第23話

 そわそわする。テーブルの上には、ケーキと紅茶。合格祝いのつもりで用意したが、これでよかったのだろうか? 普通合格祝いとは何をするのか、そもそも普通とは何だ?

 思考しながら、家の中の同じ場所をグルグルと歩き回る。チラチラと時計を見る。


 そろそろだ。レイルのことだから、来るとしたら時間通りに来るだろう。

 いやいや、そもそも来てくれるのだろうか? 


 そんな杞憂をよそに、ちりんちりん、と家の扉に付いている呼び出し鈴が鳴る。


 すぐに出たら、楽しみに待っていたみたいだろうか? と、扉の前まで来たが、すぐに開けることをためらう。


「開いてるなら入るよ?」


 レイルの声。意外と軽い呼びかけだった。ルゥルは何と説明したのだろうか。


「あ、あぁ! 今開ける」


 『走って扉の前まで来たような顔』をしなければならない。こういう駆け引きが大事なのだ。だが、娘に駆け引きする親がいるのか? 疑問は尽きない。

 扉を開く。外は真っ暗で、冷たい風が家の中へ吹き込んでくるが、レイルの顔を近くで見たらそんな冷たさは気にならなくなった。ますます妻に似てきて美人になったな。親バカか。


「元気だったか?」

「何言ってんの? どうせ試験で見てたんでしょ?」


 手の一部には包帯が巻かれていた。軽傷で済んでよかったと心の底から思う。


「う、うむ。寒いだろう、とりあえず入れ」

「そっちが話しかけるから入れなかっただけ」 


 スタートから失敗してしまった。

 家の中へ入り、椅子に腰掛ける。目の前にはケーキ。


「ルゥルには何と言われて来たのだ?」


 素直に気になっていることから聞いてみる。


「「魔王様がどうしてもレイルの合格を祝いたいって言ってたぞ!」みたいな感じ」


 レイルはルゥルの口調を真似しながら、コートを脱いで椅子の背もたれにかける。


「そうか」

「本当は、何か話したいことがあるんでしょ? 合格祝いなんてするタイプじゃないもの」


 お見通しだった。取り繕う意味すらなかったわけだ。


「昔の話だが、聞いてくれるか?」

「アタシも、子供の時に深くまで聞こうとしなかったから、今回はちゃんと聞くよ」


 『聞く』という発言に一番驚いた。何か心の変化でもあったのだろうか?

 私はテーブルの上で指を組んで、妻が死ぬ少し前の所から話し始めた。

 その間、ケーキと紅茶は手を付けてもらえず少し寂しそうにしていた。


 

「バカだね」


 それが娘の話を聞いた感想だった。あまりにもあっさりとしている。


「それで、何で今話そうと思ったの?」

「色々あるのだ」


 父親として恥ずかしくて、ルゥルに促されたからだとは言えない。

 レイルはフォークを手に取り、ケーキを小さく切って口に運ぶ。


「許してくれるのか?」

「は?」


 妙な空気が家中に流れる。そんなに変なことを言っただろうか?


「私のことを恨んでいるだろう?」

「話はわかったけど、だからといってお母さんが死ぬ時に、そばにいてくれなかったことは変わらないから」 

「そうか…」

「まぁ、おばあちゃんもうるさいし、なぜかルゥルが気を使ってくるのも気に食わないし、家には帰ってきてあげてもいいよ、って何その顔」


 思わず、嬉しい顔になっていたようだ。もう少し口角を下げなければ。


「なぁ、母さんが死んだ時のこと聞いてもいいか?」


 ケーキと紅茶を少しずつお腹の中に収めながら、久しぶりに父と娘の話は続いた。

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