


「お、いらっしゃい。今回は早かったにゃ。一週間ぐらいかにゃ?」

「ただいまー。お菊ちゃんも俺の顔が見れて嬉しい」

「にゃははは、死ね。ここはお前の家じゃないにゃ」


 笑顔で出迎えてくれるお菊ちゃんに挨拶して、お風呂を借りる。お風呂から出れば新しい服と下着が用意されている。ちょっとした新婚気分だ。


「それで今日の稼ぎを見せるにゃ――と、今回はそこそこにゃね?」

「いいだろ別に。アイテムの回収より深く潜るの優先させたんだよ」


 夫の稼ぎに不満を漏らす若奥様に、そう言い訳をする。


「にゃー……、うーん、実はにゃ――」


 そう言ってお菊ちゃんが販売品リストを見せてくる。それは二段階目に解放された武器防具の販売リストだった。


「え、なにこれ」

「前回、質はまあそれほどでもにゃいけど、武器を大量に売って、たくさん薬買ってくれたにゃ。だからママに頼み込んだにゃ。良いお得意様ができたから許してくれって。

 今後も贔屓にしてもらえるって約束してるから、品物集めも頑張ってくれると助かるにゃー……」


 後半は尻すぼみ気味に、そんなお願いをしてくる上目遣いの可愛いお菊ちゃん。

 いやこれはもう仕方がないですよねと、安い武器から順に大人買いしていく。消費アイテムと違って武器防具装飾品は敵からしか手に入らないものが多いので、消費アイテムと違ってコンプさせる気はなかったのだが、とりあえずお菊ちゃんから買えるものはコンプしておこう。

 これは俺の愛です。


 ……ちなみに装備品、アイテム、装飾品を全て最終段階まで解放すると、特殊アイテム〈???〉が買えるようになる。金額にして100,000,000円である。無限洞窟の最奥で稼ぎまくっても簡単には手に入らない金額だが、これを購入することで主人公に特殊固有スキル〈猫又の寵愛〉が追加される。

 ちなみに追加されるイベントでは頬を染めた衣服半脱ぎのお菊ちゃんのイベントスチルが見られ、その後ピンク色な音楽でピンク色に画面が染まり、イベント終了後ではお菊ちゃんの接客態度が完全にデレ化する。そしてヒロインの好感度が軒並み一定値下がり、男の娘の好感度も下がる。


 つまりはそういうことだろう。

 シナリオを進めるまでは無理だと思っていたが、無限洞窟で手に入れたものを売っていけばシナリオ進行と同様に武器防具が解放されるなら、目指してみる価値はあるはずだ。

 ちなみに〈猫又の寵愛〉の効果は獲得経験値、獲得資金、獲得スキルポイント倍増という破格の効果だが、ゲームでは手に入れた時にはステータスもスキルもカンストさせている頃合で、お金も使い道がなくなっているので意味がない。それでも俺は必ず手に入れていたが。

 まあ今はストーリーを進めずに獲得できそうなので、仲間のパワーレベリングには活用できそうだ。



 俄然やる気が出てきた俺は、食料を買い込んで再び無限洞窟に潜った。

 さて、一番近い高額換金アイテムが出るのはB32Fだったかな。




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