第17話

 鍾乳洞。土が湧き出て、時間が止まってしまったかのような風景だ。地面も、天井も平らな部分がほぼない。


「マクシミンさん!!」


 運悪く、マクシミンの元に飛ばされたのはルゥルだった。


「君か……巻き込んですまないな」


 ツルツルの頭を触りながら、マクシミンが砂でも噛んでいるような、不快感の溢れた顔をしている。

 謝る言葉が出てきたので、ルゥルにはマクシミンが何をしたいのかわからなくなってしまった。


「何が目的なんですか? どうしてわざわざ筆記試験を合格してまで…」

「復讐だよ。話した所で、君たち世代にはわからない話だ。ルゥル君と、マリンさんは巻き込みたくはなかったが……仕方ない」


 マクシミンはいかついガントレットを腕に装着していた。

 そして、彼の足元にわずかにある平らな部分には召喚陣。星の形をしていて、星の中心には炎の紋様が描かれている。色は白色だ。魔力が入っていない。


「自然ダンジョンで召喚陣は意味がないはずでは?」


 人工ダンジョンはダンジョン全体に魔力の流れができているのだが、自然ダンジョンはムラがあり、魔力が強い所と、弱い所の差が強く、召喚陣には向かない。

 はずだった、彼のガントレットさえなければ。

 マクシミンはガントレットで召喚陣を殴りつける。魔力が注入され、召喚陣に赤色が宿る。

 召喚陣からは、ドレイクという恐竜の姿の魔物が強制的に生み出される。赤い恐竜の鱗に、鋭い牙と爪、口からは煙が出していた。さらに、魔力を強制的に送り込んだからなのか、大きい体だ。龍のように翼がないのだけが救いか。


「それで初日の試験の、スケルトンも?」


 ルゥルが話しかけても、もうマクシミンは反応を示さなかった。


「やるしかないのか」


 仕方なく、ルゥルは腰から細い剣、レイピアを抜く。すると、マクシミンの目が少しだけ見開く。


「大剣使いじゃなかったのか」


 小声だったが、地下深くにあるこのダンジョンでは、十分聞き取れる音量となってルゥルの耳に入る。


「オレはウェポンマスターを目指して訓練してたんだ。刃系統は大体使える」


 次の一瞬、レイピアがドレイクの目玉を突き刺した。雷でも襲ってきたかのような速さだった。ドレイクは条件反射で、襲ってきたルゥルを切り裂こうと、啼声をあげながら爪を振り下ろすが、ルゥルはレイピアを差していた方とは逆側から短剣を取り出し、攻撃を横へ受け流す。そして、レイピアを抜き、素早くバックステップで間合いを取る。


「君が最初だとは、ワタシも運が悪いな」


 マクシミンが低い声で独り言をつぶやく。そう、口にしてはいるが、彼の心の中では目的を諦めてはいなかった。


「仕切り直そう」


 そうつぶやいて、マクシミンが後ろに一歩下がると、彼はワープして消えてしまった。


「マジか。ドレイクは置いてけぼり?」


 すぐに追いかけたかったが、ドレイクと地形が邪魔して、追いかけられなかった。それに、仲間たちがドレイクと鉢合わせするのも避けたいと思っていた。

 ルゥルは全身戦闘モードに入る。

 連突。刃の雨がドレイクを襲う。ギャアギャアと鳴くドレイクに、小さく「ごめん」と言って、最後の一撃で、ドレイクの首にレイピアが突き刺さる。

 ドレイクは黒い霧になって霧散していった。

 マクシミンと鉢合わせてから、ここまで、あっという間の出来事だった。


 念の為に、ドレイクの召喚陣に短剣で傷をつけて、機能を停止させる。その後すぐに、マクシミンが消えた場所へと走って、その場所に立ってみるが、何も起こらない。


「使い切りワープかぁ」


 ルゥルは気の抜けた声を出し、地団駄を踏んだ。



 レイルはワープ後、すぐにエーリーと合流していた。


「ダンジョンフォンの通話が使えないのは痛いね」

「アッカは大きなダンジョンだから、本当に困るわ」


 二人は腹ばいになって狭い隙間を通る。顔の横で、水がぽたりぽたりと一定のリズムを刻むよう落ちる。


「はぁー、少しは開けた所に出たわ。エーリー大丈夫?」


 先を進んでいるレイルが、後ろを向いて声をかける。


「問題ないよ。外に出るのも大事だけど、安全第一で頼むよ?」

「わかってる。ところで、これって試験中なのかしら」

「まさか! こんなイレギュラーな事態で試験なんてしないよ」


 私が一応行動を見ている。というのは二人は知らない。


「アタシの父親のことだし、わからないわよ」


 酷い言われようだ。私は相当嫌われているな。

 エーリーは下唇を一回噛んで少し黙る。


「余計なお世話だとは思うけど。どうして嫌っているかは知らないが、生きているならきちんと話すべきだよ」

「ほんと……」


 本当に余計なお世話、と続けて言いたかったが、エーリーの生い立ちを聞いているので言い返せなかった。


「ボクにはもう、遠い親戚すら存在しないからね。血の繋がりに大きな意味があるとまでは言わないけれど、レイの場合はちゃんと話し合ってないだろう?」

「あ、アタシの話はいいわよ。そんなことより…」


 瞬間。エーリーの背後に光が湧く。そして、人影。


「エーリー!! 後ろ!」


 素早い判断だった。エーリーは半回転して、レイルのほうへバックステップする。

 光から出てきた人影は、マクシミンだった。ルゥルの場所からワープしてきたのだ。無論、レイルとエーリーはそんなこと知らない。


「ふむ、今度は運が良いようだ」

「アンタ、何言ってるの?」


 言葉をかけながら、二人は戦闘態勢になる。レイルは杖を取り出し、エーリーは足の位置を整える。


「貴様ら魔族のせいで…」


 そこまで言って、マクシミンはガントレットの指先を器用に使い、ドレイクの召喚陣を素早く地面に描き始める。


「動くな!」


 不気味さを察知して、エーリーが靴銃を撃ってけん制する。しかし、マクシミンは止まらない。陣は五割ほど描き終わっていた。訓練を積んでいるのだろう、相当に早い。


「させない!!」


 レイルがマクシミンに杖で襲いかかる。


「そんなものでッ」


 マクシミンが叫びながらガントレットを装着していない方の腕で、レイルの腹部を殴り飛ばす。レイルは大地に叩きつけられ、転がる。エーリーが咄嗟に靴銃を今度は当てるために撃つ。

 銃弾はマクシミンの頭をかすめる。血がにじむ。


「今の一発で殺せなかったのは、運が悪かったな」


 召喚陣は完成してしまった。マクシミンはそのままの勢いでガントレットで召喚陣を殴りつける。

 再度のドレイクだ。二人にはドレイクの鱗の赤色が、禍々しい赤に見えた。


「ド、ドラゴンだ。人の力で召喚できるのか……」


 エーリーの脳内で、戦争で培われた本能が『逃げろ』と叫んだ。

 倒れているレイルの方へ、即座に駆ける。


「レイ! 意識はある!? 逃げるよ!」


 怒鳴るように言った。エーリーのあまりの形相に、レイルも慌てて立ち上がる。


「何よ!?」

「今、ダンジョンに居るメンバーで、アイツに勝てるのはディアン先生か、ルゥ君ぐらいだ! ボクらじゃ無理だ!」


 慌てふためいて逃げるレイルとエーリーを見て、マクシミンは不気味な笑みを浮かべていた。

 私は、ここでようやくマクシミンの狙いに気付いた。

 マクシミンの一番の狙いは”私”だ。

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