第20話

「ほらほら、あとは目隠しだけだから、しゃがんで」


 エーリーに目隠し(上着を結んでもらった)と、耳栓(布を丸めた簡易的なもの)、鼻栓(これまた布を丸めた簡易的なもの)をしてもらう。


「ここまでする必要あるか?」

「できるなら触覚も遮断したかったね」


 エーリーは笑顔で怖いことを言っているが、目隠し耳栓されているルゥルにはその恐怖は見えない。


「あとは、目を閉じて、深呼吸して、敵の動きにだけ意識を集中するだけ……みたいなことを聞いた気がするけれど、ボクはやったことないからわから……」


 簡易耳栓でも聞こえるように大きな声で話している途中で、ルゥルが目の前から消えたような気がした。実際にはその場にいるのに、いない感覚。

 私は、エーリーも感じたこの感覚を知っている。勇者と戦った時の…。


 紫電のようにベヒモスの腹の真下に、移動していた。


 そこから短剣が放つ円形の閃光。


 ベヒモスの前足の後部、後ろ足の前部から、血が吹き出す。


 バランスを崩し、ベヒモスは倒れ込む。


 目隠しをしたレイピア剣士はベヒモスの頭の上に乗っていた。


 体勢を崩しつつも、ベヒモスは巨大な鼻を振り回そうとするが、その鼻をレイピアで串刺しにされる。

 ベヒモスは痛々しい鳴き声をあげる。レイピア剣士の串刺し追撃は止まらない。

 徐々にグロテスクな見た目になっていくベヒモスを見て、レイルも、マリンも、エーリーも、彼を止めてあげたいが止められない。

 三人ともに一歩でも動けば、レイピアの餌食になる恐れがあったからだ。ピクリともできず、いつの間にか、息すら潜めていた。

 その残忍な光景に、遠くから近付く人が居た。ディアン先生だ。

 レイピア剣士とは真逆の、気配をあえて残す動作だった。そこまで早くないのに、ディアン先生の移動には残像が見える。

 やがて、レイピア剣士もそれに気付いて、電光石火。突き刺しにかかる。


「困りましたね。今回の試験はトラブルばっかりで」


 ディアン先生は刀を素早く抜き、レイピアを右にいなす。


「全然、試験になってませんね」


 前のめりになったレイピア剣士の顔めがけて刀を振り上げる。

 レイピア剣士は少しも傷つかず、はらりと目隠しは地面に落ち、動作が止まる。


「おはようございます。ブルーさん」

「え? あ! お、おはようございます」


 突然の大きな声の挨拶に、耳栓と鼻栓を取りながら普通に挨拶してしまう。その様子を見て、息を止めていた三人はようやく力が抜ける。


「やりすぎですよ。魔獣は生き物なので、安易に殺さないように」

「そうは言われても意識がなかったもので…」


 ぐったりとしているベヒモスにディアン先生は近付き、両手を合せる。なむあみだぶつだとか謎の呪文を唱えている。ディアン先生の国の宗教か風習か何かだろう。


「死んでしまったのはしょうがないですね。後世のためにも、あとで研究室に連れていって、調べさせてもらいましょう」


 これは宗教とかではなく、単なる魔獣研究者の探究心である。


「こんな大きいの運べるんですか?」


 すっかり地面とお友達になったエーリーが、伏せた体勢のまま顔を上げ尋ねる。


「持って運べますよ。けど……」


 負傷者三名。立ち尽くして棒になっている一名。それぞれ目で確認する。


「君たちを運ぶのが先ですね。そこの棒立ちさん。動けますか?」


 呼ばれたルゥルは、棒立ちのまま動けないようだった。


「い、いやぁ…あはは、体が動かせません」

「無理矢理、筋肉のリミッターを外した反動ですね。鼻栓をした間抜けな見た目からは想像もできない、剣豪レベルの動きでしたからねぇ……ビックリしました」


 全然ビックリした様子はなかったので、四人共に心の中で「絶対ウソだ」と思っていた。


 親猫が子猫の首根っこをくわえて運ぶかのように、右手にはエーリーとルゥル、左手にはレイルとマリン、それぞれの服の背の部分を掴んで持ち上げて、入り口まで運ばれていった。四人ともに運ばれ方には不満そうな表情をしていた。



 入り口には、勇者が手配した医療班が到着していて、そこで簡易的な治療を受ける。


「派手にやりましたね」


 と医療班に言われていたのは、エーリーとレイルだった。二人は申し訳無さそうに治療を受けた。


 医療班がいると言っても、ここは砂漠の真ん中なので、運ばれて街に戻った頃には夜になるだろう。

 その前に、私…いや、私たちがやるべきことがある。

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