第14話

 眉目秀麗という言葉が似合う妻だった。本当に。

 そんな彼女が、病に冒された。まだ、小さかったレイルは、弱って横になっている妻の胸に顔をうずめて泣いていた。

 私は、治療法を片っ端から探した。なかなか方法が見つからない中、勇者と共に冒険をしていたという商人から噂を聞く。

「世界樹の木から滲み出た蜜を飲むと、どんな病も治る」のだそうだ。商人の彼は、おとぎ話を話すかのようににこやかに話していたが、私にはどうでもよかった。早速、世界樹の木のあるシーダという国へ向かった。

 水の国だというのは聞いていたが、本当に水に恵まれた国だった。水のアーチ。滝を昇る水。魔法などではなく技術で叶えたのだから人の力とは凄いものだ。観光で来ていたのなら、もっと感動していただろうが、その時の私には無理な話だ。そんな心の余裕はなかった。

 急いで、世界樹の元へ向かう。



 森の中を歩いていく。驚くほどに緑が豊富なのに、命の気配が全く無い。神聖すぎて虫や動物が生活するには向かないのだとすぐに気付いた。

 少しだけ開けた場所に、世界樹はあった。光輝く水に囲まれている。

 幸い浅かった水の中に足を踏み入れて、ゆっくりと近付いていく。

 世界樹に触れる。



 不思議な話だが世界樹に触れた瞬間に、私の脳内に情報が流れ込み、妻がたった今死んだことを知った。

 私は世界樹にひたいをつけ、只々嗚咽した。



 世界樹とは、世界と繋がってすべてを知る樹だから、世界樹と呼ばれるのかもしれない。治療法などそもそも存在しなくて、世界樹が「早く自分の居るべき場所へ戻れ」と言っているのだと。そう、思った。



 レディッシュへ帰った時だった。

 泣き腫らした目を擦りながら、船から降りて、自分の家に戻ると、私の母が居た。そもそも、私の母はブルーエン側に住んでおり、居るのも少し変な話だが、母は私の顔を見るなり、駆け寄ってきて頬を叩いた。


「レイルちゃんが行方不明なのに何してたんだい!!!」


 予想外の展開だった。妻のことで、頭がいっぱいになっていた自分が悪いのは承知だが、まさか居なくなるなんて。

 話を聞くと、どうやらブルーエン、レディッシュの街中どこを探してもいないらしい。どちらの街も狭い路地が多いから探し足りないだけでは? とも思ったが、ダンジョン管理協会の全員で探しても見つからないということだった。つまり、勇者も探してくれているのだ。

 私は長旅で疲れていることも忘れ、勇者のいる場所まで走って行った。



「お、ゼブるん! おかえり」


 笑顔の挨拶だった。妻のこと、娘のこと、すべてを知っていて、この顔ができるのだ。父が死んで、魔王になることになった私とは違い、この男は勇者になるべくしてなったのだろう。


「ゼブるん、早速で悪いんだけど」


 私に、勇者の心の内が見える。二度目の驚きだった。勇者の息子と娘まで、居なくなったらしい。


「お? その顔は、心を読んだな。説明不要で助かる」


 心を読んでいることは大概バレないのだが、この男だけは気付く。心に赤外線センサーでも完備しているのか?


「俺の息子のことだからダンジョンにいると思うんだよな。もしかしたら、レイルちゃんも一緒かもしれない」

「お前のことだから、国民にも協力を得て、街中くまなく探したのだろう? ならば、ダンジョンだ」


 私がそういうと、勇者は拳を突き出す。仕方なく、私は拳を合わせる。すると、勇者はニカッと笑う。


「勇者と魔王が組めば出来ないことはないさ」


 そう告げると勇者はダンジョンの方へ駆けて行った。私も勇者とは違うダンジョンへと向かった。



 一つ、二つとダンジョンを回ったが、三人の子供たちは見つからなかった。ダンジョンの入り口に警備員が一人居るから、警備員に話を聞くだけで済む。

 しかし、三つ目のダンジョンは違った。入り口に警備員がいなかったのだ。

 ダンジョンの内部に足を踏み入れると、魔獣の声がして、やけに騒がしかった。魔獣ということは、自然ダンジョンだ。

 

 ダンジョンの奥に向かっていると、男の子と女の子の泣き声が聞こえた。


「マリぃン!!」


 私が急いで向かうと、そこにはベヒモスという象が魔力によって変化した魔獣に、女の子が足を踏み潰されている所だった。足が繋がったまま潰されているのではなく、ベヒモスの攻撃が強力すぎて、足がもげて、その足が潰されている状況だ。


「ルゥル、マリン!」


 私が声をかけると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔でルゥルが助けを求める。


「まおーさま! だずげてよ!!」

「こいつは任せておけ、お前はさっさとマリンを担いでこの場を離れろ」


 攻撃魔法や回復魔法など、この世にはない。勝てない相手には逃げるのが正しい。

 私はベヒモスとの距離を詰める。ベヒモスが私の方を向いている間に、ルゥルに合図を送る。

 マリンを担いでいるから、ゆっくりだが、ルゥルとマリンは確実にベヒモスとの距離を離していく。

 荒ぶるベヒモスに、ルゥルの様子を見ながら近付いた私は、ベヒモスの体に触れることに成功する。


「悪いな」


 ベヒモスの体内の魔力を抜き取る。悲鳴のような声をあげて、ベヒモスが苦しみだす。当然なことだ。変化した体が、強制的に象に戻されるのだ。凄まじい苦痛だろう。鋼のような体は、元の皮膚に戻り、ナイフのような牙は丸みを取り戻す。同時に異常な筋肉質な体も元に戻っていく。

 象へと戻ったベヒモスは気絶し、ドスンと音を立てて横に倒れる。

 私はルゥルの方へ向かう。


「大丈夫か?」

「ぼくはういんだ、ばりんが、まりんが、」


 全然、口が回っていないな。


「落ち着け、君の妹は気絶してるだけだ。息はしてるだろう。まず、足の処置だな」


 私は、勇者に無理やり着せられているマントを脱いで、足の出血している少し上の部分をきつく縛り応急処置を行う。そのまますぐに、マリンを背中に乗せ、


「お前は歩けるな?」


 ルゥルが両手で涙を拭きながら何度もうなずくのを見て、私は外へ向かって走る。

 子供の走る速度に合わせるために少しだけゆっくり走る。


「どうして、こんなところにいる?」


 走りながら、疑問だったことを尋ねる。


「ぼくが、ダンジョンに行きたいっておもって、マリンもむりやりつれていって、」  

「なるほど、では、入り口の警備員はどうした?」


 ルゥルは、急に黙り出す。走る足音だけが背後に聞こえる。


「言えないのか?」

「いなかった。だから、こっそりしのび込んで…」


 私は足を止めた。急に足を止めたので、ルゥルは急に止まれずに私の足にゴツンと頭をぶつけた。


「何? 居なかっただと?」

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