第18話
レイルと、エーリーの二人は、ふらつきながら赤い恐竜から逃げていた。足元にも鍾乳石。天井からも鍾乳石。足場も悪く、頭上にも注意を向けなければいけないので、逃げるのには適していない。
「逃げ切れる算段はあるの?」
「ないね!」
頭上の鍾乳石を避けるために屈みながら余裕なく微笑むエーリー。それを見て呆れるレイル。しかし、戦って勝てる気がしないのは二人の共通認識だった。とにかく逃げるしかない。大きな足音を立てながら、確実にドレイクは距離を詰めてくる。その後ろにはツルツル頭の男。
「あっ! もうっ!!」
足が石に引っかかって、レイルがその石に怒る。エーリーが即座にレイルの手を握ってアシストする。
逃げていると、大きく開けた場所に出た。鍾乳石は相変わらずあるが、人の身長の五倍以上は高さがある。それだけでも大分違った。
「助かったね」
エーリーが少し笑顔を見せ、レイルの方を向くが、レイルの顔はこわばっていた。
「ちょ、ちょっと…アレ」
指を指す先には、巨大な鼻と刃物のような牙。装甲をまとう大きな足。魔獣のベヒモスだ。まだ、こちらに気付いていないようだった。
「前門の象、後門の竜とかいうやつだね」
「それはちょっと違うと思うけど」
絶望的な表情でもエーリーは冗談を言った。手詰まりだった。どちらも強力な魔物と魔獣だ。
「死ぬ……ね」
「どちらか倒さなきゃね」
レイルは諦めていなかった。どちらが倒せるかといえば……
レイルはドレイクのほうへ踵を返す。
「やるのか?」
「まず、ベヒモスはまだこちらに気付いてないわ。挟み撃ちは、今の所起きない。今の所、ね」
「挟み撃ちされたら終わりだろうね。仮にベヒモスとドレイクを戦わせることができたとしても、巻き添えを食うことは必至だ」
「そうよ。だから、やるしかない」
レイルの、ただでさえ凛とした目つきに、さらに力強さが加わる。それを見てエーリーも、覚悟を決める。
「地獄まで付き合うよ」
レイルはドレイクに全速力で駆け寄る。ドレイクは駆け寄ってくる物を視認して、鋭い爪を振る。ギリギリでレイルはそれを横に飛んで避ける。爪は鍾乳石に当たりバラバラに砕けた。
爪が避けられたのを確認したドレイクはそのまま大口を開けて、レイルを噛み砕こうと体勢を低くする。
「今よ!」
地面から伸びた背の高い鍾乳石を足場で待機していたエーリーが、ドレイクの背中に飛び移る。
背中から頭に上り、頭に靴の先を押し付ける。
「流石に両足ゼロ距離射撃なら、君も無事じゃないだろう」
洞窟内に響く連続した銃声。靴銃の反動で、エーリーがドレイクの頭から転げ落ちる。レイルもその隙にドレイクから距離を取る。
ドレイクにつけた傷はかすり傷だった。
「そんな……」
ぽっかりと口を開けたまま、二人は立ち尽くす。ドレイクの背後から笑い声が聞こえた。
「その程度で倒せるわけがないだろう。いい加減諦めたらどうだね」
マクシミンは悲しい表情をしたまま、笑っていた。
ドレイクは再度口を開けて、レイルの方へ襲いかかる。
二人とも、もう動けなかった。気力も、体力も尽きていた。
そして、ドレイクの口が閉じられようとしたその瞬間。
ドレイクは霧となって消えた。
「何だ!?」
マクシミンは何が起きたのかわからず、辺りをキョロキョロと見回す。ドレイクに攻撃は与えられてなかったはずだった。
奥の方から足音が聞こえる。揃った足音ではなく、義足の足音が混じっている。
しばらくして、ようやく姿が見える。
「間に合った? 良かったー!」
「マリン!」「マリー!」
青い髪の眼鏡の女の子は、優しく微笑む。
そんな微笑みも見ずに、マクシミンは疑問をぶつける。
「何をしたッ!!?」
「わからないの? ダメでしょ、召喚陣の勉強はちゃんとしなきゃ」
筆記試験満点のマリンは、人差し指を立て、なおも微笑む。
「問題。魔力の入っていない陣を改変できるのは何族でしょうか?」
マクシミンは自分の誤ちに気付く。最強のドレイクを召喚するということは、召喚陣の魔力を全部使う必要があるという欠点があることに。無理やり魔力を注ぎ込んだとしても、余剰魔力分は巨大化に使っているのだから、どちらにせよ陣は空っぽになる。
空っぽになった陣は、人族ならば消すことも書き換える事も可能だ。
「ハハハ……まさか君に足を引っ張られるとはな……流石に予測していなかった」
彼の目の中に闇が灯る。悲しみとも、安堵とも思える表情。
「三人相手は分が悪い。今回は諦めるとしよう」
言葉の終わりと同時に、何故かあっさりと諦めたマクシミンは光となって消えた。再度ワープしたのだ。
「逃げるために、持ち運び用のワープ装置まで用意してたのね」
レイルは、ようやく危機から解き放たれて、横になって寝転がる。
「大丈夫かい?」
そう言っているエーリーも、足がボロボロだった。おそらく、骨折しているだろう。至近距離で銃を撃つということは、それほど危険なことである。
マリンが、二人の応急処置を始める。
「すまないね、マリー」
「困ったときはお互い様、でしょ?」
またもや、『大丈夫!』といった感じで微笑むので、レイルとエーリーも微笑む他なかった。
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