第16話

 最後の試験を受けるために五人は砂漠に居た。辺り一面が砂だ。


『コノママ・マッスグ・デス』


 ディアン先生の持っている携帯端末(※地上なので、ダンジョンフォンではない)が機械音でダンジョンまでの道のりをナビゲートしてくれる。 


「まっすぐ進んでるかどうかも、わかんないんだよなぁ…」


 ルゥルが地面を見つめながら、ポツリと漏らす。


「すいませんね。僕は文字が読めないので、携帯端末で直接見て調べたりはできないんですよ」

「いや! 先生に言ったわけじゃないんで! 」


 ディアン先生はディスレクシアだ。読字障害かつ書字障害である。ダンジョン管理協会では当たり前のようにみんな知っている。ルゥルがそれを知ったのは、マリンからである。


「マップも読めないんですか?」


 エーリーが遠慮なく尋ねる。ディアン先生の場合は遠慮するほうが失礼に当たる。


「僕の場合は、記号や文字を見ると元気に踊ってますね。マップは…マップによりますが…簡易なマップなら時間はかかりますが、読み解くことが可能です」

「ダンジョンのマップとかはどうしてるんです?」


 エーリーの質問に便乗して、レイルも質問する。要するに、辺り一面が砂なので、皆暇なのである。


「この国のダンジョンはすべて内部に入ったことがあるので、頭の中にマップが入っています」


 ウィロウ大陸のダンジョンの総数は二十四である。その全部に入って、トラップなどを含めすべて頭に入っていると言っているのだから、受験者の四人は驚いて黙ってしまった。

 砂。砂。さらさら。風すら吹かない。

 砂漠は過酷なイメージを持つものが多いが、この日は、水は各自水筒を腰からぶら下げている上に曇り空。黙っていると五感への刺激が単一で少し眠くなるほどだ。


「じゃ、じゃあ研究はどうしてるんです?」


 マリンも会話に努める。


「ボイスレコーダーですね。論文は音声化して機械に読んでもらいます。文字から逃げたことで理解できないだけで、逃げずに勉強してたら、文字を読むということは出来なくても、文字を理解することはできてたかもしれませんね」


 そういうこともあって、普通の所では雇ってもらえなかったと私は聞いたことがある。若い研究者だが、たくさんの苦労があったのだろう。


「す、好きな食べ物はなんですか!?」


 いよいよ、ディスレクシアが関係なくなってしまった。ルゥルの素っ頓狂な質問に、ディアン先生はにやりと笑う。彼が笑うのは珍しい。


「試験最終日だというのに、皆さん緊張感がないですね。ちなみに食にはあまり興味がありませんが、辛い物以外は食べられますよ」

『モクテキチマデ・アト・イチ・キロ・デス』


 目的地は近いはずなのに、ダンジョンの入口は見えない。砂漠の砂丘が邪魔で見えないのだ。


『マッスグ・ジャナイ・デスヨ』

「少しずれましたね」


 ダンジョン案内君(勝手に名付けた)は、ダンジョンの入口に設置した機械と通信して、場所を知らせてくれる。目印の少ない砂漠では、方向感覚がわからなくなることもあるので、大体はダンジョン案内君を使う。超人の勇者は例外である。


「近くにダンジョンがある雰囲気がしてきた」


 勇者と似たようなことを言ったのは、ルゥルである。変な能力まで受け継いでいる。変な一族だ。

 その言葉通り、砂丘を登りきると下の方に、アリジゴクのように砂漠にぽっかりと穴が空いている。


「着きましたね。はしごで降りると警備の方のいる場所に着くので、そこで一旦休憩も兼ねて準備を整えましょう」


 先生の言葉に四人が短く返事をして、穴の方へ歩く。



 砂の坂を降りて、穴にかけてある縄のはしごを降りていく。


「思っていたより、大きい穴ですね」


 マリンがはしごを降りながら、自分より下にいるディアン先生に話しかける。


「ここは人工ではなく、自然ダンジョンです。というわけです。察しがいいマリンさんなら気付いたでしょう」

「なるほど、動物の力なんですね」

「ご明察です」


 マリンの頭の方から、「わからなかった」というよく知った声がしたが、聞かないふりをしていた。



 ディアン先生がはしごを降りきって、すぐ近くにいるであろう警備員に挨拶しようと、横穴の奥の方を覗く。



 そこには、木机の横に警備員が倒れていた。



「皆さん! 地面まで降りないように!!」


 時遅し。その時には全員が大地に足をつけていた。それと同時に足元から光が湧き出てくる。


「え?」「これは…」「トラップワープ!?」「まいったね」


 言葉が空中で消えるのと同時に、ルゥル、レイル、マリン、エーリー、ディアン先生がその場から消えてしまった。



 ダンジョン内部のどこかに飛ばされてしまったディアン先生が、カメラの方を向かって喋る。


「しくじりました。魔王様! 見ているのでしょう? 勇者様に連絡お願いします」


 そうだな。マクシミンはこのダンジョンにいるようだ。私は、勇者に電話をつなぐ。ちなみにダンジョンフォンではなく、地上用の電話だ。

 繋がった電話から出てきた第一声は、


「わかった。医療班二名を連れて、アッカダンジョンに向かう」だった。

「相変わらずの名探偵だ」


 と、私が言った時には電話は切れていた。

 私は、机に電話を放り投げた。



 ディアン先生が、ダンジョンフォンを使って皆に連絡を取ろうと試みる。


「ダメですね。今、魔王様に見えてるかもわからない」


 安心しろ、見えている。という言葉を届けたいが、届ける方法がない。ダンジョン内部の無線が電波妨害されてダメになっているのだろう。カメラの様子は有線で外の無線に繋がっていて、そこから飛ばしているから、外では電波が使える、と考えるのが妥当だ。

 勇者が着けば多少は安心だが、アッカダンジョンは砂漠地帯の真ん中だ。超人の力を持ってしても、すぐには着かないだろう。

 言葉すら届けられない私にできることは……。マクシミンを確認して、どこにいるか把握し続けることだろう。

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