第21話
管理室のドアが開く。私は椅子から立ち上がって、真後ろのドアの方向を向く。
「連れてきたぞ」
勇者はマクシミンを米俵を担ぐような、肩に乗せる持ち方をしていた。
「下ろしてやってくれ」
マクシミンが、勇者の束縛状態から解放される。私の方を見て恨めしそうににらむ。当然だろう。
「まず、マクシミン氏には詫びなければならない。すまなかった。」
私はしっかりと頭を下げる。
「お前が謝っても……」
泣きそうな声だった。
「謝っても妻は戻ってこない。だろう? 君の妻は、私と勇者との戦いの時に、魔族側の兵士に殺されたのだろう?」
「そうだったのか。俺のせいでもあるわけだな」
勇者がつぶやく。
私は頭をようやく上げて、マクシミンの顔を再度見る。地の底から湧き上がるような怒りの表情だ。
「お前らが戦いさえしなければ、魔族さえいなければ、死ぬことはなかったんだ!」
「言い訳のしようもない。私を恨むのなら恨んでくれ、でも、娘を狙うのはルール違反だ。あの子は何も知らないのだ」
「何を言うのだ? それを言うならワタシの妻も何も知らなかった! 勝手に戦いを始めて、勝手に巻き込みやがって!!」
拳が飛ぶ、私はそれを避けずに顔で受ける。視界が揺れる。
「おい、やめとけ」
勇者がマクシミンの二撃目の拳を掴んで制止する。
「同じ痛みを味あわせてやりたかったのだ! お前の娘を殺して!」
「すまなかった」
「何故謝るのだ……。恨ませてもくれないのか……」
謝ることしか出来ない私の代わりに、勇者が一度口を結んでから話し始める。
「あの戦いの後、コイツも病気で妻を亡くしてるんだよ。だから、謝るしかないんだ。人の痛みなんてそれぞれ違うし違って当然だけど、似た痛みを知ってるから、適当な言葉を紡いだだけじゃ意味がないことがわかってるんだと思うよ」
フォローはありがたい。だが。
「勇者はこう言ってくれているが、単純に私の罪だとわかっているからだ。あの戦いで、人族も、魔族も、たくさんの人が亡くなってしまった。差別に対し暴力で返してしまった。罪滅しとはよく言うが、罪はなかったことにすることなどできない。永遠に持って生きていくのだ。だから、謝ってるだけだ」
「まぁ、それは人族も同じだけどな……」
私と勇者の話を、マクシミンは地面を見つめながら黙っていた。
マクシミンがぽつりと言葉を漏らす。
「ワタシも最初は復讐など考えていなかった。恨んではいたがな。
ある日、ゼルコヴァから魔力を強制的に送り込むガントレットが届いた。一緒に入っていた手紙には『魔王がまたも人族を脅かすことを始めようとしている』というようなことが書かれていた。それで、妻の事を再度踏みにじられたような気がして……。
でも、ワタシには、目の前の魔王がそんな奴には見えない……」
「バカな。脅かすどころか、俺と魔王でようやくこの国の魔族差別を無くしたばかりだぞ」
勇者の声に怒気がこもる。その怒りの声に反論するように、マクシミンが弱々しい声でつぶやく。
「差別を無くしても、差別の種火はずっと人の心にくすぶっているものだ……」
確かに。そうかもしれない。
「あそこは昔から、人族しか住まない魔族排斥国だ。そもそも最初に魔族差別運動を始めたのは、あの国だったはずだ。私の父が魔王だった時代から、ゼルコヴァといえば魔族差別国だというのは有名だった」
だからといって、ゼルコヴァを力で叩き潰せば、マクシミンのような被害者が増えるだけだろう。二度も同じ過ちを犯すわけにはいかない。どうしたものか。
「なるほど……ワタシは利用されただけか……」
マクシミンは言葉を途切らせながら、かろうじて発言を続ける。
「あぁ……この何も成し遂げられずにいる気持ちはどうしたらいい?」
唐突に勇者がマクシミンを抱きしめた。私はその行動に驚いて、後ずさりする。
「俺も、すまなかった。もっと戦いを少なく出来ていたら、もっと早く魔族のことを知っていればこんなことにはならなかった。差別にばかり目を向けていたが、あの戦いで喪われた命にもちゃんと目を向けなきゃいけなかったんだな」
マクシミンは鬱々とした表情のままで、「変な国王様たちだ」とつぶやいてから、目を閉じた。
「おい、大丈夫か?」
急にマクシミンの体重が全部乗っかってきたので、勇者は驚く。
「気絶してるようだ。人族なのに魔力を扱う道具を使ったからだろう。よく今まで意識を保っていられたくらいだ。私が病室に連れて行こう」
医療班に案内された病室には、二つのベッドがあった。一つはきちんと整っているベッドで、もう一つは、
「あっ、マクシミンさん?」
初日の試験で一緒だったリー・ハオだ。酸素マスクをしているが、意識は取り戻したようだ。
「む、部屋を変えるか」
私は思わず事件のことを思い出し、配慮しようとしたが、
「いや、同室でいいですよ。もう、大丈夫なんでしょう?」
「おそらく、だが」
「この人、僕のこと攻撃する前になんて言ったと思います? 『許してくれ』ですよ。何かあるんだろうなって思ってました。まぁ、まだめちゃくちゃ痛いですけど」
眉をハの字にしながら、自分の包帯でぐるぐるの腹部分を指差す。
「だろうな。彼は私の娘以外の受験者を巻き込むことをためらっていたようだったからな」
だからこそ、マリン、レイル、エーリーが揃った時の諦めが妙に早かった。勝手な想像だが、そういうことだったのだと思う。
私が、ベッドにマクシミンを寝かして、部屋を出ようとすると、「ちょっと」とハオに呼び止められる。
「魔王様、今回の試験はどうなりました? あと、僕の試験ですけど…」
ハオの話を聞いてから、私は試験の話だけをかいつまんでハオに話し始めた。
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