第15話
警備員は救助隊も兼ねている。今でこそ四人体制シフト制で、二人が救助に入っても、もう二人が見張りをする。という体制もできるようになったが。この頃は、人手も少なく一人だった。それがアダになった。
警備員がいないということは、救助に行っている可能性があるということである。もっと奥に、誰かがいる。その誰かはおそらく……。
私は、一瞬迷った。ここに重傷者もいる子供二人を置き去りにして、奥にとんぼ返りするか、それともこのまま外に出るべきか。
「お、居た居た~」
「おとーさん!!!!!」
のんきなその声は、まさに勇者の物だった。ルゥルが師匠でも見るような目で勇者を見ている。
「お前はスーパーマンか何かなのか?」
あまりのタイミングの良さに、私の口が勝手に動いてしまう。
「大体状況はわかった。奥だろ? 入り口に警備員がいないし、ゼブるんと警備員が一緒に居ないってことは……急ぐか」
「名探偵か?」
私のツッコミに、勇者は相変わらずの笑い方をしていた。こいつになら任せても大丈夫だろう。
「私がこの子たちを外まで連れて行く。奥を頼んでいいか?」
この言葉に、何故か勇者は不思議そうにする。
「頼んでいいか? じゃないだろ。戦いをやめて、一緒に国を作る事になった時に約束したはずだ。お互いに困ったときは助け合おうってな」
「そんな昔のことは覚えていない」
嘘だ。覚えている。が、教えてやらない。
勇者はそんな私の嘘を見抜くかのように、「じゃあ、今日から覚えとけ」と私の横を通り過ぎる時に言って、奥に走っていく。私も早く外に向かわねば。
「ルゥル。まだ走れるか?」
「おとーさんががんばってるから、ぼくもがんばるよ」
「素直な良い子だ。やはり育った環境は大事だな」
自分を卑下してから、私は走った。レイルには悪いことをしてしまった。
洞窟内をひたすらに走る。幸い怪我しているマリンは気絶していて大人しいし、ルゥルも私にちゃんと付いてきてくれている。
外の光が見える所まで来た。しかし、どうしたものか、このダンジョンの周りに病院などない。
という、私の心配は杞憂に終わった。ダンジョンから出るとすぐに、
「勇者様から連絡があったので来ました! さぁ、救急車の方まで」
救護の人たちが駆け寄ってきたのだ。背負っていたマリンを担架に乗せて、あとは任せる。
「ルゥル、怪我はないか? 少しでも頭を打っていたりしたなら言えよ?」
「だいじょうぶ。まおーさまが守ってくれたから。やっぱりおとーさんのしんゆーはすごいや」
親友ではない。と言おうとしたが、息子に言っても何の得もないので、言葉を飲み込んだ。
実際、親友などという関係ではない。同じ夢を持っている同志だ。ただそれだけだ。多分。
救急車はマリンを乗せて出発する。ルゥルもマリンに付いて乗っていった。もう一台の救急車が次の怪我人を待つ。救急の者たちはダンジョン内には入れない。危険もある上に、救助の警備員が元々その役目だから、行くことはないからである。その警備員が居ないのだから、お手上げだが。
「警備は増やさねばならないな」
新しい警備体制を、考えつつも、脳裏には娘のことが常に心配事としてあった。勇者のことは信じているが、そればかりはどうしようもなかった。
やはり、ルゥルとマリンを勇者に任せて、自分が行くべきだったか? いや、しかし……などと落ち着きなく歩き回りながら、何度も頭の中で思考を反復していると、そのうち勇者が出てきた。
右脇に警備員を抱えて、左脇には大きな宝箱を持っている。右脇の警備員はぐったりとしている。
「警備員は……生きてるのか?」
「あぁ、生きてる。でも、魔獣に殴られてたから頭打ってるかもしれないな。ってわけで…」
勇者は警備員を担架に乗せる。救急隊員は息を合わせ、警備員の男性を運んでいく。
「で、その宝箱はなんだ?」
「バカ。お前の宝だよ」
勇者は箱を下に置かずに、そのまま私に渡す。私は両手で宝箱を抱える。
「う、ううむ……」
私は困ってしまった。箱入り娘に育てたつもりはないが、文字通りの箱入り娘に自分からなってしまうとは……。
「勇者よ。娘は何か言ってたか?」
「着いた時には、箱に入ってた。箱を開けてくれない」
「む、むむぅ」
大人の力なら、無理やり開けることも可能だろうが、おそらく、そういうことじゃないのだろう。
「とりあえず、勇者よ、感謝する」
「こちらこそだ。何にせよ、全員の命が無事でよかった。ルゥルにはあとで説教しなきゃだな」
「あまり怒らんでやってくれ、あの子はきっとお前に憧れているだけだ」
「わかってるよ。でも、マリンが怪我してるしな。心を鬼にしてこっぴどくやるつもりだ」
「……親になるのは難しいな」
私がしかめっ面をしていると、やっぱり勇者は笑顔を見せた。
「俺の教育方針なだけだよ。じゃあ、俺も病院に向かうよ」
手のひらをヒラヒラとさせて、勇者は去っていった。
残された私は宝箱に話しかける。
「お腹空いてないか?」
返事はない。仕方がないので宝箱の内部に向けて、心を読もうと試みる。
………。
やはりダメだった。実体が見えないと使えない。そのあたりの行動まで先読みして、箱の中に立てこもっているのだろう。流石、我が娘だ。
宝箱を大事に抱えて、私は一度家に帰ることにした。
家に帰ったら、またもや母に頬をぶたれてしまった。
そして、心配した母が、箱に話しかけても反応はなかった。
「すまないが、二人きりにしてくれないか」
私は、母の顔を見ずにお願いをする。すると、母はため息を吐いてから、箱に向かって、「家出したかったらおばあちゃんの家に来るんだよ」と話しかけ、自分の家へと戻っていった。
沈黙。家電の動く音だけが聞こえた。
沈黙。時計の針の音も聞こえてた気がする。
話す言葉を考えてから、いつもより、少し多めに息を吸う。
「……フィリスが死んでしまった時に、そばに居てあげられなくてすまなかった」
フィリスとは私の妻の名前。言い換えると、レイルの母のことだ。
私の言葉はレイルに届いたようで、箱の中から声がする。
「…の………」
小さい声かつ箱で音がこもって、はっきり聞こえなかった。
「すまない聞こえなかった、箱から出てきてくれないか?」
ゆっくりと、箱に隙間ができる。私は全部開けたくなる衝動を我慢する。
隙間から声がする。
「お父様のバカ、悪魔、鬼、魔王」
最後以外は悪口だろう。最後は事実だからどうしようもない。箱はさらに喋ってくれた。
「母様が死んだ時どうしていなかったの! 見捨てたんでしょ!? 私を探す時もそう、どうしてお父様じゃなくて、勇者様が助けに来たの!?」
語気が荒い。止む終えない事情があったとはいえ、事実なのだから当然だ。
「言い訳のしようがない。すまなかった」
世界樹に向かったのは、ただの噂で動いただけだ。自分の娘を優先しようと思えばできた状況で、それをしなかったのも私だ。だから、言い訳のようなことは言いたくなかった。しかし、それが間違いだった。
それっきり、箱は閉じてしまい。私が箱の前で、うっかり寝てしまった一瞬を突いて娘は箱から出て、祖母の家へ家出してしまった。
それから、レイルとは一度も話していない。
レイルは私の母とブルーエンで暮らし始めたが、ずっと一人暮らしをしたがっているようだと、母伝いに聞いた。自分を助けてくれた勇者に憧れて、ダンジョン整備士の試験を受けることになった。
「と、いうわけだ」
とある一室。ここでは、ダンジョン管理協会の様子と、色んなダンジョンの内部の様子が見れる。とある一室とは、中央管理室のことだ。受験者たちの採点もここで見て、行う。
椅子に座って、経緯を簡単に説明した私の後ろに、勇者が立っていた。私の視線が画面に釘付けであることは仕方ない。
「へぇ、だからレイルちゃんは焦ってるのか。っていうか正直に全部話せば済む話じゃ?」
正論だ。けれど、一度空いた溝がそうはさせない。顔だけ勇者のほうを向いて、怒った顔をわざと見せつける。
「そんな簡単じゃない」
「難しくしてるのはゼブるんの心だと、俺は思うけどな」
「哲学者のようなありがたいお言葉だな。私の私情よりも、マクシミンを探しに行くんだろ?」
私の言葉に、勇者が唇を突き出して不満な顔をする。
「困ったら助け合う。これだけは忘れるなよ。何かできることがあったら言えよ」
心からの言葉だ。これだから、こいつと喋ると調子が狂う。
私は言葉では何も言わずに、首を縦に小さく振った。
「じゃ、また後で」
勇者は扉を開けて、部屋を出ていく。
「さて、仕事だ」
テーブルの上のオレンジジュースを飲んで、気合を入れ直す。
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