試験の終わり

第22話

 二日後。試験の結果を伝えるために、私は国王室にいた。

 国王室なのだから、国王の部屋なのだが、この国には国王が二人いるので、実質勇者の部屋でもある。大剣だとか、アーマーだとかがあるのはそのせいだ。そんなに広くない部屋に、こんなかさばる物を置かれるのは迷惑である。一方、私は事務用の椅子に座り、自称おしゃれなティーカップで紅茶を飲んでいた。自称というのは、勇者に「趣味悪いな」と言われたからだ。紫色のぐるぐる模様。そして、そのティーカップを置く机も事務用だ。

 扉がノックされ、開けられる。ディアン先生が入ってくる。


「入ります」

「もう入っているだろう」

「そんなことより、結果は決まりましたか?」

「あぁ」


 私は机の上に置いてある紙を渡しながら告げる。


「エーリー・トーロン、マリン・ブルー、ルゥル・ブルー、レイル・バアルが合格だ。理由は用紙に書いてある」

「自分の娘だからってヒイキしてないでしょうね?」

「すると思うか?」

「すると思います」


 即答。ディアン先生の顔は真顔のまま一切変化しない。娘をヒイキするやつだと思われていたのか。


「してないからな! 全員筆記は合格済みだし、運動能力も問題ないだろう。今回は事件も発生したが、それでもよくやってくれた。足りない知識は追々覚えれば良い」


 ディアン先生は紙に目をやる。文字の羅列。


「読めません」

「そうだった。すまないな、ボイスレコーダー版のレポートをあとで用意しよう」

「まぁ、例年通り合格かどうかしか伝えませんし、今言っていただければ問題ありませんよ。で、リー・ハオさんとマクシミン・フォークスさんは?」

「ハオは自ら辞退したよ。整備士ではなく、医療の道へ行きたいそうだ」


 ディアン先生の表情が少し柔らかく変化する。


「よかったです。やりたいことを失うのは辛いですからね」

「うむ。二日前に会ったが、気力は失っていないようだったよ」


 二人で話をしていると、突然扉が開く。

 入ってきたのは、もうひとりの国王……とマクシミンだった。


「お、取り込み中だったか?」

「まぁな、毎年恒例の試験の結果だ。勇者は別に聞いても良いが…その後ろの…」


 勇者はよくぞ聞いてくれたと、満面の笑顔を浮かべる。


「紹介しよう! 俺の秘書のマクシミン・フォークス君だ!」


 何を言っているのだ、こいつは。


「職権乱用か?」

「ははは、冗談だよ。来週あたりにでも、マクシミン君と一緒にゼルコヴァに行こうと思ってな」

「なるほど、事件の元凶を探る協力者か」


 マクシミンはぺこりと頭を下げる。すっかり勇者に取り入られてしまったようだ。どんな手を使ったら敵だった者と仲良くなれるんだ? と思ったが、私もその勇者に取り入られた一人だった。


「マクシミンがいると、試験の話はできないな。俺たちは出るか」

「そうしてもらえると助かります」


 冷たい口ぶりからするに、ディアン先生はマクシミンのことを信用していないようだった。当然だろうな。一日二日で払拭できることじゃない。

 勇者は開いた片手を上げて、挨拶を示してから部屋から出ていった。


「と、いうわけだ。マクシミンは勇者に預けた。試験の結果は不合格だな。これで全員の結果は伝えられたな」

「えぇ、伝えてきます。が、その前に」


 珍しく、ディアン先生から緊張感が漂う。


「どうした?」

「マリンさんのことですが、研究員として引き抜きたいです。彼女の罠の知識は、魔獣保護にも使えそうですし」

「そんなことか、本人に聞けばいい。研究者についてはディアン先生にいつも任せているだろう?」

「しかし、一応、ダンジョン管理協会の人材のことですし」

「律儀な男だ。わかった。あとで手続きの書類も用意しておこう。了承を得られたら、マリンにそのまま書類を渡すと良い」

「ありがとうございます。では、伝えてきます」


 お手本のようなキレイなお辞儀をしてから、ディアン先生は結果を待つ者たちの元へ向かっていった。


 一人。静寂。すっかり冷めた紅茶をすする。美味い。


 一時間後だっただろうか、私が書類一式を用意していると、扉がノックされる。ディアン先生だと思い、軽い返事をする。


「入っていいぞ」

「魔王様、失礼します」


 それは、ディアン先生ではなく、ルゥルだった。表情は明るくない。合格した者の顔ではなかった。


「どうした? 不合格になったような顔をして。合格おめでとう、だろう?」

「ありがとうございます。って、その話をしに来たんじゃなくて、レイルの話です」

「長くなりそうだな」


 私は立ち上がって、壁に立てかけてある畳んである椅子を広げて、座れる状態にしてからルゥルの近くに置く。


「とりあえず、座れ」


 ルゥルは私に促されるままに椅子に座る。ギシギシと椅子が鳴る。流石安物。


「えっと、人の家庭の話に踏み込むのはダメだと思うんです」

「何を言っている?」


 いまいちわかっていない私の方を向いて、ルゥルは真剣な表情をしていた。


「ダメだとは思うんですが、聞かせてください。どうして、レイルに本当のことを話さないんですか?」

「本当のこと、とは何のことだ」

「試験中に話を聞いていて、レイルは魔王様のことを恨んでいる事に気付きました」

「うむ、それは正しい……と思う」

「子供の時、魔王様が助けてくれたことがあったじゃないですか」


 私は静かに頷く。あの時のことはハッキリと覚えている。


「あの時、もしかして魔王様はレイルを探しに来てたんじゃないんですか? そして、そのことをレイルには伝えられずにいる。違ったらごめんなさい、このまま帰ります」


 何を言うべきか、何から言うべきか、私は考えていた。私が言うことを考えて黙っている間も、ルゥルは私のことをしっかりと見ていた。


「違わない。大体そのとおりだ。しかし、伝えられずにいるのではなく。伝えても言い訳にしかならないから伝えていないだけだ」

「真実は言い訳じゃないですよ。マクシミンさんのことでさらに強く思いました。恨むことって行動力にもなるけど、心も体もとても疲弊することなんだって。レイルにその恨むということをさせないでください!」


 ルゥルの言葉はどんどん語気が力強くなっていく。


「しかし、情けない話だが、どう話しかけていいかわからないのだ」


 私は、自分の娘の仲間に何を話しているのだろう?


「オレで良ければ、レイルと話せるように手伝います! しっかり話してください。誤解なんだから絶っ対わかってもらえます!」

「他人の領域に堂々と正面から入ってきて、手助けしようとする所は勇者そっくりだな」


 そう言って、私は意識的に口角を上げる。


「そうだな。そろそろ向き合わなければいけないのだろう。良ければ、今日の夜、実家に帰るように言ってくれないか?」


 当然のようにルゥルは頷いて、笑顔で応答してくれた。

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