第19話

 さて、困ったものだ。マクシミンは入り口にワープしていた。このまま逃げるつもりだろう。

 私は、さっき自分で投げた机の奥にいってしまった電話を自分で拾う。間抜けだ。

 勇者に電話をかける。


「カエルム。お前、今どこにいる」

「俺一人なら、もうダンジョンに着く。医療班の二人ことを言ってるなら、まだまだかかるが」

「やけに早いな……まぁ、予想通りではあるが」


 やはり超人代表勇者、これくらいしてもらわなくては困る。


「マクシミンが逃げようとしている」

「うん。今、捕まえた」


 電話の奥で、マクシミンの「離せっ」という声が聞こえてくる。相変わらず仕事が早い。早すぎる。


「マクシミンと話がしたいのだが、中央管理室まで連れてきてくれないか?」

「わかった。内部の様子はどうだ? 俺の助けはなくても大丈夫なようなら、このままそちらに向かうが」


 私は全部の画面を確認する。


「マリン、レイル、エーリーの近くに大きなベヒモスがいるようだが、ルゥルが近くまで来ていて、合流しそうだから大丈夫だろう」


 勇者が、不安そうな声で「あー……」と前置きする。


「ルゥは、ベヒモスにトラウマあるからな、少し心配だな」

「あの事件か。うぅむ」


 私は腕を組んで、少し考えて、


「マクシミンはボコボコにしたか?」

「人聞きの悪いことを言うな。無傷で捕まえた。今も話せるぞ」

「電波妨害装置について聞いてみてくれないか?」

「了解。ちょっと待て」


 電話口の奥で、話しているのが聞こえる。時折、壁を殴る音が混ざる。脅迫だ。勇者怖い。


「ジャミング装置はマクシミンが持ってたよ」

「ふむ、やはりな。装置の電源を落としてくれ。あと、ダンジョンフォンは持っているか?」


 私の作戦は、ダンジョンフォンでディアン先生と連絡をとってもらうことだ。勇者のいる場所なら、ダンジョン内の電波が届くはずだ。


「あぁ、ディアン先生に伝えるのか? 今繋ぐ。伝えるから用件を言ってくれ」


 察しの良さにいまさら突っ込まない。私は画面に目をやる。入り口付近で震え縮こまっているマクシミンが見えたが、それは置いておいて、大事なのは五人の位置だ。

「じゃあ言うぞ」と、勇者に覚える準備を促す。


「ディアン先生、もうマップが使えるはずだ。マップを開いて、一番東にいるのがディアン先生の現在置だ。四人は、そこから西に向かって開けた所の北側、少し奥にいる。問題は開けた所のベヒモスだ」

「ちょっと待て待て、東とか西とか北とか、俺の知能指数なめんなよ! 一度伝えるから続きは後でだ!」

「いや、今のを伝えてくれれば、ディアン先生ならわかるだろう。それじゃ、マクシミンを逃さないように頼むぞ」


 私は、電話を切って、カメラの映像に集中する。



 勇者は何とか、ディアン先生に伝えてくれたようだ。ディアン先生がカメラの方を見て、指で丸を作って合図をくれた。


 問題は、ディアン先生が間に合うかどうか。だが、その心配はする必要がなくなった。悪い意味で。


「嘘でしょ?」「気付かれちゃったね」


 とは、レイルとエーリーの言葉だ。そう。ベヒモスに気付かれてしまったのだ。ゆっくりと、三人の居る方へ歩いていく。ディアン先生は間に合わなかった。


「流石に、アレは倒せないかなぁ…」


 マリンの表情から笑みは消えていた。

 ベヒモスとは反対側の通路から、誰かが走ってくる音が聞こえる。三人同時に、一人の人物を思い浮かべる。


「兄ちゃんなら!」「ルゥルなら!」「ルゥ君なら!」


 顔を見合わせて、いいアイデアが思いついたかのように発言する。

 そのルゥルがやってくる。ルゥルは三人の顔を見て安心した顔をしたが、その後ろのベヒモスを見てその顔は凍りつく。


「お、おい! 何してんだよ! 逃げろよ!!!」


 あまりの動揺の仕方にレイルとエーリーは訳のわからないといった感じで居たが、マリンはもしかしてと、ハッと気付く。


「兄ちゃん、もしかして」


 ルゥルの足が震えだす。妹の足を踏み潰されたグロテスクな映像。身体的な被害が一番大きかったのはマリンだが、気絶してしまっていたマリンは詳細を知らない。心理的被害が一番大きかったのはルゥルなのだ。


「どういうことだい? というか逃げるって、ボクはもう走れそうにないんだが」

「アタシは少しなら走れるけど、何? どうしたの?」


 ルゥルはひざまずいて、地面を見ながら、


「ベヒモスだけはダメなんだ、怖いんだ。あいつの強さとか、そういうことじゃなくて、体が拒否してしまって」

「嘘でしょ?」

「嘘でこんなこと言うと思うか?」


 水がなくなってしおれているかような、力のない反論だった。その声を聞いて、レイルは本気で言っていると理解する。


「じゃあ、どうするの?」

「エーリーは……置いて……逃げるしか」


 素早い判断が必要だとはいえ、自分でも最低な発言だと思って言っている。当然、マリンとレイルがルゥルをにらみつける。しかし、


「確かに、それが一番良い判断だろうね」


 淡々とした口調で、エーリーが同意する。


「アンタ本当にそれでいいの!!? また失うことになるのよ!!?」


 レイルがルゥルの胸ぐらを掴んで、激しく揺さぶる。ルゥルは力なく、グラグラと頭が振れる。


「今のアンタなら勝てるわ!! わかってるでしょ!?」


 ベヒモスがもう、すぐ近くまで来ていた。

 ルゥルを地面に放り投げて、


「もういいわ、アタシがやる! アイツの魔力を抜ければ……」

「無茶だ! そんなことできるのは魔王様ぐらいだ。いくら、娘だっていっても」


 魔獣の魔力を抜くことは、通常の魔族ではできない。私も、私の父から教わって、初めてできたことだ。元々は、昔からの伝統というか、魔王に逆らう魔族を生み出さないために一子相伝だったのだが……。当然、私はレイルに教えていない。

 レイルは、力強い足取りでベヒモスに近づいていく。その後ろに、マリンが走って駆け寄る。


「私も手伝う。エリーを失うのは嫌だもの。私が気を引いておくから、その間にレイちゃんが」

「いいの? 危険な役目よ?」

「一番危険なのは、ベヒモスに触れなきゃいけないレイちゃんでしょ?」


 ここぞとばかりに、マリンはやはり微笑む。


「また、アナタはそうやって微笑んで……」


 レイルは半分呆れながらも、大きく頷いて応える。


「行くわよ」

 


 大きな刃物のような白い牙に、マリンが衝撃感知の爆弾を投げつける。狙い通りに牙に当たって爆発し、灰色の煙が上がる。しかし、無傷だ。

 煙が上がっているその間に、マリンは相手の背後に走る。ベヒモスが義足の目立つ足音を捉えて、向いている方向をドスドスと足音を出しながら変える。


--よし、上手くいった


 マリンの狙いは、自分をターゲットにすることと、エーリーとベヒモスとの距離を、できるだけ離すこと。

 ベヒモスの一歩は、大きな一歩だ。必至で走るが、マリンはすぐに追いつかれてしまった。


「も、もう無理! レイちゃん!」


 合図と共に、ベヒモスの背後近くにある鍾乳石に隠れていたレイルが飛び出る。

 ベヒモスの尻尾を掴む。

 違和感を感じたベヒモスが尻尾を振る。

 宙に振り回されながら、目を閉じて、魔力を抜くことに集中する。


「お願い……」


 レイルがつぶやいた時、一瞬だけ魔力が自分の中に巡るのが感じられた。ベヒモスの牙がほんの少しだけ丸みを取り戻している。


「レイちゃん! できてるよ!!」


 ベヒモスは苦しみで、今までの比ではない暴れ方をする。細かい石や、水がボタボタと降ってくる。天井が崩れそうだった。さらに、尻尾を壁にぶつけ、レイルを壁に叩きつける。


「ぐっ」


 背中とお腹に激しい衝撃。胃の中身をすべて吐き出しそうになり、寸前でグッとこらえる。離してなるものか、と自分を鼓舞して。



「クソッ!! どうしたらいいんだよっ!!」


 レイルがやられる姿。ルゥルは震える足を恨めしくにらむが、何も出来ずにいた。


「ルゥ君。ルゥ君。」


 そこへ、エーリーが地面を這いつくばりながら近付き、呼びかける。しかし、気付かない。


「ルゥ!!!!!」


 刺々しい叫びにルゥルは、ようやくその方向へ目をやる。


「昨日、君はボクに言ってくれたね。ボクはボクだ、って。その言葉をそのままルゥ君にもあげるよ。ルゥ君はルゥ君だ。ボクたちは何かの枠に囚われるべきじゃないんだ、わかるだろう?」

「だからって、どうしろっていうんだよ! 手も足も震えてるんだ! 今だって怖くて…戦争で死に慣れたエーリーにはわからないんだ!」

「慣れるわけないだろう!」


 エーリーが、ひざまずくルゥルの頭を両手で掴んで、強引に目線が合わせる。


「失う痛みはいつだって激痛だよ!! このままじゃ君は、また激痛を味わうことになるんだぞ!」


 ルゥルの目から涙が溢れ、黙ったまま唸るように嗚咽する。


「一つ、バカみたいな作戦があるんだ。聞いてくれるかい?」


「う”ん」と涙声で返事をすると、エーリーがルゥルの目を両手で隠す。


「目隠し作戦だ」

「え?」


 涙を拭いながら、両手を離す。目の前の顔は、冗談で言っている顔ではない。


「怖いものは怖い。じゃあ見なければ良いんだよ。五感をできるだけシャットアウトしよう」


 ルゥルには意味がわからなかった。驚きで涙も引っ込む。


「見ずに戦えって……言うのか?」

「昨日のアリを倒している時のルゥ君は、敵を見ずに倒していた。ボクの予測では、君はもう無意識に戦える領域にあるんだと思うんだ」


 信じられない言葉だった。けれど、確かに昨日のシロアリ戦の記憶ないということをルゥルは思い出す。


「さぁ、時間がないよ。どうする? やるかい?」


 レイルもマリンも、ボロボロでもまだ戦っていた。しかし、相手に有効打を決められず、二人ともにもう意識がいつとんでもおかしくない状態だった。


「やれると思うか?」


 口にだけ笑みを浮かべて問う。

 不安そうな問いの答えは、イタズラな笑みで返される。


「何なら胸でも触るかい?」


 その冗談に、ルゥルは歯を見せて涙をこぼしながら笑う。


「はははっ、もうその話は勘弁してくれよ」

「そうだな~……みんなで生きて出られたら許してあげる」 

「じゃあ、生きて帰らなきゃな」


 ルゥルは立ち上がり、覚悟を決めた。

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